エピローグ
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「…………なに? これ」
「部誌だよ部誌! お前が書いてこいっつったんだろうがっ!」
教室のおよそ4分の1程度の面積しかない、狭苦しい部屋の中。
パイプ椅子がいくつかあるだけの殺風景なそこで、俺は呆れた声を出した時音に対し、条件反射で怒鳴っていた。
「部誌って…………思いっ切り小説風なんだけど。所詮は部の日記なのに。なに当時の感情そのままに書き連ねてんの? っていうか、よく覚えてるよねこんな台詞の一言一句とかまで」
「へぇへぇお褒めに与り光栄でございますよ」皮肉風に返してみるが、時音はまるで堪えていない。それどころか、ますますもって呆れ返っているようにしか見えない。「どっかの誰かさんが、『部を作るからには部の歴史が必要でしょ? 礼儀、わたしたちの出会いから別れまで、ダイジェストっぽく書いてきなさいっ! 1週間以内ってノルマねっ!』とか言ってきたものだから、ついつい張り切っちまいましたよ」
「……よぉく覚えてんなぁ。お姉さん感心しちまったわぁ」
横から口を挟んできたのは、椅子を2つ並べて寝転がっている美々夜だ。
制服を着ているのが勿体ないと思ってしまうくらいのナイスボディを、惜しげもなく晒している美々夜。気怠げなのはいつも通りとしても、感心しているのは本当らしく、目は真ん丸く輝いている。
「…………わたしも、あの日のことは覚えていますよ、礼儀さん」
不穏な響きを持った声を出してきたのは、そのすぐ横で壁に寄り掛かっている真城だった。
ついさっきまで、周りが女の子だらけというハーレム状態にご機嫌だったのだが、時音が部誌の第4章辺りに差し掛かったところから、急激なストレスが顔に現れている。……まぁ、原因が分かっているものだから、なにか言うのも若干躊躇われるんだよなぁ。
「…………いやぁ、本当にあの日は助かったよなぁ。真城のお陰で、ステージ大成功だったって、姉さん褒めてたぜ?」
「大成功…………そうですね、確かに大成功だったでしょうね。電飾は」
電飾は。
強調する為か、はたまた俺の脳裏に刻みつける為か、真城はわざわざその3文字だけを2回繰り返して言ってきた。
そう――思い返すと、あれからもう1ヶ月近く経つのだが――あの日。ライヴ本番。
バックダンサーとしてステージに立ったのは、時音と氷芽香、美々夜とそして――――俺だったのだ。
姉さんからの注文は『身長が左右でシンメトリーになるようなダンサー』だったので…………正直、時音たち4人では、美々夜だけが極端に背が高過ぎたのだ。
かといって、美々夜1人抜いてしまっては3人になってしまうし、身長的にかなり小さい。その為、苦肉の策として打ち出されたのが、俺が女装をして出演するという案だった。
元々、服集めが趣味だった俺は、可愛らしいステージ衣装も何着も持っていたし、顔立ちは女である聖儀姉さんとそっくりなのだ。昔から姉さんの着せ替え人形にされていたし、女装に対して抵抗はなかったのもある。
で、結果として、最も電飾の操作が得意であろう(というか、それ以外に特技がないことが1ヶ月の付き合いで判明した)真城に、裏方をしてもらうことになったのである。
で、真城は1ヶ月経った今でも、そのことを根に持っているという話で。
事の流れと真相は、まぁこんな感じか。
「翌日の礼儀掃討作戦にゃぁ、真城ちゃんも全力で参加してたしなぁ。あの時使ってたぁ、異様ぉに焦げ臭いスタンガン、あれどうしたんだい?」
「…………当たりさえ、掠りさえすれば、極楽へ飛ばせましたのに……」
さらっと怖いことを言うんじゃねぇよ。
まぁ確かに、該斗のマシンガンより他クラスの日本刀より上級生のモルゲンシュタインより、あのスタンガンが1番怖かったけどさぁ。
「でもまー、振り返ってみるとさー、色々あった訳だねー」
時音の持つ部誌を覗き込んでいた氷芽香が、いつもと変わらない、如何にも眠そうな声で言ってきた。
ふとすれば存在自体忘れそうになるが、思い返してみて気付いた。氷芽香って、毎回毎回美味しいところを掻っ攫っていくんだよなぁ。ついつい筆が乗って、部誌が小説みたいな書きようになってしまったのだが…………どう考えても正ヒロインは氷芽香である。冒険活劇的な観点で見たら。
「なーつかしーねー。そーそー、時音ってば最初、礼儀を殺す気で襲ってたんだよねー」
「あ、あの時はその、あ、頭痛くって…………!」
「まー、その時私はー、寝てたけどねー」
「見てきたように言った癖にねぇっ!」
「しっかしさぁ、よぉくそんな出会いだったのに、あたしらと付き合う気になったよなぁ、礼儀少年」
五月蠅そうに手を振りつつ、美々夜は感心したように言ってくる。
「あたしがあんたの立場だったらさぁ、まぁず間違いなく、時音ちゃんからの誘いは蹴るねぇ。どの面下げてどの口が、って感情が最優先だろうさぁ。なぁのに、どぉして礼儀少年は――」
「…………アホ、今更言わせんなっつーの」
1ヶ月前だって、散々言っていただろうが。
日常の細々としたことなんか忘れてもいいから、そのくらいは、覚えてろよ。
「俺は、お前らのことは家族も同然だと思ってんだ。そう、ちゃんと心の底から思えたんだ。家族と一緒にいることに、いちいち理由なんか要るか」
「……………………」←時音
「……………………」←美々夜
「……………………」←氷芽香
「……………………」←真城
…………おい、黙んなよ。
言っちまった俺が気恥ずかしいだろうが。
「…………まぁ、部誌に関してはまぁまぁね。課題クリアってことで、後で飴ちゃんでも買ってあげるわ」
やめろ無関心を装って目ぇ逸らさないでくれっ!
顔真っ赤にしてるお前らだって痛々しいし、気ぃ遣われちまった俺があまりにも居た堪れないっ!
「……そういうのをさぁ、さらっと言っちまうんだよなぁ、礼儀少年はさぁ……」
「本当………これで内面ちゃらんぽらんだったら、まだ笑えますのに……」
「…………私もさー、なーんか熱くなっちゃうんだよねー……」
なに? なんの話? もしかして俺、悪口言われてる?
「さぁ、そんなことは綺麗さっぱりどうでもよ過ぎるわっ!」
「話題の転換が強引過ぎる!」
「礼儀のバカは放っとくわっ! えぇそりゃもう激しく放っとくわよっ! まったく全然これっぽっちも注目しないからそのつもりでっ!」
「おま…………そうか、時音は今日、夕飯が要らないのか……」
「ちょ、こ、あ、あんたたちはっ! この部を作った目的を忘れたのっ!?」
夕陽を顔面に埋め込んだかのように真っ赤になりながら、時音は強引に叫ぶ。
ったく、なにを今更照れてんだか。いや、俺が言うことじゃねぇけどさぁ。
ともあれ、部を作った目的、ねぇ。
あの金欠騒動から1ヶ月、その間に、時音が規則も規約も全て踏み躙り、無理矢理に立ち上げたこの部活――――その名も、《魔法科学研究部》。
その、目的とは――
「1ヶ月、1ヶ月よ? その間、わたしは何人もの人間を《夕焼け小焼け》でチェックしたわ。そうしたら、まだまだ隠れた魔法使いはたくさんいることが分かったの! その人たちを、わたしは放っておけないわ! わたしたち勝手に、テキトーに助けちゃうよっ!」
拳を握り締め、時音は声高に宣言する。
……どうやら時折いなくなっていたのは、学校中の生徒を隈なくチェックする為だったらしい。あくまで保険、念の為以上の意味はなかったらしいが――――1ヶ月経った今では、少し違う。
俺の家族宣言と一緒に、こいつも、どこか吹っ切れたらしいのだ。
気恥ずかしさからつい纏ってしまった天邪鬼の皮を、こいつは素直に脱ぎ捨てた。自分1人の為だとか、気丈な強がりを言わなくなり、本心を行動の指針に持ってくることに、一切の迷いがなくなったのだ。
この部活は、その1つの表れだろう。
時音の変化を、俺は喜ばしく思うし、他の3人にしたってそうだと思う。
時音はもう、自分1人で戦っているんじゃない。
俺や美々夜、氷芽香、真城という――――家族と一緒に、戦っているんだ。
奇妙な能力《魔法》を、ただの個性にする為に――――
「全ての常識を、認識を、《魔法》を、わたしたちがぶち壊すのよっ! わたしたちがみんな揃って、楽しく笑顔で暮らす為に、ねっ!」
意気込んで宣誓する時音の顔は、横から見ていてさえ、清々しかった。
…………やれやれ、仕方ない。
そんな晴れやかに言われたら、応援しない訳にはいかないじゃないか――
――あぁ、今日の夕飯は、なにを作ってやろうかな。




