4章-6 境界坂聖儀
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境界坂聖儀について、どんなことを語れば正確に魅力を伝えることができるだろうか。
俺の持っている彼女に関する情報は、挙げていけばキリがないほどに膨大だ。だからといって、それを逐一全て列挙し並べ立てたところで、それは『境界坂聖儀の情報』であり、『境界坂聖儀』そのものとは程遠い。
誕生日が8月8日だとか、年齢は俺より5つ上の21だとか、胸のカップはDだとか、足のサイズは27.5だとか、身長は182.7センチだとか、髪は短めで少し茶色がかっているとか、顔は俺そっくりだとか(他人からでもよく言われる。男の俺としては、少々肩身が狭いのだが)、英語が堪能だとか、芸歴2年目にして既に日本のトップアイドルと化しているとか、発売したシングル6枚の総売上枚数が1000万枚を突破しているとか、弟である俺を溺愛しているとか――――そんな情報をいくら掻き集めても、彼女のことを理解するなど到底叶わない。
それほどに、あの人は次元の違う存在なのだ。
実弟の俺でさえ、その全貌かつ全容を把握できてはいない。
ただ一つ言えることは。
この世に漫画みたいな、みんなを幸せにできるような魔法が――俺たちみたいな、半端なものじゃない、本物の魔法が――もしもあるのなら。
それはきっと、この人が持っているのだろうという、ただ、それだけだ。
「気に食わんな」
電話が切られてから、1秒たりとも違うことなく、ぴったり2時間後に、逢魔ヶ城の真ん前に現れた、1台の黒塗りのリムジン。
それに乗って辿り着いたライヴ会場で、開口一番、聖儀姉さんは俺にそう言ってきた。
ライヴ会場、なんて銘打ってはみたが、実際は雑踏がひっきりなしに右往左往している、スクランブル交差点の一角だ。邪魔にならないよう隅っこに停められたリムジンの中で、俺たちは打ち合わせをしているのである。
あと数十分後には、このリムジンが変形して、見事なライヴステージになるなどと、一体誰が想像できるだろうか。
「私とてバカではない。1人暮らしの弟が不憫な目に遭っていることくらいは察知していたし、常にそんな弟を助けるべく思索は巡らせていた。…………だが、まさか斯様な面子と輩になっていたとは、流石の私も予想できなかった。……あぁ、腹立たしい。己の浅はかさが、今はなによりも恨めしい」
チッ、と割とマジに舌打ちをして、聖儀姉さんはそっぽを向いてしまった。
姉さんは既に、ステージに立つ為の衣装に着替えてある。客を寄せ付けるのに色気など不要と、そう吐き捨てんばかりの厚着である。ジーンズに髑髏柄のTシャツ、羽織っているのは革のコートで、ビーズやラメで禍々しく装飾されている。
一方、俺たちはまだ着替えが終わっていないどころか、どのような振り付けで踊るのかさえ、まったく知らされていない。さっきから延々、姉さんの愚痴めいた小言を聴かされているだけだ。
…………まぁ、姉さんのやることだし、なんとかなるんだろうけど。
「……………………」「……………………」「……………………」「……………………」
無論、付き合いなどまるでないお嬢様方4人は、訳も分からずに閉口しているが。
まるっきり静かなこいつらというのも、新鮮かも知れないな。
「あははは…………姉さん、もしかして怒ってる?」
「怒る? まさか、怒らないとでも思っているのか礼儀貴様この野郎。貴様、私が貴様に恋い焦がれているのは知っているだろうが。ゆくゆくはな、貴様と、貴様との間にできた子どもの3人で、華々しく特番に出演するのが夢なのだぞ?」
「あぁ、それはきっとお昼とかのドロッドロなワイドショーだろうな」
残念ながら、日本で近親婚は認められていないのだ。従兄弟くらいまで離れていれば可能だが。
「それを知った上で、私以外の女を助けたいが為に奔走するなど、ましてや他でもない私を頼るなど、どこまで非道で外道な仕打ちをするのだ貴様は。電話をしている最中でさえ、嫉妬で殺しかけていたのだぞ、プロデューサーを」
…………またプロデューサーさんを殺しかけたのか、この偉大なる姉は。
今度、ちょっと豪華な菓子折りでも渡しておこう。無論、土下座付きで。
「大体、なんなんだ貴様らは。人の旦那様に、勝手に唾を付けおって。名を名乗れ順繰りに」
「っ!」
びくぅ! と反応したのは、丁度視線の先にいた時音だった。
流石は資産家の娘、リムジン程度では動じなかったものの、本物のアイドルが目の前で愚痴っていたら、そりゃ固くもなるか。
あんまり、知らない人間への耐性が低い方でもなかった筈だけど。
「え、えと、わ、わたし…………わたし! お、逢魔時音と申しますっ! その、えぇぇぇぇとおとおと弟さんにはいつもいつもそのなんというか――――お世話になってましゅっ!?」
噛んだ。
いつでもハキハキ元気よく、小学1年生みたいに声を出す時音が、台詞を噛むところなど、初めて見た気がする。
「……ふ~ん。時音、時音、時音、ねぇ」
「は、はい! その、わたし実は、せ、聖儀様の大ファンで…………!」
へ? そうなの?
さり気なく表情を窺ってみるが、嘘を吐いているようには見えない。喜色満面、聖儀姉さんを目の当たりにして、本当に嬉しそうである。
そういえば、初めて俺に会った時、時音の奴、妙に納得したように頷いていたよなぁ。俺と聖儀姉さんは顔が瓜二つだから、そこが気になったんだろうな、多分。
……言ってくれりゃいいのに。秘密主義者め。
「あっそう。だがだからといってしかしだけどな、貴様が私の愛しい恋しいダーリン野郎に手を出したのは変わらんからな。はい、次」
嫉妬心丸出しで、切り捨てるように言う聖儀姉さん。
次に顎で指したのは、手持ち無沙汰できょろきょろとしていた、緊張感0の美々夜だった。
「……ん? あたしかぁ? あたしは黄泉宮美々夜という。…………言っとくが、お宅の弟さんにゃあ一切手ぇ出しちゃいないぜぇ? …………まだ、なぁ」
「貴様が有害か無害かは、私の決めるところだ。口を挟む余地などない。次」
ふん、と鼻を鳴らし、今度は氷芽香を指差す。
「………………」
……事ここに至れば、いくら俺でも流石に気づく。今日の姉さんは、どこかおかしい。
いや、そりゃ溺愛している弟が、いきなり女の子4人を侍らせてやって来れば、姉として不機嫌になるのは当然だろう。だけど、その苛立ちのぶつけ方が、姉さんにしてはストレート過ぎるのだ。
「私…………大紅蓮、氷芽香……ふわぁ。……よろ」
「取り敢えず起きろ貴様は。…………ふん、随分と自己主張の激しい乳肉だな。ラストっ」
「あ、はいです」
姉さんの厳しい視線を飄々と受け流すように、最後、真城が応じてきた。
「………………」
それにしても…………なんなんだ? 姉さんのこの突っかかりようは。いくら俺でも、そろそろ我慢の限界だ。最愛の姉とはいえ、家族同然の奴らに侮蔑の視線を送られたら、いい気持ちなどする訳がない。
「わたしは昏睡ヶ原真城といいます。時音さんの従者を生業とする、しがない美少女です」
「…………………………あぁ、うん。なんかもう、いいや」
どこにツッコめばいいのか図りかねたのか、姉さんはひらひらと手を振り、諦めの溜息を吐いた。
だが、視線の冷たさは変わらない。真城の真面目くさった顔から放たれた冗談は、場を和ませるにはやや破壊力不足だったらしい。
「……名前は分かった。まぁだが結局所詮はそれだけの話だがな」頬杖をついて言う姉さんの口調はどこまでも悪意に満ち満ちていた。「気に食わんことに関しては、なに一つ揺らぐことはない。はっきり言えば、私は貴様らが嫌いだよ。ファンだろうが従者だろうが、なんだろうがな」
「………………!」
嫌い。
そんな言葉を、俺はもしかしたら、姉さんの口からは初めて聞いたかも知れない。
勿論、それを言われたのは時音たちであって、俺が直接言われた訳ではない。それどころか、俺から見たら聖儀姉さんは、まるで明後日の方角に向かって言ったのだ。きっと俺のことなど、眼中にさえ入れちゃいないだろう。
なのに、なのに。
「…………姉、さん……」
何故だろう。
どうしてだ?
時音が、美々夜が、氷芽香が、真城が。
こいつらが嫌いだと言われて――――なんで、俺の胸が痛むんだ?
「自慢じゃないがな、私は貴様らとは違って本気で、真剣に礼儀のことを愛しているのだ。それも、私に弟が生まれたその瞬間からずっと、絶え間なく16年間だ。貴様らに、その恋路を邪魔する権利があるのか?」
「本当に自慢にならねーなぁ…………言っとくが、あたしらと礼儀少年は、決してそういう間柄じゃあないん」
「貴様らの関係図は私が決める。貴様らの都合がよい甘言に、いちいち耳など貸せるか、痴れ者が」
美々夜の釈明を、バッサリと切って捨てる姉さん。
どこで誤解が生じているのか、そもそもどうしてこういう展開になっているのか、それさえもまったく分からないが――――これだけは、はっきりと言い切れる。
……俺は今、生まれて初めて、姉さん相手に殺意めいた感情を抱いている。
「どちらにしろなんにしろ、貴様らが私から礼儀を奪ったことには、なんの間違いもないだろう。礼儀が男女共学の高校に通っているだけでも不愉快なのに、貴様らなんかと一緒に住んでいるなど、今世紀最大に不愉快だ」
「…………姉さん」
「貴様は黙っていろ、礼儀。…………私はな、貴様らとは覚悟も愛情も、なにもかもが違うんだ。忍耐に忍耐を重ね、礼儀のことを想い続けてきたんだ。それを貴様ら、大した想いもない癖に礼儀を」
「だっだから、わたしたちは礼儀とそういうんじゃ」
「人の弟を、気安く呼び捨てるなっ!」
ダンッ!
強く強く足が踏み鳴らされ、弾き飛ばされたように時音が縮こまる。
姉さんの顔は、本気の憤怒一色に染められていた。下手なことを言えば、即座に殺されるかも知れないほど、その目は剣呑な光を灯している。
「…………おい、姉さ――」
それでも、我慢できなくて。
沸々と沸き立つ胸を、抑えることが限界で。
こぼした声は、しかし、聖儀姉さんにはまだ届かない。
「なにをしらばっくれるかこの売女共がっ! 貴様らがどれほどの罪を犯したのか、分かっているのかっ!? 愚か者共がっ!」
「姉――」
「貴様らの所為だ貴様らの所為だ貴様らの所為だ貴様らの所為だっ! 私の可愛い礼儀を籠絡するなど、許される範疇を遥かに越えているぞ阿婆擦れ共っ! 今すぐ殺してもまだ飽き足らんっ!」
「姉さん――」
「襲う気も娶る気も貰う気も食べる気も孕む気もないのなら、即刻礼儀を私に返せっ! 貴様らのような、どこの馬の骨とも知れん女共に――」
「姉さんっ!」
「礼儀っ! 貴様は黙っていろと――――」
「――黙んのは、そっちだろうが境界坂聖儀ぃっ!!」
くゎん、と声が響いた。
怒鳴り散らしていた聖儀姉さんの声が、一気に静まる。魔法少女4人など、いよいよ展開についていけなくなったらしく、目を見開いて驚くだけだ。
だが、そんなことをいちいち気にする能は、もう残ってはいなかった。
大して広くもないリムジンの中、俺は割れんばかりに叫んだのだ。
「いい加減にしろよてめぇっ! さっきから黙って聴いてりゃ、訳分かんねー御託並べやがってっ! 調子づいてんじゃねぇぞたかが姉如きが俺をどうこうできるとか夢見てんじゃねぇようざってぇっ!」
床を踏み抜かんばかりに足を鳴らし。
窓を砕かんばかりに腕を振り回して。
全身で怒りを表現し体現して、俺は、聖儀姉さんを怒鳴りつけていた。
罵倒していた。
神聖視さえしていた聖儀姉さんに、汚い舌鋒を突きつけていた。
「てめぇなんかになにが分かるっ! 会って数秒のてめぇなんかに、こいつらのなにが分かるってんだよっ! あぁっ!? 人が下手に出てっからって、図に乗ってんのも大概にしとけよこらぁっ!」
「……礼、儀」
「黙れ喋んな口利くんじゃねぇっ! てめぇが口にしていいのはなぁ、こいつらへの謝罪の言葉だけだろうが常識的に考えてよぉっ!」
思えば俺はこの時、完全に正気を失っていたのだろう。
錯乱して、動転して、前後不覚も甚だしくて。
「いいから謝れっ! 今すぐ謝れっ! 土下座して最上敬語で全身全霊込めて迅速に謝罪しろっ!」
壊れたように、狂ったように、叫んで、叫んで、叫んで、叫んで。
叫んで、叫んで、叫んで、叫んで、叫んで、叫んで、叫んで叫んで、叫んで叫んで叫んで、叫んで叫んで叫んで叫んで、叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで――――!
「さっさと謝れ今すぐ謝れ即刻謝れ即行謝れ躊躇せず謝れ逡巡なく謝れとにかく謝れ嘘でも謝れいいから謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ俺の家族に謝りやがれこのクソ野郎がぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」
そう叫んで。
俺は。
堅く握り締めた拳を。
振り上げて。
真っ直ぐ。
姉さんへ――
「だめぇ礼儀っ!」「落ち着けこのアホがっ!」「ストップです礼儀さん!」「とまれーっ!」
――拳は、振り下ろされなかった。
いくらリムジンとはいえ、中がそこまで広い訳じゃない。
それなのに、時音たちは一斉に、俺の方へと飛び込んできたのだ。
彼女たちは、自身の身体を持って、文字通りの全身全霊で、俺の行動を止めていた。
「おっ、お前ら…………!?」
身動きが封じられた俺は、理解不能な事態に喘ぐしかできなかった。
振り上げた右手と首を、美々夜が押さえ。
殴りかからんとしていた左手は、時音が抱き抱えるようにして封じている。
両脚は真城ががっちりとホールドし。
隙間を縫うようにして、氷芽香が冷たい手を、俺の額に当てていた。
「っ、放せバカ野郎っ! お前ら、散々虚仮にされて、悔しくねぇのかよっ!?」
「あーはいはいそーだねー。悔しくて悔しくて死にそーだねー。……こぉんなんで満足かぁ?」
「ざっけんなボケっ! ともかく退けっ! いくら姉さんと雖も、1発かそこら殴んねーと気が済まね――」
「れーいーぎ。ちょーっと静かにしようか? うん?」
ゾクリ
額を捕まえている氷芽香の手が、一層冷たくなるのが分かった。
氷芽香の魔法――――冷気の操作。
絶対零度でも生存できる彼女が操るそれは、1人で氷河を作ることさえ可能だという。熱を奪われた頭が唐突にそのことを思い出し、俺の反抗を全て封じた。
「…………ちっ」
「いー子だねー、礼儀。私も、あんまり生きているなにかを凍らせたくはないしねー」
文字通りでしかも強制的に、俺の頭を冷やしてきた氷芽香が笑う。
……畜生が。怒りをぶつける気さえ萎えちまう。
まぁ、土台お門違いな憤りではあるんだがな。
「だ、大体……んぅ……れ、礼儀さん、その……ふぁぁ……えと、せ、せっかちですぅ……」
脚にしがみついている真城が、途切れ途切れの声で言ってくる。
やけに声の端々が艶っぽいんだが…………こいつ、触られるだけじゃなく、触るのもダメなのかよ。本当に取り扱いが面倒臭い奴である。
「そうだよ、礼儀」追い討ちとばかりに、時音が腕を押さえつつ、止めの一言を口にしてきた。「あんた、聖儀様の弟なんでしょ? だったら、普通に一瞬で察しなさいよ――」
「聖儀様、わたしたちと会ってからずっと、ずっとずっと演技しているじゃない」
………………………………………………………………………………………………へ?
え、ん、ぎ?
今までの、全部?
「…………姉、さん……?」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、俺は縋るように姉さんへ問いかけた。
否定してほしかったのでも、肯定してほしかったのでもない。
混線した情報の渦を、どうにかして解いてほしかったのだ。
大体、俺が姉さんの演技を見抜けない訳がないんだ。ずっとずっと、姉さんのことを見てきた俺が、演技の1つも分からないなんて、そんなバカなことが――
「………………くっ、くっくっくっく……」
姉さんは。
聖儀姉さんは。
その場で俯き、ぷるぷると震えていた。
笑い声を必死で堪えるように、それでも堪え切れずに、少しだけ漏らしながら。
やがて、それは爆弾のような呵々大笑となって、炸裂した。
「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――――はぁはぁはぁはぁっ、あっはははははははっ! や、ヤバいマジで、マジでヤバいお腹攀じれる…………!」
「……………………」
大口を開けてバカみたいに笑う姉さんを見て、俺は、ただただ呆けるしかなかった。
ひーひー言いながらも、姉さんは一向に笑うのをやめちゃくれない。俺がまんまと騙されたのが、それほどまでにツボに入ったのか。嬉しいか否かで言えば圧倒的に嬉しくない。
騙された。
そうだ、俺は騙されたのだ。
姉さんの演技に、いとも容易く簡単に。
「あっは、ひ、いっひゃはははは――――あぁ笑った笑った。一生涯分は笑ったなぁ。今この場で死んでも、礼儀と添い遂げられない以外の悔いはない。褒めてやるぞ礼儀、貴様は人類史上初、笑いで私を殺しかけた人間だ。ご褒美に処女をやろう」
「いや、そんな不名誉と特典は要らないけど…………えぇ?」
どうやら平常運転に戻ったらしい姉さんではあるが、俺はまだそんな境地に戻れてはいない。
頭の中に手榴弾でも埋め込まれたように、もやもやとした感覚だけが思考回路を支配している。
「え、演技って、姉さん…………?」
「やれやれ、貴様も修練が足りないな、礼儀」溜息を交えつつ、姉さんは哀れむように言ってきた。「姉の演技も見抜けないようでは、弟失格だぞ? それに土台、私は弟を愛する姉は勿論だが、弟から愛される姉でもありたいと願っている。むざむざ貴様に嫌われるような無様は晒さんよ」
「で、でもなんで……?」
「半分は本心からの嫉妬だが――――もう半分は、好奇心だな」
そう言って笑う姉さんの顔は。
とても楽しそうで、それなのに、どこか寂しそうだった。
「昔から姉さん姉さんと、私にばかりべったりだった貴様にも、遂にとうとう満を持して、私に頼らないというポリシーを曲げてまで助けたいという輩が現れたというではないか。姉として、ブラコンとして、それは確かめざるを得んだろうさ。貴様が本当に本心から、本気でそいつらを助けたいと思っているのか――――その、覚悟をな」
「…………姉さん……」
「それに、興味もあった。貴様が助けたいと願う奴らが、一体どのような輩なのか、な。貴様がどう御託を並べようと、結局助けるのは私であり、助かるのはこいつらなのだから、貴様はお膳立てをしたら蚊帳の外だろう? 見極めるのは、私の義務で私の権利なのだからな」
結果は、まぁ、及第点というところか。
腕を組み、足を交差させた姉さんは、まるで娘を嫁に出すような父親のような顔で微笑みかけてきた。
姉さんは、姉さんは凄く優しい人だ。優し過ぎて、時に可哀想になるくらいに。
それを、俺は重々分かっていた筈だろうに。
あの演技だって、俺の不躾極まりない救援要請への、そのせめてもの抵抗だったのかも知れない。本気の本気で、弟の俺を好いてくれている姉さんの、精一杯の反逆だったのだろう――――そんなことも、俺は見抜けなかった訳だ。
きっと、その原因は、俺が姉さんを嫌いになったのではなく。
聖儀姉さんと同じくらい、大事なものができてしまったからだと思う。
「いいだろう、契約成立だ。私は貴様らを助けてやるよ、逢魔時音、黄泉宮美々夜、大紅蓮氷芽香、昏睡ヶ原真城。その代わり、貴様らには今回のステージにおいて働いてもらおう。給料は出来高という形でくれてやる。つまり、ギヴ&テイクだ」
「え? え、そ、その……いいんですか? 聖儀様」
いつまで引っ付いているつもりなのか、腕が鬱血するくらいに押さえつつ、時音は小首を傾げた。
「その、……結局、わたしたちは」
「貴様らがどういう奴らかなど知るか、寧ろ知りたくもないわ。先刻言った通りだがな、私はこれでも、貴様らに嫉妬しているんだ。自慢する訳ではないが、理性の限界はかなり近いぞ? これ以上貴様らのことをあれこれ知ったら、復讐の算段を立てかねん」
「……………………」
「礼儀のような奇矯な人間と付き合っているんだ。貴様らとて、ただの平凡陳腐な人間という訳でもあるまい。それだけで、貴様らの情報は充分だ。…………ほら、さっさと準備をしろ」
言うと、姉さんは不敵に笑って立ち上がった。
天井の低い車内でも、頭がぶつかるのさえ気にせず、コートを勢いよく翻し。
威風堂々としたその立ち姿に、俺は、感動さえ覚えた。
「準備は万端整っている。踊りなど好きにしろ、強いて言うなら、先程までの私の演技を参考にするがいい。嫉妬に狂え愛欲に身を焦がせ本能のままに笑い踊れ。それこそが、貴様らの1番美しい姿だ、誇るがいい――」
「――さぁ、もたもたするな幕は上がるぞ! 愚民共を魅了するべく、今っ! 出陣しろっ! 小娘共がっ!」




