3章-2 逢魔ヶ城
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「やっぱ、何度見ても大人数が入れるようなスペースはないんだが…………」
生クリームを塗ったくったように白いその姿は、しかし、夜だというのにまったく映えない。膨張色の癖に、色相応の役割さえ果たしちゃいないじゃないか。寧ろ、夜の闇に喰われて今にも消えてしまいそうだ。
16年は生きているのだから、それなりに色々な家を見てきた。民家、マンション、アパート、民宿、古民家、修学旅行の際には寺院仏閣まで見てきたよ。
その中でも、こんな儚げな家を見たのは、初めてだった。
…………なんか、本格的に可哀想になってきたな。
憐れみで協力したい訳じゃないのだが…………いっそ、俺の家に泊めてやるべきではないだろうか。
「ふふん、やっぱり礼儀は甘いわね」そんな俺の残念な眼差しを察知したのか、時音は鼻息荒く、ない胸を張りながら言う。「上辺だけしか見ない人間は、本当に大事な本質を見逃してしまう――――礼儀や美々夜、氷芽香、真城には魔法が使えるけれど、でも、中身は単なる人間で、他の人と変わらないじゃない。それを見ようともせず、あんたらを排斥しようとする人間が、とってもいい例だと思うけど? いや、全然よくはないけどね?」
「ぐぬ」
それを引き合いに出されると、否定できねなぁ。
……しかし、民家に限ってはその理論は通じないと思うぞ? だって、上辺で分かるもん。どのくらいのスペースがあるのか、外側から見れば分かるんだもん。
「喧しいわね。文句と意見と陳情と謝罪は、全て中に入ってからやりなさい。私の住居兼実験棟――――この、逢魔ヶ城の中でね」
ともすれば感心してしまうくらい、惚れ惚れするくらい偉そうに、時音は言ってくる。
ってか、城って。
逢魔ヶ城って、なんだその鬼ヶ島みてーなネーミング。
賭けてもいいけど、そんな大したもんじゃねーだろこれ。なんでこいつ、自らどんどんハードル上げてんだ? 俺が愚直に期待してたら、この城(仮)、シンデレラか白雪姫でも住んでなきゃ割に合わねーくらいにグレードアップしてんだが。
やっぱ、氷芽香が程々に抑えてあって、引きとしては1番上手かったんだな。
「真城ちゃんは帰ってんかねぇ? あの子がいなきゃぁ、扉が開いちゃくれねぇんだが……」
「面倒な仕様にしてくれやがったよね~、と~き~ね~」
「防犯上、最も都合がいい造りにしただけよっ! 中には研究データとか機密情報とか個人情報とかなんとか情報とか情報なんとかが云々でかくかくしかじかなんだからっ!」
意味不明なことを喚きながら、俺たち一行は扉へと向かう。…………大富豪でもなんでもない俺たちが、なんで敷地に入ってから扉まで、更なる移動を重ねなきゃいけないのだろう。虚しくなるだけだからやめてほしいんだが。
「……真城がいないと開かないって、どういうことだ? 美々夜」
「この城は全て電子ロックがかけられているのよ」訊かれてもいない時音が、何故だかしゃしゃり出てきた。「しかも、1度に複数個所、決まった電圧をそれぞれ流さないと作動しないような、超が3つ付くくらいに複雑なロックをね。ピッキングなんてしようがないわ、世界最高のハッカーを持ってきてようやくってところかしら」
「……で、その真城って奴は、電子機器を自在に操作できるから」
「そ。複雑怪奇なプログラムでも起動させられるのは、あの子の魔法しかないの」
「…………随分と面倒な仕様だよねぇ」
不貞腐れたように言う美々夜は、何故だかぷいと顔を背けていた。
…………?
時々、本当に時々だけど、結構子どもっぽいよな。美々夜の奴。
「ま、その程度はこの城じゃあただのおまけみたいなものよ。本当に凄いのは、こ・こ・か・ら☆」
ざざっ
土を踏む音。自信満々に地面を踏み締める時音の靴が、足首の辺りまで覆う土煙を景気よく立たせる。
俺たち4人が立ち止ったのは、時音曰く城――――逢魔ヶ城の扉の前。
ただでさえ白い壁だというのに、扉の部分は白の塗料を上塗りでもしたのだろうか、ホワイトチョコレートのように厚い白色をしている。その縦長の長方形だけが、夜闇に紛れることなく存在感をアピールしていて、見ようによっては若干気持ち悪い。
「……………………はぁ」
溜息。
近付いてより明確に分かったのだが――――本っ当にこの城、背ぇ低いわ。
分かりやすく言うなら、電車。ホームから見た電車の高さと、それはほとんど近似値を取っているだろう。勿論、だから扉も電車のそれと大して違いはない。違うのは、電車の扉が横に開くのに対して、この城のはどうやらこちら側に向かって開くらしいことぐらいか。
黒という色に対してなにか恨みでもあるかのように、執拗なまでに白く塗られたドアノブがあることだし。
「……まぁ、まぁまぁまぁまぁ、いいよ。まだ期待したままで待ってやるよ。それより、どうやって中に入んだ? 真城って奴がいないと、扉は開かないんだろ? ケータイとかで連絡するのか?」
「なんで自分の家に入るのに、わざわざそんなことしなくちゃいけないのよ。大体、ケータイなんて不経済なもの、持ってすらいないわ!」
「…………え? それって、誇らしげに言うことなのか?」
「ま、そこで見てなさいな」
余裕綽々でそう言うと、時音はつかつかと、扉の前まで歩いていった。
悠然と、いっそそれこそ威風堂々と。
背丈や言動には似合わない、風格漂う為政者の如き歩み。
「…………!」
その姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
脊椎に針金でも通したかのように真っ直ぐな背筋。堂々とした気風の良さには、1種の迫力さえ感じられる。なにも悪いことはしてないし、疾しいことなどなにもないのに、委縮したような心地になるのは、一体なんなのだろう。
「真城っ! わたしよ、わたしっ! 今帰ったわっ! さぁ、この扉を開けなさいっ!」
扉の真ん前に立った逢魔は、声を張り上げてそう言った。
怒鳴られるだけだとそうは思わないが、こいつの声には、人を魅了する力でも込められてんだろうか。不思議と心に響く。なんてことない言葉でさえ、すぅっと頭に入ってきて、それきり離れない。
意味不明でも、理屈なんてなくとも、人を惹きつける魅力がある。
常人には持ち得ないカリスマの塊。
それこそがもしかしたら、逢魔時音の、異能とか、魔法とか、そう呼ぶべきものなのか?
…………ん?
そういえば、時音本人には、なにやら特別な魔法とかを持っているのだろうか? このカリスマが魔法だと、そう言われれば、それはそれで納得なのだが――――
「あれ? 真城ぉっ! なにをしているのわたしだって言ってんのが分っかんないのかなぁさっさと扉開けないと鼻に電極刺してや――――」
がぱっ、と。
時音の足元に、綺麗な長方形の穴が開いた。
「――――へ?」
悲鳴を上げる暇はない。
自分へと襲い来る事態を把握することも、今の時音にはできやしない。
それほどに、その罠は鮮やかで、一瞬で、刹那的で、つまり。
「「「あ」」」
俺と美々夜、氷芽香が声を上げた時にはもう。
ばたんっ!
なんて音を立てて、突如出現した落とし穴は、時音を呑み込んで、その口を閉ざしてしまった。
閉じてしまったそれは、もう他の地面と見分けがつかない。微かに生えた雑草も、支配節を利かせる砂っぽい地面も、時たま転がる石ころも、まるで違和感なくそこに存在している。1度見た俺たちでさえ、どこが落とし穴なのかを判別するのは難しいだろう。
「…………えーっと、一応確認するけど、ここってお前らの住居で間違いないんだよな?」
「…………あぁんま肯定したくはないけどぉ、その通りなんだよなぁ。そぉれにしても真城ちゃん、侵入者対策の防犯装置を作動させるとは…………そりゃぁ、時音ちゃんの対応も悪いけどさぁ……」
確かになぁ。
あんだけ『わたしよわたし』と強気に連呼されちゃ、新手の振り込め詐欺だよなぁ。俺は昏睡ヶ原真城って子がどんな奴なのか知らないけれど、美々夜の口振りからするに気が強い方じゃなさそうだし、怪しい奴相手にゃ正しい反応ではあると思う。
なんだったんだろう、あの堂々として見えた、時音の姿とか、気迫とか。
俺の気の所為だったのかなぁ。
「ういー」
ととんっ
美々夜の背中に乗ったまま、傍観を決め込んでいた氷芽香が、ここでようやく動き出した。
滑り落ちるようにしながら地面に降り立つと、そのままふらふらと、泥酔しているかのような千鳥足で扉に近付く。そのまま無防備に、とんとんドンッ! とノックを3回。何故か最後だけ、やや強めに叩いていたのだが…………あぁ、半分以上は寝惚けて身体を任せた所為だな。よくよく見てみりゃ、今もこっくりこっくり舟漕いでるわ。
「まぁーしぃろーちゃーん……むにゅぅ…………うぁー、氷芽香だぞーっ! 開ーけてくーれないと食ーべちゃうぞーっ!」
……まるで酔っ払いオヤジだな。俺だったら、即行追い払う。
一瞬だけ扉開けて、木刀で強かぶっ叩いた上で追い払う。
だが、この家(あ、城だっけ?)ではそれが罷り通るらしく、さっきのように、問答無用の不審者扱いが発動することはなかった。
代わりに扉の横から飛び出してきたのは、植物の蔦か、或いはゲームにおける触手かなにかを想起させる動きをする、謎の金属物質だった。鈍く銀色に輝くそれは、先端を俺たちに向け、うねうねと近付いてくる。
1本は氷芽香の方へ。そして、1人につき1本という決まりでもあるのか、2本が俺と美々夜の方へと。
「…………う……」
鞄やら買い物袋やらを持ったまま、俺は思わず後ずさる。
……なんか、ダメだわこれ。なんていうか、生理的に無理。ぶっちゃけ気持ち悪い。
先端が、やや丸みを帯びて光っている。胃カメラかなにかのようにこちらを覗き込んでくるそれは、執拗に俺たちを狙っているみたいに思えて、なんとなく居心地がよくない。それでなくとも、触手みたいっていう時点で、俺的には大分受け付けない類の物体であろう。ああいう虫っぽいのとか、あとぬるぬるしてんのとか、結構苦手なんだよなぁ。
「……なんだ? なんなんだよ、この変なの……」
「おいおいおぉい、こぉんなので怯えんなよなぁ礼儀少年。くくくっ、可ぁ愛いねぇ。お姉さんってばちょいとはぁはぁキちまったぜぇ?」
「黙ってろ歩く青少年健全育成条例違反が。っていうか、いや、俺は本当、生理的にこういうの無理で…………」
「……いやぁ、それを言うならあたしは、そういうビクついてる男の子が本当に大好物なんだが…………まぁ、こぉの状況でおちょくんのも、ちょぉいと可哀想かね」
悪戯っぽくそう言うと、美々夜は近付いてきた金属触手を、なんの躊躇いもなくむんずと捕まえた。
そして、それを自分の顔にまで近付けていく。手慣れた風に触手を手繰る美々夜に、俺は微かに頼もしささえ覚えていた。
…………いや、ほら男女平等参画社会だしさ? 男らしさとか女らしさとか、そういう古い枠組みに囚われてちゃダメだと思うんだ? 男子の怖がりだって魅力になるし、頼り甲斐のある女性だってモテるだろ?
……悪かったよ、単に俺が意気地なしだっていうそれだけの話だよ。
「よぉ真城ちゃん。不安がんなくっても、そぉろそろいいんじゃねぇかい? 見ての通りの聞いての通り、お姉さんたちは本物の、正真正銘の黄泉宮美々夜に、大紅蓮氷芽香ちゃんだよぉ。まぁ、本日からのスペシャルゲストもご同伴だけどねぇ」
なにやら話しかけているが…………相手は、あの子か?
嫌悪感をなんとか振り切って、よくよくその触手を見てみれば――まぁ、本来は目を凝らしてみる必要もないのだろうけど――、それは明らかに、機械製だった。
機械製。つまり、電気で動く。
そんな芸当ができるのは、話に出てきたあの子しかいるまい。
確か、1年7組に転入したという、気が弱くて優しいらしいあの子しか――――
『ごっごごごごごごごごごっごっごごごっごごごごめんなしゃいっ! その、あの、その、なんていうか取り敢えず全世界の皆さんにごめんなしゃいっ!』
ぱぁっ、と。
なにもなかった筈の上空に映し出された巨大な顔が、盛大に噛みながら謝ってきた。
「っ!? うぉおおおおっ!?」
今日1日色々驚いてきたが、流石にこれが最大の驚きだった。
その証拠が、…………誠に情けないことなのだが、俺は空に浮かぶ少女の顔を見た瞬間、派手にその場で尻餅を搗いてしまったのだ。
だって、顔だぜ?
上空に突然、少女の顔だけが現れるんだ。映写機からスクリーンに投影したような、そんな普通の映像ではない。キュビズムが異常なまでの精巧さを持ったような、酷く滑らかな3D画像を見ているかのような。
有り体に言ってしまえば――――少女の首から上だけが、何倍にも拡大された様相で出現したのだ。
鳥山石燕の描いた絵に『大首』という妖怪がいる。その名の通り、大きな首だけの妖怪だけだ。生首が、それも巨大な生首が、宙を舞って人を驚かせるのである。似たような妖怪に、釣瓶落とし、舞首、飛頭蛮などがいる。
例えるならば、丁度そんな感じ。
『ひぁっ!? ごっごめんなしゃいっ! 驚かせてごめんなさいっ! 可愛くなくてごめんなさいっ! 髪が長くてごめんなさいシャンプーが面倒臭くてごめんなさい生まれてきてごめんなさいっ!』
俺の驚きが相当にショックだったのか、蒼褪めた顔で何度も謝ってくる巨大生首。
だが、彼女の名誉の為に言っておくと、(首だけとはいえ)彼女は決して可愛くないなどということはなかった。
寧ろ、物凄く可愛かった。
渋谷とか原宿とか歩いてたら、絶対にスカウトを受けるであろうくらい可愛い。時音や美々夜、氷芽香も相当にレベルが高い美人であるが、それを上回っていると言っても過言ではないほどに可愛らしい顔をしている。表情が申し訳なさ一色なのが、本気で勿体ないくらいだ。
髪は、確かに長そうだが、生首だけではいまいちわからない。やや茶髪がかっているのは分かるが、自然な感じのその色を見ると、どうやら地毛のようだ。
「美々夜…………こいつが」
「あぁ、我らが昏睡ヶ原真城ちゃんだぜぇ。生憎、立体映像だけどねぇ」
立体映像。
そう言われて、俺はようやく周囲を冷静に見渡せた。よく見ると、あの金属触手3本が、残らず上を向き、しかも各々光を放っているのだ。
そして、その光の交差点に、昏睡ヶ原真城の顔は浮かんでいる。
成程…………電子機器を自在に操れるからこその芸当か。
『はわわわ……ご、ごめんなさい。自己紹介、まだだったです……。えとえと、あの、境界坂、礼儀、さん、で、いいんです、よね?』
「……………………」
怖ず怖ずと、俺の名前を確認してくる真城。
しかし、俺はすぐには答えなかった。呆けていたのは否定しないが、ただそれだけではない。なんだろう、こちらは散々驚かされたのに、相手はおどおどしているだけだというのが…………いや、そりゃ我儘なんだけど、それは分かっているんだけど、なんか腑に落ちない。
『……へ? も、もしかして、礼儀さんじゃ、ない、です、か……?』
「? 礼儀少年?」
「…………いや」
にまぁ、と頬が吊り上がる感覚。
表情こそ堪え切れなかったが、それでも俺は平然とした態度で、真城に向かって手を振った。親愛の意味でではない――――否定の意でだ。
手をこう、自分の頬を仰ぐように、ひらひらと。
「いや、いや、いやいやいやいやぁ? 境界坂? 礼儀? いやぁ俺はそんな名前の奴知らないけどなぁ?」
『へ? へ、へ、ふぇえっ!?』
目を見開き、口をアホみたいに大きく開いて――――昏睡ヶ原真城は、大いに驚いてくれた。
俺が望んだリアクションを、そっくりそのまま、心を読んで再現してくれたかのように。
うわぁ、面白っ!
これ面白いなっ!
聖儀姉さんが事ある毎に俺を弄ってくるのは何故だろうと思っていたが…………成程、この感覚は1度味わえば忘れらんないわ。楽し過ぎる。
ちらと横目で見てみると、腹と口元を押さえて堪えてはいるものの、美々夜も爆笑を隠し切れてはいない。それほどまでに、真城のリアクションは見事だったのだ。
そして今も、それは変わらない。堪えつつも笑う俺たちを見ることさえ忘れ、あたふたと慌てふためいている真城の姿は、形容しがたいほどに可愛らしく、そして面白い。
『ふぇ? あ、あれ? その、つまり、あの、礼儀さんはどこで、あの人は誰で、その、あうあう…………あれ? 礼儀さんは誰で、じゃあの人はどこで、誰が、その、えと、だから、あれれ? 美々夜さんと一緒で、だから、氷芽香さんも一緒で、あれれれ? あの、でも時音さんが、その、だから、誰が、その、えと、あの…………』
ふふふっ、混乱している混乱している。
まぁ流石に参っているようだし、驚かされた溜飲も充分に下がった。そろそろ、ネタばらしをしてあげてもいい頃だろう。
「あぁ、嘘だよ嘘。俺はれっきとした、境界坂れ」
『ふわぁっ!? う、嘘、ですか? え、じゃあ、そこにいるのは、美々夜さんたちじゃないんでしゅか!?』
へ?
あれ? もしかして、変なとこ勘違いした?
認識の齟齬に俺たちが気付いた時には、しかし、既に遅きに失していた。俺も美々夜も、一瞬にして顔が蒼褪めていくのを感じたが、もう手遅れ。歯車は派手にずれたまま、事態だけがずんずん進行していく。
『え? でもあれは美々夜さんで、氷芽香さんだっていつも通りで、でも時音さんがいなくって、礼儀さんが礼儀さんじゃなくて、だからおかしくて変で、あれあれ? それで美々夜さんの声紋が合致で、耳紋も静脈も氷芽香さん通りで、時音さんが不審者がぽかんとだってその礼儀さんがでもあれは違くてだから美々夜さんもだけど氷芽香さんが証拠はあるけどでもそれが嘘で嘘が嘘なのに嘘だから嘘でも嘘ですですですから…………――――』
ぽんっ
狸の変身が解けてしまったような音を立てて、真城の巨大生首は消えてしまった。
ついでに、映像を出していた金属触手も、音も立てずにその場に落ちた。枯れ果てた植物の蔓が如く、横臥の姿勢を保ってピクリとも動かない。近くの地面を叩いてみるが(動きはしないが、触るのは嫌)、ただの屍のように返事がない。返事があっても嫌だけど。
「……………………」
「……………………おぉい、礼儀少年」
たらーっ、と脂汗が額を伝う。
……言わんとしていることは、よーく分かりますよ。はい。
この機械の調子とか、あの混乱っ振りからすると――――多分、真城は気絶してやがるな。名前の通りの、文字通りの昏睡である。
しかし…………俺たちは真城の力がないと、魔法を使ってもらわないと、中に入ることはできない。氷芽香が散々引っ張ってくれた家の内部を、見ることさえできないのだ。
それを抜きにしたって…………鶏肉、流石に生で放っておくと腐っちまうぞ。
「……放っておいたあたしも悪いし、手伝ってはやるさぁ。ただ、並大抵の騒音じゃ真城ちゃんは起きないと、それだけは覚悟しときなぁ」
「…………すまん、恩に着る」
人をおちょくって遊ぶような人間には、時にこのような天罰を食らうということを、俺はこの日、身をもって知った。
結局、俺たちは3人揃って扉にがぶり寄り、ノックと真城への叫びを繰り返す羽目になった。
ご近所さんから空き缶を投げつけられ、それから美々夜が闇になって隙間から入ればいいことに気がついたのは――――逢魔ヶ城に着いてから45分後のことだった。