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魔法と科学とサバトの時間  作者: 緋色友架
10/22

2章-4 交渉


「うぁー、ごめんよごめんよー。眠くってダメだったー」

 時は移ろい、時刻は12時ちょい過ぎ。

 反省の気などまるで感じられない声で、氷芽香――――大紅蓮氷芽香は謝罪した。

 それも、ブリッジのおまけ付き。

 四六時中睡眠欲に支配されているような氷芽香にしては、実に綺麗で伸び伸びした姿勢だ。腕や足も、ぴんと張られており、このまま中学生なんかの教本に掲載できそうだ。胸があまりにも強調され過ぎてエロいから、恐らく実際に載ることはないだろうけど。

 間違いなく保健体育の『保健』の方で、しかもある一定方向に偏った場面で使われてしまう。

 無論、ここはあの喧しく姦しい教室ではない。あんな場所で、注目の美人転入生・大紅蓮氷芽香がこんな姿を晒せば、たちまち暴動が起きちまう。

「…………もういい。もういいから、さっさと姿勢を戻しなさいよぉ、氷芽香。わたしへの嫌がらせも大概にしてよぉ…………ぐすん」

 青空が天井代わりとなる、やけに広々とした屋上。

 秋の風を一身に受けつつ、美しいブリッジ姿勢を披露する氷芽香のすぐ隣で、逢魔は、似合いもしない沈んだ表情を見せていた。

 …………確かに、これでもかと胸を強調するあのポーズは、絶壁の逢魔にしてみりゃ嫌がらせだろう。まぁ、俺にとっても意味不明なんだがな?

「逢魔にも氷芽香にも、まぁ怪我がなかったからいいんだけどよ――――なぁ。それ、なんだ?」

「橋だぜー」

「見ても分かんねーけど、考えれば分かるな、それ」

「渡れるものなら渡ってみやがれー」

「全力で遠慮しとくわ。っつか、何故にブリッジ?」

「土下座を極めてみました」

「寄り道もいい加減にしろ」

 言いながら俺は、弁当代わりに持参した、ペットボトルの水を飲む。

 端っこに小屋みたいな入口があり、逆の端っこには貯水タンクが並ぶ屋上。座るのに丁度いい凹凸が多い小屋付近で、俺たちは揃って昼食をとっていた。

 逢魔時音。

 大紅蓮氷芽香。

 黄泉宮美々夜。

 そしてこの俺――――境界坂礼儀。

 …………どう考えても場違いな面子である。

 和やかな一時になる筈もなく、勿論転入生への歓迎の気持ちなんて、清々しいくらいに起こらない。

 ふとしたことで弛緩した空気も、すぐに元の鞘に戻る。疲れたのか、氷芽香がブリッジをやめて寝転んだだけで、雰囲気はぴりぴりとした緊張感を取り戻した。

「……美々夜。真城はどうしたのよ」

「ん・ん・ん~? なんだい時音ちゃぁん、そぉんなに真城ちゃんのことが気になんのかぃ? ひゅーひゅー」

 中には校舎内へと続く階段しかない小屋の上。

 童話に出てくるあからさまな家みたいに、飽くなきまで真っ赤に塗られたその屋根に、彼女は悠然と腰かけていた。

 黄泉宮美々夜。

『再登場の予定はない』というフラグ通り、きっちり再登場を果たした彼女である。ちなみに、今回はちゃんと8頭身仕様、1分の1スケール。

 胸は氷芽香の方がでかいけど、背は美々夜の方が上だ。総合的なバランスを見ると、矢張り軍配が上がるのは美々夜か。

 黒のセーラー服が本当、誂えたようによく似合う。風に靡く金髪は、太陽の光を浴びてきらきらと光っていた。

 あとは、その巫山戯た口調と面倒臭がりをどうにかすれば、なんの文句もないんだけどなぁ。

「訳の分かんないこと言ってないで、さっさと捕捉しなさいよ。得意分野でしょ?」

「……やれやれ面倒だねぇ。まぁ、やってやれないことはない、っていうかぁ、実はもうやってるんだなぁこれが」

「すぐ着きそう?」

「無理ぽ。真城ちゃんってば優しくて弱々しいからねぇ。人見知りも酷いし。ちんまりしてて可愛いのも相俟って、クラスの女子連中に囲まれちまってんなぁ。昼休み中は、動きが取れなさそうだねぇ」

「…………あっそ」

 呆れたように息を吐く逢魔。

 真城――多分、遠乃先生が言っていた『こんすいがはらましろ』だろう――彼女の動きを、まるで見てきたかのように語る美々夜だったが、既にその能力を目にしている俺には、大した驚きもない。

 きっと昨日と同じように、(身体の一部)を相手にくっつけておいたのだろう。

 …………考えてみると、美々夜の能力って『身体を闇に変える』こと自体はネックじゃなくね? 寧ろ、闇に変えた身体を分割できるところに真価があるような……。

「仕方ないわね、この面子だけででも、一応話しておきましょっか」

 ぱんっ、と逢魔が手を叩く。

 たったそれだけで、空気が一新されるのが分かった。だらだらとした前置きが終わり、本題に入ろうという雰囲気が、屋上全体を包み込む。

 意味も理屈もない、単なるカリスマ性。

 逢魔を支えているのは、少なからずその生まれ持った資質なんだろう。こんなに小さな背中なのに、安心してついていけるような気概を感じる。

 …………いや、俺は付き従おうとは思わんけど。

「改めまして――――《魔法科学》の第一人者、逢魔時音よ」

 俺の隣に座っていた逢魔が、す、と右手を差し出してきた。

 ただでさえ、俺のいる側とは逆の方の手だ。その上、背の低さに伴う腕の短さも響いてきて、伸ばした手はぷるぷると震えている。

 無視するのも気が引けるし…………取り敢えず、握手くらいは交わしておく。

 力を込めたら潰れちまうんじゃないかってくらい、その手は小さく、柔らかかった。

「境界坂礼儀だ。…………能力については、今更言う必要もねーよな?」

「能力? それは違うわね」

 握り合った感触を確かめるように、離した後も執拗に右手を握ったり開いたりする逢魔。

 違う? 一体、なにが違うって言うんだ?

 俺の疑念を悟ったかのように、逢魔はくすりと笑い、そしてこう続けた。

「それはね、魔法、と呼ばれるものよ。現時点においては、理屈も原理も一切不明。超能力とか異能とか言う人もいるけれど――――なんにしてもそれは、わたしの研究対象だわ」

 行儀悪く人を指差してくる逢魔を、しかし、俺は叱責することができない。

 魔法。

 そんな荒唐無稽な響きを、俺は久し振りに耳にした。しかも、それを真顔で大真面目に言っている奴を見るなど、間違いなく生涯初のことだろう。

「魔法って…………あれか? 悪魔を召喚したり、箒で空飛んだりする奴。ソロモン王とか、魔女とかさ」

「魔女かぁ、い~い響きだねぇ」

 指折り数えで挙げていくと、上から美々夜が茶々を入れてきた。

「現代じゃ魔女なんて、小中学生の特権だもんなぁ。あたしらみたいなのは、年増過ぎて話にならんとよぉ。高校生以上の魔女さんはぁ、大っきいお友達にしか需要ありませ~ん」

「…………本当、口を開けば残念だよな、美々夜って。それはともかく、逢魔、魔法ってのはそもそも、そういうのを指すんだろう? 俺たちみたいな特異体質とは、全然違うんじゃねーの?」

「ソロモン王、ねぇ。他には、そうね、パラケルススやニュートン、サンジェルマン伯爵、アレイスター・クロウリー…………ファウストなんかもそうかしら。ふ~ん、そういう知識があるってことは、多少なり勉強はしているみたいね。でも、それはちょっとお門違い」

 ずらずらと、聞いたこともない名前を羅列していく逢魔に、なんだか少し圧倒された。

 この小さな身体の、そのまた小さな頭の、一体どこにそんな知識を詰め込む余裕があるのだろうか。考えても無駄なのは分かってるが、しかし妙に気になる。頭がいい奴っていうのは、俺ら凡人と脳の作りが違うんだろうか。

「礼儀が挙げたのは、魔法じゃなくて魔術よ。魔術書に記され、魔術系統の確立した、れっきとした学問なの」

「学問って…………どう考えても非科学的だろ……」

「分かんないよ? 機械工学やら電子力学やらが発達した所為で、わたしたちが見落としているだけかも知れないし。現代のわたしたちから見て論理が滅茶苦茶でも、一昔前には立派に科学として成り立ってたんだもん。みんな勘違いしているけど、錬金術って、あれはそもそも科学だからね?」

「……じゃあ、魔法ってのはなんなんだよ」

「魔術は魔の術。だから、極めさえすれば、人間にも使えるの。けれど魔法は、ある意味魔術と対極の位置にあるものよ」

 逢魔は一旦言葉を切り、膝に乗せていたサンドイッチを頬張った。

 コンビニのビニールが、風でひらひらと揺れている。日向ぼっこでもしているかのように寝転んだままの氷芽香は、まるで猫みたいにそれを見ていた。

 時折、丸めた手を伸ばしてくるものだから、もう本格的に猫っぽい。

 にゃー、とか普通に鳴きそう。

「例えば、この大紅蓮氷芽香」不思議ちゃんを丸出しにした氷芽香を足で指しつつ、逢魔は話を続ける。「こいつは特殊な身体をしていてね、気温が一定以下になると、自動で仮死状態になるのよ。その間は一切成長しないし、だから、氷の中で半永久的に生きることも可能なの」

「……美々夜が言ってた、絶対零度でも生存可能っていうのは、つまりこいつな訳か」

「そういうこと。実年齢は分かんないけど、推測する限り、1000年は軽いかな。起きていた時間は、1%にも満たないらしいけどね。だから『大紅蓮氷芽香』って名前も、私がテキトーにつけた記号、あだ名みたいなものよ」

「ういー。それだけではないだろー」

 朗々と解説をする逢魔に対し、氷芽香がやや食い気味に言葉をねじ込んできた。

 どうやら、自分の能力――逢魔流に言うなら、魔法――の説明に納得がいかないらしい。だが、自分で説明する気はないのか、それきりごろごろと、その場で転がるだけになってしまった。

 屋上の地べたで。

 埃一つ付いていなかった制服が、見る見る内に汚れていく。

「……そうね。あー、あんまり人の魔法についてぺらぺら語るの、好きじゃないんだけどなぁ」

「? まだあるのか? 氷芽香の能……魔法は」

「まぁね」憂鬱な調子で、逢魔は言った。「どんな冷気の中でも生きていける氷芽香は、環境に適応したのか、自らも冷気を操れるのよ。自由自在とはいかないけれど、ちょっと気温を落としたり、小さなものを軽く凍らせる程度なら、できなくもないわ」

「…………道理で」

 頭の隅にこびりついていた疑念が、さらさらと氷解した。

 自己紹介の時。2人めがけて蛍光灯が落ちてきたのは、矢張り偶然ではなかったのだ。眠っていた氷芽香から漏れた冷気が、蛍光灯に氷柱や霜を出現させ、その結果自重を支え切れなくなったのだろう。それに、割れ方が地味だったのも、蛍光灯そのものがある程度凍っていて、破片が飛び散りにくかったからだろうな。

 天井から落ちてきたんだ、もっと派手に割れていても不思議じゃなかった。

 一応、すぐ消えるような薄い境界は引いておいたけどな。意識的に境界出すのって、疲れるんだよ。できれば2度と御免だ。

「…………鋭いね。普通は、即座にそこまで頭が回らないものだけど」

「自分が、あんまり普通じゃないもんでな。普通でないことには、ある程度耐性がついている」

「話が早くていいんだけど…………なんだろう、このもやっとした感じ。なんか、物足りないような…………」

「どんだけ説明好きなんだよ……」

 いるよな、こういうの。

 人の知らないことを説明したり解説したり、布教したり腐教したりするのが好きな奴。

 宗教の信者しかりコアなオタクしかり、マイナーな奴に限って話し好きだったりするんだよな。

「……っとと、危ない危ない。派手に話題が脱線していたわ、閑話休題っと。うん、まぁつまり氷芽香の能力はそれだってことで――――美々夜の魔法については、言わなくても分かるよね?」

「昨日、嫌ってほど見せられたからな。誰かさんがけしかけてくれたお陰で」

「う……根に持ってたか……意外と女々しいんだね」

「女々しいは悪口ではない」

 妙なポリシーだろうが、俺の持説なので一応言ってはおく。

 それはそれとして、美々夜の魔法。

 身体を闇に変える。

 昨日は夕食まで共にした仲だ。流石に知っている。把握している。

 理解だけは、しちゃいないけど。

「でも、知っているなら話は早いわ。後は、今ここにいない真城――――昏睡ヶ原(こんすいがはら)真城ね。あの子は、あらゆる電子機器、電気系統を操る魔法を持っているの。そういうのを前提として、質問をしたいんだけど――」

「質問?」

「――彼女たちの魔法って、理屈とか原理とか説明できる? 仮にできたとしても、他の誰かが使えるかな?」

 逢魔の発した問いに、俺は少しだけ考え込んだ。

 だが、答えは至極簡単に出た――――そんなの、無理に決まっている。

 理屈だの原理だの、そもそもそういうものがつけようもないし、万一つけられたとしても、他人による再現など絶望的だろう。

 なにせ、俺たちは生まれた時から、こんな魔法を持っているんだ。

 修行も努力もなにもせず、ただただ能力だけは持っていた――――それを、他人が修行やら努力やらで補えるものか。

 凡人が天才に追いつくことはできる。天才っていうのは、他人にもできるようなことを、他人より上手くできるだけの人間だから。

 だが、俺たちのは才能じゃなくて、謂わば先天性の病気に近い。

 頑張って病気になれる人がいるだろうか。風邪程度ならまだしも、先天性で治療法のない病に。

「魔法っていうのは魔の法。法律はただの人間にはいじれないし、ただの人間には作れない――――魔法っていうのはね、その人にしか使えない特殊な能力のことなのよ」

「……成程」

 大雑把に言えば、魔術には教科書があり、魔法にはないってとこかね。

 教科書ってのは、読めば知識なり技能なりを習得するのに効果がある――――裏返せば、習得できることしか書かれてはいない。

 教科書がないというのは、習得可能性がないということに等しい。

 オーケー。逢魔の言う魔法については、大体理解した。

 それじゃあ、本題に入ろうか。

「魔法についての認識は改め終わったが――――閑話休題だ。逢魔、お前は俺になんの用がある?」

 ごくん

 ペットボトルの水を1口嚥下し、俺はやや強い口調で訊ねる。

 事情が分かったとはいえ、気にしていないとはいえ、昨夜殺されかけた事実を忘れてはいけない。そう簡単に、人間同士の溝が埋まる訳はないのだ。

 正直、一緒に飯を食っている今だって、隣に座る逢魔への警戒は、一瞬たりとも解いちゃいない。

『話がある』とか言って呼び出してきた時だって、護身用にカッターくらいは持っていくべきかと迷ったほどだ。

 逢魔の目的は、俺たちみたいなはぐれ者からすれば、確かに魅力的なものだ。態度は滅茶苦茶だが、人を助けようとしているその精神は、決して貶されるような代物ではない。

 しかし、目的の為に手段を選ばないような奴は、どんな崇高な目的を持とうと、悪と呼ばれる。

 ましてや、見ず知らずの俺に、魔法を使えるか否かも分からない俺に向かって、いきなりナイフを振り翳してくるような奴を、悪と呼ばずにいられるだろうか。

「……そりゃ、まぁ当然よね。昨日のことを考えれば、わたしはそういう態度を取られて当たり前か…………ごめんなさい、礼儀」

 ぺこっ、と頭を下げ、深々と礼をする逢魔。

 座ったままではあったが、嘘とか演技とか、そういうきな臭い感じはまるでない。気持ちいいくらいに素直な謝罪は、射抜くように俺の視界を支配する。

「……ちっ」

 調子狂うなぁ。

 別に反論してほしかったのでも、ましてや逆ギレしてほしかったのでもないが…………こうも素直に謝られると、わざわざ理論武装までしてきた自分が恥ずかしい。土台、事情は重々分かっているのだから、怒っている訳ではもうないのだ。

 頭を下げられても、挨拶に困る。

 っていうか、逢魔の奴があまりにも小さいから、なんか、弱い者いじめをしている気分である。

 ……もやっとすんなぁ。

「いいよ、もう。美々夜から事情は聴いたし、納得だってしてる。これ以上謝られても、もう許すことの伸びしろがねーんだよ」

「……………………」

「それよりも、お前のしたい話を進めろよ、逢魔。元より俺は、話があるからって呼び出されたんだろ?」

「…………お人好し」

 溜息混じりに呟きつつ、逢魔は顔を上げた。

 ……何故か、俺は逢魔からジト目を向けられていた。呆れているというか、俺と同じように怒り損ねているような、酷く微妙な表情を、彼女は浮かべていた。

「ここで好き勝手に詰ってくれれば、理屈抜きで逆恨みできたのに。どちらかといえばわたしは、そっちの方が楽なのに」

「……決めた。絶対にお前なんかに楽はさせてやらねー」

「けど、許してくれたことはありがと」

 早口で言うと、逢魔はその場に立ち、とてとてと俺の目の前にやってきた。

 そして再び、頭を下げる。背筋を伸ばし、腰を直角に曲げ、しかし今度は謝罪ではなく、掛け値なしの懇願で。

「改めて、お願いしたいの。境界坂礼儀。あなたの魔法――――わたしに研究させてくださいっ!」

 その声は、必死だった。

 その姿は、必死だった。

 陳腐な言葉かも知れないけど、今の逢魔を表せるのは、その単語をおいて他になかった。

 幼気な少女が、自分に向かって頭を下げている。

 俺らくらいの年になると、誰かに平身低頭お願いするなんて、肥大化したプライドに邪魔されて、なかなかできるものじゃない。真剣極まりないその姿に、俺は至高の芸術品に出会ったかのような胸の高鳴りさえ覚えた。

「断る」

 だから。

 そんな奴の願い1つさえ聞いてやらない俺は、真面目になかなか可愛げがなかった。

「………………参考までに訊くけど、なんで?」

「昨日も言っただろうが。お前の目的が、実現可能だとは思えねーからだよ、逢魔時音」

 頭を下げたまま訊いてくる時音に、俺は素っ気なく答えた。

 同じ言葉を、何度も何度も繰り返す趣味はない。逢魔の目的を立派だとは思うが、それとこれとは話が別だ。

 第一、下手に逢魔と関わったばっかりに、能力のことが他の人間にバレちまう危険性だってある。事実、俺は今日、人前で境界を作る羽目になったんだしな。

 使いどころを色々間違えている気も、まぁしなくはないけれど。

「そういう訳だから、悪いが他を当たってくれ。生憎俺は、ヒロインのお願いならなんでも聞いちまうような、安いラノベの主人公とかじゃないんだ――」

「……………………………………………………………………………………………………ぎ」

「ぎ?」

 へ? なんて言った? こいつ。

 俺の耳が正常なら、多分、『ぎ』って一音だけ発したと思うんだが…………ぎ?

 未だに腰を曲げ、頭を下げたままの逢魔。

 しかし、俺は気づくべきだった。気づいて、そして逃げるべきだった。

 礼をする姿勢を貫いている彼女の身体が、噴火寸前の火山みたいにぷるぷると震えていることに。


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