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魔法と科学とサバトの時間  作者: 緋色友架
15/22

3章-4 団欒はディナーの中で


 オール電化という流行を、俺個人は決していい傾向とは思っていない。

 単一のエネルギーに依存した生活は、規模を小さくしただけのモノカルチャー経済と同じだ。原発やら火力発電やら水力発電やら、とにかくそういった電力の生成方法が全て封じられてしまった際、生活のあらゆるエネルギーを電話で賄っている家ではどうやって生活していくのだろう。それを考えると、暖を取る為の石油ストーブや、コンロを使う為のガスというものが途端に貴重なものに思えてくる。普段は電気という要素があるが為に、比較的軽んじて見られてしまうそれらがである。

 そういう訳で、俺はなんでもかんでも電化製品で賄っちまおうというざっくばらんな考えに異を唱えている訳だが。

 ここ、逢魔ヶ城では、流石にそういう訳にはいかなかった。

 なにしろ、あからさまに違法に、あの敷地面積に収まるとも思えないほど広大な空間を地下に築いてしまっているのだ。電気やガス、水道といった公共エネルギーを引くことなど、到底叶わないのだろう。だから、頼りのエネルギーが真城の魔法しかないというのだ。

 体内に渦巻く過剰な電気を使いこなす、昏睡ヶ原真城の魔法。

 オール電化には異を唱える俺であるが、電気の有用性まで否定しようとは思わない。この時代、電気さえ通常通りに使えれば、大抵のことはどうとでもなるのだ。

 実際、俺はあの一悶着の後、真城と一緒に5人分の食事を全て、滞りなく作ることができた。

 電気コンロに炊飯器、オーブンまで自在に動いたのである。

 その間、コンセントを握ったり咥えたりしていた真城に、指1本触れないように神経をすり減らしていたが…………慣れてしまえば、いつも通りに料理ができた。

 あー、久し振りに加減なしで作れたわー。

 貧乏レシピなんざ頭にないしなぁ。腕だけは否応なしに鍛えられたが、如何せん知識の不足している俺の料理じゃ、それなりの味を出す為には贅沢をしなければならないのである。


「……わたしが思うに、その、わたし……礼儀さんに、嫌われて、いる、です、か……?」


 逢魔ヶ城に着いてから、実に1時間半後(中に入ってからの時間である。外で立ち往生していた45分間は含んでいない)。

 ようやく作り終わった料理を、矢鱈ごつごつしたテーブルの上に並べていると――――突然、真城がそんなことを訊いてきた。

 ちなみに、殊勝に手伝いをしてくれているのはこいつ1人だけだ。全身ぐちゃぐちゃに汚れていた時音は仕方ないとはいえ(いや、そもそも自分から名乗らなかった所為なのだから、自業自得か?)、美々夜も氷芽香も手伝いの『て』の字すら口にしてこない。というか、そもそも姿を現してきやがらないのだ。大方、美々夜はそこら辺でふよふよ漂ってて、氷芽香は、まぁ廊下のどっかしらで寝てるんだろうけど。

 まぁ、それはそれとして。

「はぁ? 嫌われてる、だぁ? なに言ってんだお前」

「ひぃっ!? ごっごごごごごめんなさいっ! 愛されキャラでごめんなさいっ!」

「自分でそう言ってくる奴は、高確率で愛されキャラではない」

 カチャッ

 キャベツとコーンとトマトを混ぜただけの、酷く簡単なサラダをテーブルの中央に据える。

 メインディッシュの唐揚げは、各人ごとに割り当てておいた。数や量にほとんど差はないようにはしているが…………1人につき結構な量があるな。食い切れるか? 俺以外、全員女の子だしなぁ。

「う……で、でもでも、礼儀さん、あれ以来わたしの身体、触ってもくれないじゃないですかぁ……」

「下手にお前に触ったら、俺の内臓が大変なことになるからだよ」

 白状するけどなぁ、さっき時音に蹴られたところ、まだ痛いんだぞ?

 靴の爪先に鉄でも仕込んでやがんのか、あの野郎は。

「で、でも、興奮しましたよね? はぁはぁしちゃいましたよね? はぁ、はぁ……」

「思い出してまた興奮してんじゃねぇよ」

 なんだかなぁ。

 美々夜といいこいつといい、この城の住人はちょっとモラルが低過ぎやしないか? 凄く悪い意味で自由奔放で、厄介な意味で手がつけられない。

「むぅ、欲求不満です…………分かりました! 後で時音さんたちのお風呂での赤裸々極まりない痴態をリークしますので、そしたらまた頭をくりゅくりゅと……」

「いい加減にしないと、お前を熱した油ん中に放り込むぞ? 衣たぁっぷりつけた状態で」

「…………礼儀さん、目がマジですよ?」

「相手を選んでトークしようっていう教訓だろ、その眼光は。肝に銘じておけ」

「はいっ! 胸に刻んで下さいっ! で、できれば、ちょっと痛いくらい強めに……」

「……………………もういい」

 割とストレートに『下ネタを振ってくるのをやめやがれ』といったのだが……まるで堪えてやがらねぇ。

 もういいや。これは、こいつの個性として諦めよう。

 …………1人くらい、4人もいるんだから1人くらいは、清楚で可憐で淑やかな女史に出てきてほしかったなぁ。

「お、いぃ~い匂いがしてんじゃねぇかよぉ。今日の夕飯は豪勢だねぇ」

「ふにゃあ。ふみぃ…………眠気を打ち消すかのよーな匂いだよー」

「ふおぉ……これは、予想以上のできね……!」

 と。

 バカ話に無駄な花なんぞ咲かせていると――――どこからともなく、姿を眩ませていた3人が現れてきた。

 逢魔時音――――俺たちが有する魔法を研究しているという、謎多き少女。ゴミと汚泥にまみれた身体は、風呂に入ってきたらしくやけにこざっぱりとしており、まだ湯気が立つ肌を覆うのは、10月という季節には不釣り合いな着流しである。子どもっぽい身体つきの所為か、お祭りから帰ってきた子どものようにしか見えない。

 黄泉宮美々夜――――身体を闇に変えられる長身の少女。身に宿す魔法を映し出すかのように、真っ黒なワンピースにその身を包み、気怠げな瞳を爛々と輝かせて食卓を眺めている。

 大紅蓮氷芽香――――身体から冷気を放ち、尚且つ絶対零度でも生存可能な特異体質。案の定どこかで眠っていたらしく、格好は制服のままで、頬には奇妙な形に跡が残ってしまっている。あと、首筋には涎が固まった薄い膜がくっついていた。

 ……………………。

 時音の事情はともかくとして……美々夜と氷芽香の野郎、やっぱサボってやがったか。

 飯抜いてやろうかなぁ。

「えへ、えへへへへ。はい、礼儀さんと一緒に、一生懸命作りましたっ」

 何故か頬を赤らめ、照れたように軍隊の敬礼ポーズを取る真城。

 敢えて指摘などしないけど、真城がやったのは電力の供給だけだ。手自体は空いているようだったが、包丁どころか缶切り持たせんのも危なっかしく思えたので、調理には一切参加させていない。

 なんかの拍子で、また真城の身体に触れちまったら大変だしな。

「話なら、食いながらでもできんだろ。それよりも、さっさと食っちまおうぜ。冷めたら不味くなっちまう」

 そう言って促すと、余程腹が減っていたのか、4人とも素直極まりなく席に着いた。

 彼女たち各々の前に並べられているのは、シンプルな食事だ。炊き立ての白米に、豆腐とわかめの味噌汁、小皿に均等に取り分けた鶏の唐揚げ、食卓の中央にはセルフ形式のサラダが1つ。どれもこれも紙皿に乗っているというのが少し寂しいが、コンビニ弁当の容器よりはまだマシだろう。

 んでもって、紙コップには麦茶が注いであり――――以上が本日の献立である。

 座る位置は、俺以外の4人は迷わず定位置に着くように座っていた。結果的にテーブルの開いた辺、俗に言う誕生日席に着くことになった俺の、右側に真城と時音が、左側に氷芽香と美々夜が座っている。

 …………なんか、まともに話が通じなさそうな2人が近くに来ちまった感が強いが……大丈夫、かなぁ?

「んじゃ、いっただっきまぁっすっとぉっ!」

 言うが速いが、目の前の食物にいの一番がっついていったのは、左奥に座る美々夜だった。箸遣いは矢鱈綺麗なのに、流離いの大食いチャレンジャーが如く肉と飯とにがっつくその姿は、なんというか、本当に残念だとしか言いようがない。

「ふぉっ!? ひゅふぁいっ! ふぉいふぉれひょうひゅふぁいひょふぉふぃれっ!」

「もう、美々夜ったら……食べるのか喋るのか、どっちかにしておきなさ――」

 口の周りに弁当を引っ付けて叫ぶ美々夜は、さっきよりも煌々と目を輝かせている。

 子どもっぽさ丸出しの美々夜を叱責するような口を利いていた時音も、唐揚げを口に入れた瞬間、言葉を失っていた。己の説教を忠実に守っているのではなく、まるで言葉を忘れたかのように、目を見開いて佇んでいるだけだ。

 …………あれ? こいつら、一体どうしたんだ?

 断っとくけど、毒なんか入れちゃいないぞ?

「…………ふわぁ……!」

 2人の奇行に説明をつけてくれたのは、一緒に調理をしてくれていた真城だった。

 唐揚げを1口、それから白飯を1口頬張り、律義に20回ほど咀嚼をした後で呑み込むと――――真城は、そんな(さっきのとは明らかに種類の違う)恍惚混じりの声を上げた。感嘆の溜息に近いそれは、言いようもなく妖艶で、イメージをぶち壊された筈の俺でさえ、心を微かに揺さぶられる心地がした。

「美味しいです…………これ、これすっごく美味しいです……! 今まで食べた中で、断トツ1番美味しいのです…………!」

「…………は、はぁ……」

 譫言のように呟く真城の目からは、滂沱の如く涙が流れている。満足げな表情から見るに、それはきっと感涙とか呼ばれるものなんだろうな。多分。

「れ、礼儀さん…………この料理技術、一体どこで習得したのですか? もしや、名のある名店で修業を積んだとか……」

「お、大袈裟だろ真城。その、美々夜も時音も、いくらなんでもオーバーリアクションだぜ? たかが唐揚げなんだし、誰にだってこのくらいは……」

「…………れーぎ」

 がっ

 熱くなる頬を仰いでいた左手を、いきなり、なにかに捕まえられた。

 抵抗なく指がめり込んでいきそうなほど柔らかい癖に、木枯しに晒されていたかのように冷たい指。両手の10本が全部余さず、俺の左手を包み込んでいた。

 ひんやりしていて、気持ちがいい。

「ひ、氷芽香?」

「……れーぎ」

 真っ直ぐに俺の目を見つめてくる氷芽香に、迷いとか躊躇とか、そういうものはまったくなかった。

 あるのは、ただただ。

 彼女には似合わないほど真剣で、真っ直ぐな感情だけで。

「……礼儀、私と――――結婚して下さい」

「今日1番のいい発音でなに言ってんだよぉお前さんはぁっ!」

 ごんっ!

 眠気が欠片たりとも含まれていない、清々しいくらいに綺麗な声を出した氷芽香の脳天に、美々夜の拳骨が舞い降りた。

 それも、身体を闇に変える魔法を使い、拳を顔面と同程度にまで巨大化させた上で。

 殴られた氷芽香は悲鳴を上げる暇もなく、寸前まで唐揚げに触れていた筈の唇は、硬い床とぶつかることになっていた。…………冷静になって見てみると、大分酷いな。

 美々夜、ツッコミにしちゃやり過ぎじゃないか? いやまぁ、助かったけどさぁ。

 相当錯乱してやがんなぁ、氷芽香の奴。今までどんだけつまんないもの食ってきたんだか。

「ったく……油断も隙もありゃしない……」

「……? 美々夜さん、珍しいですね。語尾が間延びしてないし、普段ならツッコミすら億劫がりそうなものなのに……」

「んだよぉ、なぁんか文句あんのかぁ真城ちゃんよぉ。あぁん?」

「ひっ!? いっいいいえいえいえ滅相もないですごめんなさい無駄に鋭くてごめんなさいっ!」

「安心しろ、お前さんはだぁいぶにぶちんだよぉ」

 なんか、斜めの線では漫才が繰り広げられ始めるし。

「……ふぅ、危ない危なーい。あやうく血迷っちまうところだったーぜーい。…………ところで、礼儀、本当に私と結婚はしてくれないの?」

 起き上がった氷芽香は、懲りもせずに冗談みたいな求婚を繰り返してくるし。

「――…………ふぁっ! ……あぁ、そっか食事中だったんだっけ………………礼儀、今度からあんたの料理風景も研究させてもらっていい? あんたはもしかしたら、境界を作る他にも魔法を持っているかも知れないわ…………!」

 何故だか気絶していたらしい時音は、ありもしない可能性に無駄に気付いていやがるし。

「…………お前ら」

 口を開いて驚いたのは、他ならぬ俺自身だった。

 美々夜と真城に呆れて、氷芽香相手にドギマギして、時音に対してはアホかというツッコミを心中で唱えて。

 その上で出てきた声は――――自分でもはっきり分かるくらい、どこまでも嬉しそうだったんだ。

 思い返してみれば、賑やかな食卓なんて久し振りで。

 隠し事をしているという後ろ暗さもなくて。

 自分の家に帰ってきたように、居心地がよくって。

 そしてなによりも――――俺の料理なんかで、ここまで喜んでくれているこいつらの笑顔が、嬉しかった。


「……いいから、さっさと食っちまえよ。残しやがったら、明日の朝食抜きだかんな」


 まるで父親みたいにそう言った、俺の目には。

 目の前の4人の少女たちが、なんだか家族みたいに、温かく見えていた。


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