移動手段
ちょっと遅れましたね(汗)
短いですが、楽しんで頂けたら幸いです。
「御者がいない……だと……」
俺は、動かない馬車の中で呟いた。現在、馬車に搭乗しているのは俺とシスの2人だ。
「……」
シスは、やはり無表情に無言を貫いている。なんだか、身動ぎもしない姿を見ると、人形かと思ってしまう。時折目瞬きしているから、恐らく人間だろう。
「シスさんは、御者って出来ます?」
返答がこないのを承知で尋ねる。
「……」
やはり返答はなし。
どうしよう。馬車が動かないからって、歩くのも面倒だ。
俺が黙考していると、
「……ねぇ」
シスから声を掛けられた。しかし不意討ち気味だったので、怯んで返答が遅れる。
「……どうかしました?」
「……あなたは、本当に勇者?」
……どういう意味だろう。質問の意図を図りかねる。
「……あなたからは、魔王と相対する意志が感じられない」
そういう事か。つまり俺が国に従順な勇者を装っていることに気付いた、と。
シスも、フラットとカーディが死んだ事には気付いただろう。そして、フラットとカーディを殺したツインテールタイガーを一瞬で仕留め、首を刈り取って、カーディが持っているはずの金が入った袋を持ってほくほくしてればイヤでも気付く。
「ああ、俺は魔王を倒すつもりなんて毛頭ないよ」
言葉遣いも、野暮ったい敬語は止めた。
「なあ、俺の今の言葉を聞いて、お前はどう行動する? 王様に密告するか? それとも、勇者が魔王にやられた事にして城に戻るか? 前者なら俺はお前を生かしておけないがな」
「……私は、あの国に戻るつもりはない」
シスはきっぱりと言った。
俺の脅しに屈したワケではないだろう。なにかあの国によくない思い出があるのか。
「なあ」
俺はシスに声を掛けた。訊きたいことがあったのだ。
「先代の勇者は、どうした」
「……魔王になった」
はーん。成る程。
「民衆には?」
「……勇者と魔王が相討ち、と伝えられた」
そうだろうな。
民衆の耳に心地よいように、そんな話になったんだろう。
勇者が魔王になっただなんて民衆に伝わったら、民衆の勇者召喚に対する目は、今のものより冷たくなるだろう。最悪、勇者召喚をという制度も無くなるかもしれない。そうすると、魔王に対抗出来る者がいなくなり国が滅びる、と。
「まあ、いい。取り敢えず目下の問題は移動手段だ。馬車を動かせないからには、徒歩しかない訳だが」
夜営テントなどを背負って歩くのは、かなり辛いだろう。さらに、虎の頭が3つもあるのだ。くそ、フラット何故死んだし。
「……」
シスが急に立ち上がった。そして、シスの近くにあった、袋に包んであるテントを掴むとおもむろに何もない空間に『放り込んだ』。
……ファンタジーぱねぇ。
消えたのだ、テントが。何もない空間に。
「……」
シスは無言で虎の頭の入ったリュックサックを指差した。リュックサックを渡すと、それもシスの手によって虚空に消えた。
……もう一度言う。ファンタジーぱねぇ。
ともあれ、これで選択肢に徒歩が増えた。まあこれしかないんだが。
取り敢えずの目標は、街に着くこと。そう考え、俺とシスは馬車を降りて砂利がむき出しの街道を踏みしめるのだった。
感想など頂けると作者のモチベーションが上がり、あなたに(恐らく)幸運が訪れます。