第九章
『この世界は、僕に優しくない』
苦しい。もう、生きるのに疲れた。生きるのが面倒だ。
おかしいな。僕には夢があったはずなのに。やりたいことがあったはずなのに。
たくさんあった、はずなのに。今ではどれも眺める気にもなれない。
会社に行く。会社にいる人たちの顔を見たくない。今朝はそうだった。
職場の人の顔はもっと見たくない。特に、僕の世話係を担当している六年目の先輩は。
あの先輩とは歯車も何も合わない。普段おちゃらけている癖に、怒るときは怒鳴るほどに怒る。
だから、僕も困っている。今日も少し理不尽だと思うようなことで怒鳴られた。二度ほど。
その時、僕の中で初めて彼に対して殺意、怒りを覚えた。
が、どうしてあの人は怒鳴ってから少しすると普通に話したりできるのだろう。僕は、叱られたことを引きずっているというのに。
職場に行くのが嫌だ。職場にいると、時折わけもなく叫び出したくなるときがある。発狂だろうか。それとも、声にならない悲痛の叫びなのか。
辞めたい。それが無理ならば死にたい。遺書を残した上で。
社員の自殺。会社にとって大幅なイメージダウンだろう。特に、職場で飛び降りか、首吊りでもされたら特に。
遺書には教育係の先輩のことを書いておこう。実名は挙げないが、遠回しに書いておけばいい。
集めたトイガンの分配方法も記載して自宅に置いておかないと。友人たちが必要ならば持っていってくれればよい。
ネットの友人たちにも何らかの形で死んだという旨を伝えておく必要がある。
もう職場の人たちの顔も見たくない。みんなが自分をおかしなヤツ、仕事の出来ない出来損ない、覚えの悪いダメな新人と嘲り、邪魔に思っているに違いないのだ。
会社にも行きたくない。もう嫌だ。
職場が、自分の夢や未来を奪ってしまった。今では三年後どころか来年の自分の姿すらイメージすることができない。
職場の誰も、自分の悩みや苦しみをわかってくれもしないし、聞きもしないだろう。聞いたところで騒ぎになるだけで何も変わらない。
もういっそ、職場で飛び降りてやるしかないか。
ボイラー室は二階にあるから、そこの裏手のバルコニーのようなところから砂利目がけて飛び降りればいい。
その時はたぶん、ヘルメットを被っているだろうが、落ちて激痛を覚えることができるのだろうか。
痛みを覚える前にこの世から去っているような気がする。どうしても、痛みを覚えてくれなければ困る。僕が飛び降りるのは本当に死にたいわけではなく、言葉にしても伝わらない悩みを直接的に訴えかけるためなのだ。
だから、生きていていなければ困る。
後で聞かれるだろう。なぜ、飛び降りたのか? 答えは「何もかもが嫌になったから。仕事が原因で」。
入社四ヶ月の今で、ここまで悩むような若者は少ないんだろうか。高卒の18歳でこんなに悩むものなのだろうか。
わからない。
職場から逃げ出したい。逃げ出して、何もかもから解放されたい。
ある人は、現実逃避的なこの動向を『モラトリアム人間』と呼んだ。別にそう読んでくれたって構わない。
でも、もう無理だ。
僕に、この仕事――保全等の技師は向いていないように思える。逆に向いている仕事は何かと聞かれても、そんなことを僕が知るはずもない。
やはり、死ぬしかないのか。仕事を辞めても、次の仕事を探さなければならない。また、同じようなことになり、仕事を変える……それの繰り返しでは生きていくことはできないこともよくわかっている。
だから、こそ。辞めてはいけないというのもわかる。
でも、辞めたい。
辞めて、やりたいことを追いかけたい。
人はそれをワナビというが、無職のワナビほど無様なものはない、と誰かが言っていた。
なら。やりたいこと、夢。作家になること。それで食っていけるなどと考えてはいないが、そんなささやかな目標へ走っていくことすら仕事で、あの先輩のせいで、会社のせいで、できないというのなら。
やはり、僕には死んでこの絶望しか与えてくれない世界を去るしかないように思える。