第一章
「或る射場、或る標的」
ボタンを押すと同時にマン・シルエットタイプの標的紙が一直線にまっすぐ遠ざかっていく。その距離は約25ヤードで、ピストルのアキュラシー・テストにはもっともよく使われる距離だった。地下に設けられた非合法のシューティング・レンジは四方八方がコンクリートに覆われ、ひやりとした空気が頬を撫でた。
左手に提げたガンケースを射台に置き、一挺の拳銃を取り出した。それは回転式拳銃で、銃身目一杯まで伸ばされたアンダーラグとベンチレーテッド・リヴを備えていた。天井から吊るされた白熱電球の光でガンブルーに仕上げられた銃身がキラリと反射する。8インチもの銃身の長さに相まってその蒼い輝きはなお美しさを増した。
シリンダー・ラッチを引き、輪胴弾倉をせり出させる。空のそれへ六発のブレットの尖った357マグナム実包――ホーナディ・140グラムFTX――を放り込んだ。軟質樹脂の尖頭弾を持つそれは“レバー・レヴォリューション”の名どおり本来はレバーアクション・ライフルで用いるために開発されたもので、レバーアクション・ライフルで用いれば有効射程が向上する。が、拳銃で用いた場合でも銃口初速が向上するなどのメリットもあった。また、集弾性も上々だった。
薬室が“熱く”なった拳銃を両手で構える。ターゲット・ペーパーは動くことなくその場でピタリと動きを止めていた。
撃鉄を起こし、銃身上に取り付けられた倍率二倍のピストル・スコープを覗き込む。357マグナムは特性上、狙点より上に着弾することが多いため、少し下目に狙いを定めるスコープのレティクルの真ん中にマン・シルエットの頭部を重ねると同時に撃鉄は落ちた。引き金は軽かった。
357の轟音とともに銃身が跳ね上がる。が、4インチの二倍の長さを持つロングバレルとリューポルド・スコープ。そして、黄金色に輝くコルト・メダリオンの入れられたラバーグリップ――パックマイヤー・CI―L――がリコイルを融和し、さらにグリップ裏には真鍮製のバランサーが装着されるなど数々の対策が功を為したのか、制御できないほどの激しさではなかった。
反動で跳ね上がった銃身が水平に戻る際、慣性を利用してハンマーを起こす。こうすれば次弾からも引き金が軽くなり正確な射撃が可能になる。
着弾した位置が少し左にズレていたため、修正して再び撃つ。が、今度は右に行き過ぎたらしく、ヴィンテージ・ノブをR方向へと回した。それら照準器の調整と射撃を六発撃ちきるまで続け、標的紙を取り替えた。同時に薬室にも新しいホーナディの357マグナム実包を装填した。そして、初めの六発と同じく、すべてシングル・アクションで狙い撃った。
全弾を撃ち切った後、戻ってきた標的紙を確かめた。すると、思わずニヤリとした笑みを浮かべた。狙いどおり、六発の38口径弾はマン・シルエットの一点に集まって命中していた。“ヘッド・ショット”。人類の弱点の一つでもある頭部を尖頭弾は的確に射抜いていた。
穴の開いたターゲット・ペーパーを取り外すと、スコープの付いたパイソン・ハンターをガンケースにしまった。硝煙のせいか、どことなく初めより部屋の中が暖かく感じた。
荷物をまとめて射手は部屋を後にした。その手に握られていたパイソン・ハンターはかつて長官狙撃事件にて四度火を吹いたものの、未だ発見されていない凶銃だった。