第二章
「ホテル」
彼女が目覚めたきっかけは窓の外から聞こえたけたたましいクラクションだった。深夜を過ぎているにも限らず、街は眩しいまでに瞬いて、眠りにつかせてはくれないようだった。
シーツからゆっくりと身体を起こし、その場でグウッと伸びをした。全身が気だるく、ところどころ汗ばんでいた。衣服は身に付けておらず、幼いながらもシルクのように透き通った白い肌は街の灯かりでところどころ照らし出されては映えた
隣を見れば脂ぎった中年男が密林のごとく密集した胸毛を惜しげもなくさらし出してガーガーといびきをかいて眠っていた。おそらく、このまま放っておいても朝まで目覚めることはないだろう。
彼女はベッドから降りると部屋の一角に置かれたドレッサーに音も立てずにすばやく近づいた。その引き出しに手を掛け、中から小柄な手には程よいサイズのサヴェージ中型拳銃を取り出した。それは遊底前部が円筒形で独特のシルエットを持つと同時に、全体から鈍いガンブルーの輝きを放っていた。
その他に遊底前部と同じようにチューブ型をした黒い減音器も入っていた。それを手に取り、ネジの切られた銃身へキリキリと回して取り付けていく。減音器を取り付ける都合上、銃身は遊底よりも多少長かった。
サプレッサーがしっかりと固定されたことを確かめた彼女はオーバー・ザ・スリング・メソッドで思い切り遊底を後ろへ引っ張った。ストレート・ブローバックの遊底はリコイル・スプリングが効いているのか重みを感じたが、日々使い慣れた彼女にとってはルーチン・ワークにしか過ぎない。手を放すと遊底はコンマ一秒後に勢いよく閉鎖した。
その冷たい銃口を惰眠をむさぼっている男の脂ぎった顔へと向けた。幸せそうに頬を歪ませながら口元から涎を垂らして醜態をさらしていた。
彼女は減音器を付けても照準に問題がないように大型化された照星を照門越しに捉えた。どこか虚無的な眼差しを据えてじっと肉の塊のような男の顔を見つめている。
そして、彼女は空いた左手を銃杷に添えると静かに引き金を三度絞った。銃声は減音器で減らされ、消しきれなかった残りも降り出した雨の音にかき消された。