3章-1 名字と名前
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スーパーに行ったら、たまたま鶏肉が安く売っていた。
それだけの理由で、その日の夕食は鶏の唐揚げに決定した。なんとも計画性のない献立であるが、なにしろ逢魔が自信たっぷりに『冷蔵庫? 中にはアイス以外は入ってないわっ!』と言い切るものだから、余り物でテキトーに、というポピュラーな線は、一瞬にして消滅済みなのだ。持ち合わせも少ない現状、主体性すら朧気にメニューを決めるのも、致し方ないことなのである。
そんな諸事情の末、買い物を終えた俺たち一行は、現在帰路に就いている。
逢魔時音。
黄泉宮美々夜。
大紅蓮氷芽香。
そしてこの俺、荷物持ちを一手に引き受ける境界坂礼儀。
事情を知らない人間から見たら、さぞかし異色な取り揃えであることだろう。
裏を知っている人間からすれば、連むべくして連んだ、必然の面子ではあるのだが。
っつーか重いんだけど。美々夜と氷芽香のは分かんだけど、なんで俺、逢魔の鞄まで持たされてんだろ。
1つ1つは軽いものの、量が嵩張りゃ重さも違って――――あぁ、そういや量で思い出した。
「そういえばよ逢魔、あの城(笑)に俺たち全員が入るのか? そんなスペースあるのかよ。ぱっと見、物凄く狭そうだったけど」
「人が趣味丸出しで作った我が家に向かって、(笑)は酷いんじゃないの(笑)は。まったく、これだから上辺しか見ない浅い奴は…………」
「……いやぁ、あんたも大概上辺だけだぜぃ? 時音ちゃん。あのデザインにしたの、単に格好いいからだろぉ?」
「ぐ…………いいじゃん別に。氷芽香はな~んも文句ないもんね~?」
「この子はひたすらに寝ているだけさねぇ」
溜息と一緒に吐き出された台詞は、面倒臭がりの美々夜のものとは思えないほど、疲れが色濃く染み出ていた。
まぁ、それも無理のないことだろう。日も沈み切った夜の道、疎らな街灯と月明かりしか頼りのない暗闇を、美々夜は氷芽香を背負いながら歩いているのだから。
だから、2人の鞄は俺が持っている。繰り返すようだが、逢魔の鞄まで持たされる意味は分からない。
「くー……すぴー……」
負ぶわれた氷芽香は――まぁ誰もが予想できることではあるが――完っ璧に眠ってしまっている。どこまでも白い髪が、美々夜の闇めいた姿を包み込んでおり、時折美々夜は鬱陶しそうにそれを払い退けていた。
実年齢を考えると、ダメな姉と頼りになる妹の図だが、見た目だけなら姉妹の序列が逆転している。それに、そもそも美々夜は妹ってキャラじゃねーわな。
どちらかといえば、姉御キャラだ。
それはともかく、
「で、どうなんだよ。とてもじゃないがあの家(仮)、中に4人も入れるような造りにゃ見えなかったぞ? お前やら氷芽香だけならまだしも、美々夜なんかよくあそこで生活できるなって感じだ」
「おいおい礼儀少年、そりゃあ暗にあたしがデカいと言ってないかい? 背が高くて胸がデカくてくびれが細くて、全身舐め回してーくらいのないすぼでーだとぉ、つまりはそう言ってんのかなぁ?」
「曲解も甚だしいわ。単に家が小さくて狭いというだけだ」
「はぁん。そりゃさながら時音ちゃんの胸…………いや、胸部さながらに」
「何故に言い直したのかしら黄泉宮美々夜ぉっ!?」
「いやぁ、やっぱ語感って大事だと思うんだよなぁ。胸ってさ、むねってさぁ、どっちかっていうと柔らかそうじゃね?」
「わたしのおっぱいは柔らかくもなんともないと!?」
「時音ちゃんの場合はぁ、大っきくないから、ちっぱいだな。ちっぱい」
「よし決めた! 今宵の晩餐はあんたのおっぱい丸焼きよぉっ! 礼儀ぃ! さっさと調理の準備をしなさいっ! 人肉は酸っぱいらしいから、ちょっとケチャップ多めに甘めでねっ!」
「…………取り敢えず、お前らは俺が思春期の男子だって弁えて話そうな」
胸だのおっぱいだの、男心を擽るようなことばかり言うな。
居心地悪くて仕方ないわ。
スプラッタな部分については、積極的にスルー推奨。
「っつーか、お願いだから俺の質問に答えてくれよ。さっきから話が1ミリも先に進んでねーぞ」
「あれれ? 礼儀ってば、意外にも構ってちゃん発言? いやん可愛い!」
「礼儀少年。お姉ちゃんって、甘えてきてもいいんだぜぇ?」
「…………そうか。お前ら、晩飯は要らないんだな」
「すいませんでした礼儀様」
「調子乗ってました礼儀様」
素直に頭を垂れるバカ2人。
生活していく上でのヒエラルキーは、どうやら把握できているらしい。金を持っているのは逢魔だが、それを使い、なおかつ食材を調理できるのは俺だけだ。金を持っているだけの奴より、その金を上手く使う奴の方が偉い――――当たり前の基本事項である。
「んにゃあ。それについては~、しんぱいむよ~なやみむよ~」
と、耳元で聞こえてきた声は、聴いているこちらまで眠くなってしまいそうなほど、眠気がぎっしりと詰め込まれていた。
振り向かなくとも、流石に分かる。美々夜の声は基本気怠げだし、逢魔のキンキン声はそもそも耳元でなんて聞こえない。土台、眠そうな声を上げる奴など、この面子じゃ1人しかいない。
「……起きてたのか、氷芽香。だったら自分で歩け。そして荷物を運ぶのを手伝え」
「きゃーっか。老体に鞭打つ外道野郎は~、地獄へぽいじゃーっ!」
「地獄はゴミ箱かなんかか」
「人間のゴミが行くんだし~、間違ってはないよね~」
「この流れが間違ってることに、そろそろ誰か気づこうな」
話がぽんぽん横道に逸れるな、こいつらとの会話。
自分が悪いんじゃないかって、軽い罪悪感さえ覚えてきた。いや、俺が悪い訳ないんだけど。
「んで、心配無用ってどういう意味だ? …………まさか、魔法かなにかの力で、空間が無限の広がりを持っている、とか?」
「…………れーぎ、まんがのよみすぎだぉ……」
「漫画みたいな経歴と口調の奴に言われたくないわっ!」
なんだ今の『だぉ』って! 初めて聞いたぞっ!?
ちなみにリアルで聞いたのも初めてだわっ!
「も~ぉ、そぉんなにかっかしちゃ、だ・め・だ・ぉ?」
どうやら気に入ったらしい。
徹底的にキャラ付けしていくつもりらしい。
…………もう、好きにしてくれ。
「ん~、ま~それは~、着いてからのおたのしみでい~んじゃな~い?」美々夜の背中に乗っかって、頬ずりしながら氷芽香は言う。「非現実的なことには、あ~んまり変わりないしね~。言って聞かせるよりも~、百聞は一見に如かずって奴だよ~…………あ、だ、だぉ~」
矢張り、にわか仕込みのアイデンティティは、容易く化けの皮が剥がれるものらしい。
しっかし、美々夜にも見習ってほしい引きだ。情報流出を『非現実的』という、抽象性の高いキーワードのみに絞ることで、こちらの感情を上手くざわつかせている。100点満点はつけづらいが、しかし十二分に及第点はあげられるだろう。
ただの寝坊助に見えるが――――なかなかやるじゃないか、大紅蓮氷芽香。
「まぁ、逢魔の家に全員入れるなら、別に問題はないんだけどな。気になったから、試しに訊いてみただけだし」
「…………わたしも、大分そろそろ気になってくるんだけど」
今度は、氷芽香たちとは反対方向から声が聞こえてきた。
メンバーの中でも、随一に幼い声。腹の虫かと聞き紛うかも知れない位置から聞こえたそれは、何故だか不機嫌一色に染められている。
誰の声かなどと、もういちいち考えることはない。
「なんだ? なんかあんのかよ、逢魔」
「それよそれ。あんたの細胞膜には、デリカシーの5文字は刻まれちゃいない訳?」
「刻まれている奴がいたら、逆に見てみてーよ。……っていうか、それってなんだよ? 逢魔」
「それよっ! それよそれだよそれそれそれそれっ!」
…………さっぱり分からん。
周囲への迷惑を顧みないほどにテンションが上がっているのは分かったが、付き合うこっちのボルテージは下がりっ放しだ。なにを一人で盛り上がっているのか、てんで見当がつかない。
「……なぁに怒ってんだぁ? ぷりぷりしてちゃあ、お肌が荒れちゃうぜぇ?」
「うみー、あーんみーんぼーがいはーんたーいじゃ~」
美々夜や氷芽香にも、逢魔の怒りは分からないらしい。
それにしてはこなれた反応なのが気になるが…………やっぱり、隙を見てはキレてんのかな、逢魔の奴。
「なにが気に入らないのか知らんが…………もうすぐお前ん家だろ。怒ったままじゃ、消化に悪いぞ」
「誰の所為だと思ってんのよ…………!」
「氷芽香、そろそろ本格的に起きとけ。夕食時に寝てたら飯抜きだからな。あと美々夜、食器とかどうなってんだ? 今更感の強い質問ではあるんだが――」
「だからそれだっつってんでしょうがボケカスミジンコ細胞単位で爆発しろこんちくしょーっ!」
キレた。
逢魔がブチギレた。
それも、この上なく分かりやすく。
突沸という現象をご存知だろうか。小中学校の理科の実験では、しばしば危険視されるものなのだが、高校に入った途端、嘘みたいに忘れられてしまうことで有名である(俺調べ。本当は調べてないし、多分有名でもない)。
水をゆっくりゆっくり、弱い火で加熱していくと、稀に沸点である100℃に到達しても、沸騰という現象が起きないことがある。それに気づかず加熱し続けると、水は突然、火山の噴火さながらに沸騰を起こすのだ。100℃にまで熱せられた、文字通りの熱湯が辺りに撒き散らされる訳だから、当然の如く超危険だ。火傷は火傷でも、大火傷を負う可能性だって高い。そういったことを防ぐ為に、ビーカーの中に沸騰を促す沸騰石を入れるという措置が取られていたのである。
…………長々となにが言いたいのかというと――――要するに、逢魔のキレ方が突沸に似ていたと、ただそれだけのことなのだが。
字面だけならまだ可愛いものなのに、飛ぶわ跳ねるわ殴るわ蹴るわで、俺への危害の加え方がハンパない。突然に憤慨し、周囲(俺限定)に損害を与えるこの有様、正に突沸。
まさか理科以外で見ることになるとは思わなんだ。
「なによなによ礼儀のバーカバーカズッコいズッコいなんでなんでわたしだけなの酷い酷いバカバカバカバカ死んじゃえ死んじゃえ死ななくていいから身体中のミトコンドリアが一つ残らず死滅しちゃえゴルジ体が肥大化して乗っ取られちゃえばいいんだあんたのシナプスを一つ残らずひん曲げてやろうかあらぬ方向にぃっ!」
後半の罵倒が、いま一つ理解できなかった。
取り敢えず、激烈に怒っているということだけはありありと伝わってきたが。
「逢魔だけ……? なんだ? 俺、逢魔限定でなんか意地悪したっけ? もう」
「もうってなに!? これからする予定があったの!? 鬼畜っ! 外道っ! 阿修羅道にでも落ちちゃえばいいんだよ5色の戦隊もので言えばグリーン辺りのポジション野郎がっ!」
阿修羅道って、また地味なチョイスだな…………。
確かに、戦隊ものでグリーンってのは、ちょっと嫌かもな。勝手な印象だが、個性が薄い気がする。赤とか黄色とか青とかピンクに比べると。
悪口の才能がないことだけは、まぁ分かったかな。
「なんだよ。不満があるなら早い内に言え。あれか? 月18000円は、飯炊き要員のそれにしちゃ高過ぎたか?」
「散々っぱら議論したそれに関してはもうなにも言うことはないからそうではなくっ! 礼儀っ! あんたはわたしを熱烈に差別していますっ!」
「差別?」
これは聞き捨てならない。
俺はよい意味での平等主義者でいるつもりなのだ。姉さんという別格を除いて、その他の人間とは、友好度に応じて平等な対応をしている。
分かりやすく数値化するなら、友好度が20の人間と、友好度が70の人間とでは、その接し方は変わってくるし、いつ如何なる時もそれは変わらない。れっきとした基準がある訳ではないが、無味乾燥だったり悪平等になったりしない程度には、個人レベルの平等は守れている、筈だ。
行動にいちいち監査役などいないから、言い切れないのは致し方ない。
「失礼な。俺は差別なんかしちゃいないぞ。逢魔にも美々夜にも氷芽香にも、ちゃんと平等に接して」
「ほらーっ!!」
「人の台詞を突然にぶった切んな」
あと、人を指さすな。行儀悪い。
…………しかし、『ほら』という言葉から見るに、俺の台詞のどこかに、逢魔を激昂させているなにかが「ほら今も思ったでしょっ!」おい。何故にモノローグにまでツッコミを入れてんだよ。
「なんで、なぁんでわたしだけ名字で呼ばれてんのっ!? 美々夜も氷芽香も名前で呼んでんのにっ! これは差別だよ! イジメダメ絶対!」
「……………………………………あぁ! 確かに!」
「今気づいたの!?」
心底遺憾の意を示していただいている中申し訳ないが、本気で今更気がついた。
あ~、そういやそうだな。
大抵の人間を名前呼びしている俺だが(該斗や遠乃先生がいい例だ)、そういえば逢魔のことは名字で呼んでいるな。思い返してみると、1度もこいつを『時音』と呼んだことはない。フルネームを呼んだのは、ありゃカウントしないだろう。
そうかそうか、呼び名が気になると。
なんのことかと思いきや、見た目通りに幼い不満なことで。
「しかしなぁ、俺も逢魔のことは逢魔って呼ぶのが自然体になっちまったし、今更呼び名を変えんのはなぁ…………なんか、名字で呼ばれるのが嫌な理由とかあんのか?」
ちなみに、俺は名字で呼ばれるのが嫌いである。
十中八九、お巫山戯だと思われるからな。だから、名乗る時は常にフルネーム。これが俺の中での鉄則だ。
「…………嫌な理由とか、別に、そういうのはないけど……」
「じゃあいいじゃねーか。それに、逢魔の名字の逢魔って、如何にも名字って感じがして呼びやすいんだよなぁ。だからついつい、逢魔のことは逢魔と呼んでしまうんだ。うん、これは仕方ないな、逢魔」
「絶っっっっ対にわざとやってるでしょ! どんだけ人の名字連呼してんの!?」
ちっ、バレたか。
いい笑顔で言っていれば、存外気づかれないと思ったんだが。
「でもさ、俺が名字で呼んでんの、逢魔くらいなもんだぜ? それってさ、逢魔は俺にとって特別な存在ってことじゃないのかね?」
「へっ? …………そ、そう? えへへ……」
「…………特別疎遠なだけじゃねぇんかい?」
「……あ。ちょ、礼儀ゴルァアアアアアアアアアアアっ!!」
ちっ、ダメか。
誤魔化せると思ったんだがなぁ。逢魔がやけに嬉しそうだったのが少し気になったけど。
ぶち壊しだよ。
美々夜の野郎。ちょっとでいいから黙っとけや。
「仕方ないだろー。第一印象が第一印象だったんだし、呼び名って一度固定しちまうと、変えんの面倒なんだよなぁ」
「ぐーたら日本代表の美々夜みたいな台詞吐かないで! たかが呼び名一つくらい頑張ってよ!」
「おい時音ちゃんこの野郎。誰がグータラ日本代ひょ」
「大体、美々夜は礼儀を押し倒してたし、氷芽香に至っては寝ていただけだったじゃん! なんでわたしだけが名字!? イエス名字バット名前!? 説明と謝罪と訂正を求めるわ!」
「ツッコミ無視かよぉ…………」
項垂れる美々夜の声は、当然のように逢魔には聞こえていない。
俺が言えることじゃないが、随分こだわるなぁ、逢魔の奴。
名字で呼ばれたくない理由はなくとも――――名前で呼ばれたい理由は、あるのだろうか。
「美々夜や氷芽香ばっかりズルいもんっ! わたしだって名前の方がいいっ! なんか、礼儀に1人だけ、嫌われてるみたいじゃんっ! そんなの嫌っ!」
「…………分かったよ」
やれやれ、仕方がない。
最早、言っていることが子どもの駄々レベルだもんな。
まぁ、女の子の我儘を聞いてやるのも、たまになら、悪い心地もしない。それに、いくら激論を交わしたところで、所詮は呼び名1つの話だしな。
折れといてやろう。大人として。
「分かってない! 分かってないもんっ! 礼儀ってば絶対に絶対に分かってな――」
「分かったってば。…………落ち着けよ、時音」
ぴくん、と。
髪の影から僅かに覗く、時音の小さな耳が、ウサギのそれみたいに動いた。
時音、って。
そう呼んだ俺の声に、お……時音は、耳聡く反応したのだ。
「……えへ、えへへへへへへへ」
やけに嬉しそうに笑う時音。
…………いや、名前呼んだだけだぜ? それも、美々夜や氷芽香には散々呼ばれているそれを、なんの工夫もなく漫然と。
喜び過ぎだろ。
やめてくれ。変なことを勘繰っちまう。
「礼儀、も1回呼んで」
「は? …………と、時音って呼べばいいのか?」
「うん! も1回、も1回!」
「えぇ? ……と、時音」
「もいっちょ!」
「……時音?」
「わたしの名前を10回言うクイズを、今から10回やるから、言ってみて」
「時音、時音、時音、時音、時音、時音、時音、時音、時音…………って、いきなりなにやらせてんだよっ!」
時音の名前で10回クイズって、展開が急過ぎてついていけんわ!
大体、時音と言い間違えるものが10個もあるのかよ!
「……いやぁ、そぉもそも言い始めちまった時点で、礼儀少年の負けだぁな」
「あはははーばかっぷるみてーちょーうけるわーあははははー」
バカを見る目の美々夜と、棒読みでおちょくってくる氷芽香。
…………なんだろう、無性にいらっとくるな。
唐揚げん中に唐辛子でもぶち込んでやろうか。
「えへへへへ――――決定、ね。礼儀はこれから一生、わたしのことを名前で呼ぶこと!」
「へいへい、分かったよ」
これ以上だらだらと、呼び名の話題を続けるのもしんどいので、俺はテキトーに頷いてみせる。
まぁ、元から名前でばかり他人を呼んでいた人間だし、気恥ずかしさは特にない。何回か間違えるかも分からないが、その内違和感もなにもなしに呼べるように――
「もしもわたしのことを名字呼び捨てで呼びやがったら――――腕と脚を切断して、上下左右バラバラに縫合してあげるから。勿論、麻酔なしで」
――なる、その前に死ぬかも知んない。
めっちゃいい笑顔なんだけどなぁ。うきうきと弾んだ声で、なんと物騒なことを宣うのだろう、この理系。
どうしよう、こいつならマジでやりそうで、すっっっっごく怖い。
「…………まぁ、お前さんらが仲良くなってくれてさぁ、お姉さん的には嬉しいよん」
「なかよっきこっとはー、ねったまっしきっかな~」
あと、ちょいちょい茶々入れてくるこいつらも、怖いほどにウザいな。
俺の自制心、たまに感心するくらいに辛抱強いよな。
「……お、着いたんじゃね?」
と、俺は見覚えがある、がらんとした空き地を見つけた。
いや、正確には空き地じゃないのか。空き地と見紛うほどにスペースが空きまくってはいるものの、そこには一応、曲がりなりにも、辛うじてではあるが、ちゃんと家が建っている。
3本の、蝋燭みたいに細っこい尖塔。
段ボールを10箱くらい使えば、作れてしまえそうなくらいにしょぼい四角形の居住スペース。
昨日、逢魔時音と初めて出遭った、あの因縁の場所だ。