4章-5 切り札
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言って。
俺は、時音の頭を胸に抱き締めた。
小さくて、少し堅くて、熱でも出ているように熱い。
「え……? れ、礼儀……?」
「アホが、もう何日お前のこと見てると思ってんだ。大体、頭いい癖に嘘が下手過ぎんだよ」
許し難いくらいにバレバレだ。
なにに気ぃ遣って、なにを気にしてんだか知らねーが…………バカにもほどがある。
そんなことを聴かされた程度で、俺が認識を変えるとでも思ってんのか? だとしたら、過大評価だね。俺はそこまで計算高い奴じゃない。
「それに、仮にお前の言う通りだったとして、魔法の研究がお前自身の為のものだったとして――――それがどうしたっていうんだ? それは、俺がこの城で、家族みたいなお前らと過ごした時間を、否定できるようなものなのか?」
「…………だ、だって」
「知るか。おまえの意見やら見解なんか訊いちゃいないんだよ」
我ながら滅茶苦茶な論理だが、それでも、伝えなくちゃいけないのだろう。
頭いい癖にバカで、優しい癖にひねくれてて、思考が速いのに混乱して、遠慮からわざと悪ぶって、意味もなく悪役を演じたがる、意地っ張りな女の子には。
言い過ぎくらいが、丁度いい。
「家族なんてのはな、迷惑の掛け合い、足の引っ張り合いだ。迷惑だのなんだの、お前みたいなガキが1丁前に心配してんじゃねーよ。下らない嘘なんか吐くな。貫きたい志があるなら、存分に協力を仰げ。頭がどうしても痛むんなら――――気休めでも、それが和らぐようにしてやるから、な?」
「……だって…………だって、だって!」
ぎゅう
首の後ろが押されるような感覚。下に目を向けると、時音が俺の服の裾を、力一杯に掴んでいた。
崩れそうになる身体を、心を、必死になって支えているかのように。
「だって…………なんだよ。雇った奴相手に、いちいち遠慮してんじゃねーよ」
「…………だって、わたし……礼儀たちになにも……なんにも、してあげられてない、もん」
それから、時音は訥々と語り始めた。
彼女の根幹を成す、全ての動機を。
想いの全てを。
包み隠さず、嘘で塗り固めもせず。
「……魔法を使える人を見つけたら、わたしは、すぐにその場に倒れちゃう。痛くて、耐えらんなくて、苦しくって――――そんな時、その人たちは決まって、悲しそう、なの。すごく、申し訳、なさそうで…………わたし、それが嫌で……」
「……………………」
「わたしの、わたしの所為で、魔法を使える人たちが、すごく、嫌な思いをして……だから、だからわたし、助けなくちゃって、せめて、少しでも、あの人たちの力にって、だから――」
「……おーけい。よく話してくれたな、時音」
言葉に詰まった時音の頭を、俺は優しく撫でた。
――きっかけはつまり、時音の罪悪感。
それに駆られるような形で芽生えた、一種の義務感が、時音の柱だ。飽くなきまでの優しさこそが、彼女の行動を支えていたんだ。
…………時音、お前はやっぱバカだよ。
まぁ、俺も人のことは言えないだろうがな。
「……………………」
ジーンズのポケットに手を突っ込み、俺は携帯電話を取り出す。
薄型液晶全盛の時代だが、俺は古風に2つ折り。小気味よい音を立てて開いたそれに、暗記してある番号を素早く入力していく。
「? 礼儀少年、なぁにしてんだい?」
「俺の人生における切り札を切ってんだよ。ちょっと待ってな」
そんな美々夜への返答が終わった、正にその瞬間。
遅くもなく早くもない、見計らったようなタイミング。
『なんだ、礼儀。貴様、私になにか用なのか?』
まるで俺を取り囲む状況を全て把握しているかのように、声は電話機から飛来してきた。
相変わらず、流石過ぎる。電話の応答1つだけで、その底知れなさ加減が伝わってきやがる。
「……あぁ、うん。ちょっと、緊急で頼みたいことがあってさ」
『助けてほしいなら、まぁやってやるのは吝かじゃない。だが、貴様以外を助けるなら、それ相応の対価を払ってもらわなければ割に合わんな。貴様が勘違いをしていると困るから言わせてもらうが、私は貴様の願いならば無尽蔵に叶えるような、ランプの魔神かなにかではまったくもってないのだ。貴様、そのことを承知しているか?』
「…………」なにもかもお見通しの超人類の言葉を耳にして、俺は感嘆の息を吐く。「勿論、分かっているよ。それに、ただで助けてもらおうとも思っちゃいないさ。俺だっていい加減、分別のつかない甘ったれのガキじゃあない」
『……それでこそ、だな。おーけい、助けてやるよ境界坂礼儀。丁度、今日の夜はゲリラライヴをやるんでな、人員が要るんだ。特に、バックダンサーを急募している』
「…………!」
『4人ほど……背はシンメトリーになるような取り合わせがいい。それと、照明器具がイかれたとかいう報告もあるから、それが解消できるなら、報酬に色をつけるよう』
「……仰せのままに」
『2時間後に迎えに行くから、その場で用意して待っていろ』
プツン
酷薄なくらいサバサバした電子音が、電波を介しての繋がりを断ち切った。
……本当、敵わないなぁ。あの人はどこまで規格外なんだろう。平凡陳腐な自分が、少しだけ嫌になる。
きっとあの人自身は、自分が特別だなんて、露ほども思っちゃいないんだろうけど。
しかし、なにはともあれ、これで道は拓けた。
少なくとも、急場を凌ぐ為の算段は、逞しき子鹿の如く立ち上がったのだ。
「時音、美々夜、氷芽香、真城。2時間後に出発だ。生活費、稼ぎに行くぞ」
「……? かせ、ぎ、に?」
「はっは~ん、成程そういう訳か」
事態を把握できず、涙声を漏らすだけの時音。その向かいに座った美々夜は、どうやら俺の魂胆を察したらしく、不敵な笑みを浮かべながら言う。
「誰かが金をくれねーんならぁ、自分たちで稼ぐしかねーって論理だなぁ。分かりやすくていいじゃねーの。貰えねーもんは、確かに手に入れんのが手っ取り早いからねぇ」
「そういうことだ。あぁ、ちゃんと風呂とか入っとけよ。誰に見られても恥ずかしくないように、全身隈無く綺麗にしておけ」
「…………あの、察するにアルバイトに行く、みたいな雰囲気ですが…………わたしたち、一体なにをするんですか? 礼儀さん」
「決まってんだろ」
にやりと笑って、俺は真城の問いに答えた。
そう、決まっている。
俺が持ち得る伝手なんて、そもそもほとんどないのだし。
それに――――この魔法を使う少女たちは、揃いも揃って可愛いのだし、な。
さぁ、今夜は盛大なお祭りだ。
「俺の実姉、国民的スーパーアイドルの境界坂聖儀。あの人のステージを成功させる為に、働いてもらうぜ。さぁ、踊って、弾けて、稼いでこようか!」




