第十章
『偽曲・運命の夜は、訪れる』
人間は、肉体という外殻を脱ぎ捨てて初めて自由になれる――式索 玖崎(kuzaki shikinawa)
初めはどういうことだったか、よく理解ができなかった。
順を追って数えていけば――一つ。ここは彼、“式索玖崎”の自宅敷地内にある埃っぽいガレージの中だったことだ。が、今日彼の両親は本来ここに停められているべき車を駆って出かけている。現在の時刻はちょうど午後八時を回った頃であるが、どうせ帰ってくるにはあと四時間は必要だろう、と彼は見越していた。
二つ。眼前にいる少女の存在だ。古臭いポンチョをマントのように身に纏い、まるで女王に謁見するかのごとく前傾した姿勢を崩さない。頭には西部劇でお馴染みのハットを被り、その下に僅かに伺えたプラチナブロンドの髪が小刻みに揺れている。
三つ目。自分の行ったことだ。大したことはない。古い友人から自分あてに届けられた妙に重い包みを開封し、同封されていた便箋のとおりに重い荷物をガレージに持ち込んでコトを行っただけだ。
四つ目。そして――久崎の眼前で何かが起きた。一瞬、閃光のようなものが瞬いたかと思えばいつの間に現れたのか、まるでオールド・ウエストのガンマンのような装束をした少女が跪いてそこにいた。
ふと、彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、「問おう」
「汝が、私のマスターか――」
「……何だよお前」
少し落ち着いてから問いを投げた玖崎は何ともいえない苦々しい表情をしていた。すると、「申し遅れました」と立ち上がった。
「私は――」
そう彼女が言いかけた途端、久崎の背後でヒュンッ、と何かが風を切ったような音が耳をかすめた。思わず、背筋にツーッと汗が伝う。
生唾を飲み込み、覚悟を決めて久崎は振り返った。すると、ガレージの外の庭先で土煙を朦々と上げながら中世の騎士のように白銀の鎧に身を包んだ青年がこちらを冷めた目でジッと見つめていた。
「ほぉ、早くも相手を見つけられるとは実に幸運だ。それに――美しいお嬢さんが相手と来た」
そう言って、彼は笑う。「あまり女性を相手にするのは気が引けるが、まぁ仕方あるまい」
彼は背負っていた鞘から大剣を引き抜き、軽くそれを振るった。途端、プレッシャーのような風圧が久崎を襲った。ピリピリとした感覚に、久崎は何ともいえない居心地の悪さを感じた。
「マスターは下がっていてください」
促されるままに彼女の背中に隠れるようにして後ろへ下がった。ポンチョを羽織った彼女の身体は年相応の顔同様、どこか繊細さを感じさせた。
「さぁ、来い――」
すると、身構えた騎士目掛けて手首をスナップさせて何かを投げつけた。コントロールは完璧で鎧に覆われていない眉間へと飛んだ。
が、携えた大剣でそれを弾くとどこか残念そうに肩をすくめた。
「不意打ち、それも飛び道具とは関心できませんな。騎士たるもの、刃を交えて――」
「せっかくですが、あなたの騎士道には賛同しかねる。ただ……」
と、腰に提げていたガンベルトからその手に似つかわしくないような大柄なリボルバーを抜き出し、撃鉄を起こした。
「私にとっての正々堂々というのは――こういうことです」
引き金を引き切り、撃鉄が雷管を叩いた。そして、予定調和のごとく飛び出した鉛の弾丸が騎士の鎧へと走る。騎士は剣で防いだものの、今度は少し押されたようだった。
「……実に残念だ。だが、飛び道具というのはいつかはなくなるものだ。紐でも付けておかねばね」
男の軽口に彼女は再び撃鉄を起こすことで答えた。いいでしょう。なら、私は弾が尽きる前にあなたを倒します。
「できるかな、君に」
間合いが詰まれば、君に勝ち目はないよ――と、騎士はこちらへ向かって突進する。その動きは鎧を着ていることを抜きにしても充分に俊敏だった。
が、彼女は驚く様子もなく、その場にしゃがみ込むとブツブツと何かを唱え始めた。囁くような声のせいもあって、何を言っているのかまったくもって聞き取ることができない。
「隙だらけだな――どうした?」
騎士は微笑と剣を携えて彼女へ迫る。残り約7メートル。そこで彼女は迫り来る敵に向け、顔を上げた。
「松明のごとく、なんじの身より火花の飛び散るとき――」
右手を地面に沿わす。と、一瞬の閃光とともに古ぼけた棺桶が現れた。
「何を考えているのかわからないが、何をしようと同じことだ」
男はさらに足を動かし、駆ける。5メートル。
「なんじ知らずや、わが身を焦がしつつ自由の身となれるを――」
途端、彼女は棺桶の蓋を蹴飛ばした。中から取り出したのは銃身が五本備えられた黄金色のガトリング砲だった。
速度は充分に乗っていた。驚愕する男が止まることは用意ではない。残り4メートル。
「持てるものは失われるべきさだめにあるを――」
レシーバー後部にあるクランク・ハンドルを回すと、連動して銃身も回り始めた。円筒状のレシーバー上部には長方形の弾倉が突き出していて、自重落下式で五つの薬室へ次々と装填されていく。
「残るはただ灰と、嵐のごとく深淵に落ちゆく混迷のみなるを――」
騎士の動きが完全に停止する。残り3メートル。これではいい的になると焦ったのか、雄叫びを上げながら彼女へ襲いかかるべく、間合いを詰め、大きく剣を振りかぶった。
冷静さを失っていたのが、彼の大きな敗因となった。
「永遠の勝利の暁に、灰の底深く――」
撃発された薬室から45口径弾が一発飛び出せば、すべて終わったも同然だった。次の薬室が定位置に来れば即座に次弾が放たれ、獲物に容赦なく襲いかかるからだ。
男の最後は無残なものだった。次々に撃ち込まれる45-70実包は身体のありとあらゆる部分を削った。鎧は貫通して穴だらけになり、顔はグシャグシャに潰れ、剣を握った右腕は引き千切れどこかへ転がった。
「――燦然たるダイヤモンドの残らんことを」
ガトリングの残弾が尽き、すべての銃身から硝煙が上がり始めた。騎士だった死体はその場へ崩れ落ち、蒼い炎に焼かれてその姿は消え失せた。
ため息をついた彼女がガトリングから手を放すと、同じようにそれも姿を消した。
玖崎は呆気に取られ、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「何なんだよ、お前……」
彼女はハットを取ると、胸の辺りに掴んだ手を置いた。それから一礼して顔を上げ、玖崎と再び対峙する。透き通ったブルーの凛とした瞳が彼を見つめていた。
「申し遅れました。私は――ホリィ・レオーネ。今宵の召喚に応じて現界し、ここに馳せ参じております」
※あくまでもこれは習作です。とある作品の真似事などと言わないでください。『元々大きな声でオリジナルと言えないものです』。