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魔法と科学とサバトの時間  作者: 緋色友架
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1章-3 異能攻防


「っ!?」

 俺が手を振り翳したのは、思考の伴わない完全なる反射だった。

 逢魔が、小学生程度の大きさもないであろう胸元から取り出したのは、掻き消され気味の月明かりによく映える、鋭い白刃を有したナイフだった。

 ペーパーナイフとか、模造品ってレベルじゃない。滑らかなカーブを描くそれは、明らかに人を刺し切り刻み殺すことに特化した形状をしている。正真正銘の凶器。殺意を具現化する為だけに作られた、非道な殺人器具。

 そして、なによりも怖いのは。

 それを携えた逢魔の、掛け値なし本物の殺気。

「あはっ――――そぉれっ!」

 楽しそうなかけ声と共に、逢魔はナイフ片手に突貫してくる。

 ドラマにも多数出演し、刑事も探偵も殺人犯も被害者も演じている姉がいるから分かる。逢魔の動きは、殺人のそれとしてはあまりに幼稚で、てんでなっちゃいない。人を殺そうとしているようには、とてもじゃないが見えないだろう。子どものおままごとみたいなものだ。

 けど、それがどうした。

 ナイフ振り回して女の子が走ってきたら、それは問答無用で怖いんだよ!

 技術とか格好とか知ったことか!

「う、ぉおおおおおっ!?」

 死に物狂いで振り回した腕は、俺と逢魔との間に境界線を引くように撓った。

 出鱈目な抵抗でも、がむしゃらな負け惜しみでもないそれは、次の瞬間に効力を発揮する。

「――――え!?」

 逢魔は驚いた声を上げ、ナイフを俺の真ん前で停止させた。

 いや、停止させざるを得なかった。

 もっと言えば、彼女の攻撃は止められたのだ。俺の引いた線によって作られた、とある一つの境界に。

「ぐ、ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎ!」

 必死に前へ進もうとする逢魔だが、見えない壁に阻まれているように動けないでいる。

 本当はこんな能力、俺と姉さんだけの秘密だったんだけど――――今更つべこべ言ってられん。

「っ、今の内に――――!」

 36計逃げるに如かず。

 警察への通報とかは、安全圏に逃げ切ってからで充分過ぎる。

 大体、俺の境界は長時間持たないんだ。精々、10分程度が限界だろう。

 だったら、今はさっさと逃げるしかない!

「あぁもうっ! 逃がす訳ないじゃない折角の実験体をぉっ――――美々夜ぉっ!」

 だが、俺の逃走劇は。

 少女のヒステリックな叫び声によって、始まる前に終わらせられた。

「臨時ボーナス上乗せしてあげるっ! だからキリキリ働きなさいっ!!」

『委細承知』

 くぐもった声が聞こえてきたのは、逢魔の怒号のすぐ後だった。

 背中を向け、逃げ出そうとした俺は、この双眸で確かに見たのだ。日が沈み果てたにも拘わらず、変わらず地面に這う影が、ゆらりと蠢いたのを。

 今の今まで影だと思っていた黒々が、地面から立ち上り、立ち上がる。瓦斯のような靄のような、向こうが透けて見えるくらいの色素と分子量を持って、それは境界線の内側を侵していく。

「ぐっ、ぅううっ!」

 叫ぶのも忘れて、俺は遮二無二走った。やけに重たい感じのする足を、ヤケクソに動かした。破裂しそうなくらいに脈打った心臓を、無理矢理稼働させて。

 もっと、もっと早く気づくべきだった。今となっては、毛程もおかしいと思わなかった自分の脳味噌こそがおかしいのだと、はっきり分かってしまうというのに。

 背が低く、細い尖塔が3本立っているだけの、漢字の『山』みたいな城擬き。

 そんなしょぼい建造物の影が、道路を埋め尽くすほどにでかい訳がないだろうが!

「な、な、な、な、なんなんだよこれはぁっ!?」

『君が言うかねぇ、それを。なぁ、同じ穴蔵の狢さんよぉ』

 意思を持っているらしい黒い靄が、酷く気怠げな口調でそう言った。

 同じ穴の狢。

 そりゃそうだろう一般人から見たら大した違いはない俺だってあの靄の類似品みたいなものだ――――だけど!

「そんなもの、知るかぁっ!」

 今度は咄嗟にでも、反射的にでもなく、確実で明確な拒否の意志を持って、俺は腕を振るった。

《境界生成》

 聖儀姉さんからそう呼ばれた、得体の知れない俺の能力。

 あらゆるものを寄せ付けない、絶対無比の防御壁!

『悪いね、これも仕事なんだ』

 だが。

 靄はそんなことを意に介さず、俺に襲いかかってきた。

 夜の闇に紛れて、既に俺の真上まで進行していた、正体不明の黒々が。

「――――がっ!?」

 肩を垂直に押し込まれる感覚。

 突然に襲いかかってきた、重力を凝縮したかのような衝撃に、俺は堪らず膝を折る。その瞬間、無防備を晒した両腕を地面へと押しつけられ、全身が標本の蝶みたいにアスファルトへ縫いつけられた。

 黒い靄は見た目以上に質量を有しているらしく、やけに拘束する力が強い。細腕とはいえ男の腕力、それをいくら振るっても、俺の上を塒のように陣取った靄は、微動だにしてくれなかった。

「ぐっ! 離せっ、この――――!」

『あ~、やめやめ。無駄な抵抗しなさんな、面倒臭い』

 スピーカーをいくつも通したかのように、特徴の掴みにくい掠れた声。

 それを発していた靄が、唐突に姿を変えてきた。

 腕や胸、肩の辺りに、より実感を伴った感触が生まれてくる。温かく、そして柔らかいものの、押さえつける圧力だけはひしひしと伝わってくる感覚。

 そう、まるで人に押さえられているような。

『大体、時音ちゃんの言い種が悪いんだよなぁ』

 視界の色が変わり始める。夜空と同じ漆黒から、人肌で見慣れた肌色へ。

『いきなり「死ね」だの言われたらさぁ、どんなお人好しだって拒否るっつーの。分っかんないかなぁ…………?』

 哀れむような台詞に伴って、靄が姿を変えていく。

 輪郭が形作られ、丸みを帯びたシルエットが露わになっていく。黒々とした人型は、俺の上で正座を崩しているような姿勢で現れ始めた。

『優秀過ぎるのも考え物だねぇ『尤も『そんな優秀に追いかけられるあたしらの存在は「もっと考え物だけどねぇ」

 言葉が、今度はやけにはっきり聞こえた。人の口から、直接出てきたものみたいに。

 もう、彼女ははっきりと現れていた。俺の上に、動きを封じるように乗っかって、靄から人間の形へと変身を遂げていたのだ。

「……………………!?」

 思わず目を見張る。

 驚きの声を呑み込んで、口をぱくぱくと上下させる。

 ただでさえ、靄に襲われ絡め取られ、あまつさえその靄が人間の形になったのだ。それだけでもショック死しておかしくないほどに驚いたというのに、自分でも伸びしろがまだあったことに感動するくらい、盛大極まりなく驚いてしまった。

「……なぁ」

 最早完全に人間と化していたそれは、目を疑うほどの美少女だった。

 眠たげな垂れ目に、意地悪く歪む唇。

 雪のように白い肌。

 紙縒みたいに細い腕が、俺の両肩を押さえている。足は膝を折り、半月板が腕の関節を封じ込めていた。女の子座り、なんて呼ばれる姿勢を保った彼女は、柔らかい臀部を俺の胸辺りに据えている。

 そしてなにより目を引くのは、それなりに身長が高いであろう少女の全身を隈無く包み込めそうな、長く美しい、艶めいた金髪だろう。

 街灯の僅かな明かりの残滓さえ反射させ、きらきらと嘘みたいに輝いている。

 …………だが、俺が閉口したのは、その美しさに見とれたからではない。

「そうは思わないかい? 境界坂礼儀少年」

 ふわぁ。

 恥じらいの欠片もなく、大欠伸をかます少女は。

 ほんの数秒前まで、ただの黒い靄だった少女は。

「お、おま、え、あ…………!」

「…………んぅ? どうした礼儀少年。いきなり出てきた新キャラが、美人過ぎてどぎまぎしちまってんのかなぁ? 男の子だねぇ、結構結構」

 明らかに巫山戯ているように言う少女に、俺は言わなくちゃいけないことがある。

 だが、俺の口は思った通りには動いてくれない。意味のない50音を羅列するだけで、言葉を知らない赤ん坊みたいに喘ぐだけだ。

 金髪の美少女は、それをあからさまに面白がっていた。悔しいとは思わないが、なんだか余計に恥ずかしくて、言いたいことがますます言えない。彼女の言う通りになるのは癪だったが、確かに俺は、どぎまぎしているのかも知れない。

「あぁ、そういえば自己紹介、まだだったよねぇ。あんまり潤滑に回す気もない人間関係でも、油くらいは差しておこうかなぁ。錆びつかれても、面倒だし」

 言いながら、少女は両の手を俺の肩から外し、自分の胸へと添えた。

 逢魔とは比べものにならない、ボールでもぶら下がっているかのような豊満な胸部。そのすぐ上、鎖骨の下辺りを、少女はぎゅうと押さえつける。

恰も、自分がここにいることを、確信しようとしているみたいに。

 解けて分かれて、消えてしまわないように。

「あたしは君の同類だよぉ、礼儀少年。ちょいと人とは違うはぐれ者さぁ。そんなあたしでも、親から付けられた名前はあるから、是非是非それで呼んでくれたまえよ――――あたしの名はぁ、黄泉宮(よみみや)

美々夜(みみよ)ぉっ!!」

 金髪の少女自身による名乗りに続くようにして、逢魔の怒鳴り声が響き渡った。

 首をねじ曲げてみると、視界の下端に小さく、ただでさえ小さいのに更に更に小さく、逢魔の姿が見える。位置からすると、最初に引いた境界は越えてきたらしい。人間業じゃ不可能な筈だし、俺の動揺で自動的に消えてしまったのだろう。流石に2本目の境界は健在のようで、逢魔はその場で地団太を踏んでいた。

「おやぁ……誰かと思えば、逢魔時音ちゃんご本人じゃないかい。まったくぅ、あたしのかっこ可愛い自己紹介シーンを邪魔しないでくれよなぁ。面倒だけど、場合によっては怒るぞ?」

「相っ変わらず物臭でテキトーで自分勝手な物言い過ぎるよねぇ!? っていうかっていうかっていうかっていうか! 少しは自分の姿形見目相貌に頓着しなさいよこのバカっ! 破廉恥っ! 痴女野郎っ!」

「あたしは女だよぉ…………ん? 格好……?」

 呆れたように呟いて、それから少女――――黄泉宮は、ようやく自分の格好へ、自分の服装へと目を向けた。

 明白に明確に異常な、正して直して然るべき、その格好へ。

 …………だが、黄泉宮はそれでもきょとんとした表情を浮かべるだけで、なにがおかしいのかさえ自覚していないようだった。首を傾げ、とろんとゆっくり瞬きをして――――そしてこう言ったのだ。

 矢鱈と肌色が多い、己の姿を恥じらうことなく。

「…………別に、いつもと変わらんだろぉ。相変わらずの、爆弾減り張りびゅーてぃーぼでぃーだ。……あぁ、そういえば最近、ブラがキツい、かも」

「そういうことを言ってんじゃないの火炎放射器でぶっ殺すよ!? そうじゃなくてっ! 美々夜、美々夜、黄泉宮美々夜あんたはまったくなんで一体どうして――」


「――どうしてっ、どうっして裸になっているのよぉっ!!」


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