ヒュドラ
全長は、あまりにも長過ぎて把握出来ない。だが、100m以上は確実にある。
「でっけぇ……」
思わず呟く。
ヒュドラは、こちらに視線を向けて挑戦的に舌をチロチロしている。やんのかこら。
こんなのと俺は戦うのか。闇魔法が使えない状態で。
恐らく、まだ出発してから日は変わっていない。
今日と明日を丸々使ってヒュドラを倒し、明後日に竜に乗って帰れば間に合うか。
このAランクパーティーは何故俺を追い掛ける様にここへ来たのか、とか色々訊きたい事はあるものの、それを尋ねるのは取り敢えず、この目の前の大蛇を倒してからだ。
「ああそうだ雅人君。君にこれをあげるよ」
そう言ってアンリから渡されたのは、紫色の、毒々しいフォルムのリングだった。
「これは?」
「いいから取り敢えず着けてみなよ」
何があるかわからない。この女は信用出来ないので、得体の知れないリングをローブのポケットに突っ込んだ。
「……まあ、それでもいいんだけどさ」
どことなく不機嫌そうにアンリは言った。
周りの筋肉ダルマが、俺の事を睨んでいる。
俺ぁSランクだぞ。やんのかこら。
──油断していた。
頭上の、ゴポォという粘着質な音を聞いた時には遅かった。
上を見上げると、紫色の粘液の塊が今まさに俺に降り掛かろうとしていた。
避けられない。
魔法を放つ余裕も無い。
ミスった。
筋肉ダルマの所為だ。
奴らに注意を向けてなければ避けれたのに。
──べちゃ。
いかにも毒です、といった粘液が俺に降り注ぐ。つーんとした刺激臭が鼻をついた。
だが、それだけだ。
身体はべちゃべちゃで、何らかのバッドステータスの1つでも起こしそうな液体だったが、俺の身体には特に異常は無い様だった。
「なんだこれ……」
わからない。
即効性の無い毒なのかもしれない。
上を見上げると、ヒュドラは目を血走らせ俺を睨んでいる。やだ怖い。
ヒュドラは、口をカパッと開き、再び先程の粘液塊を振らそうとする。そうなる前に、頭上に向けて最大出力の雷撃を放った。
閃光が一筋走り、口を開けたままの大蛇を貫く。
遅れて轟音が鳴り響き、黒焦げの大蛇がどうっと倒れた。
「流石だね。雅人君。伊達にSランクはやっていないみたいだ」
「そりゃそうですよ」
「それはそうと、君はヒュドラの生態を知っているかい?」
知らんがな。そういえば、ナントカ神話にそんなような奴が出てきたような……
「ヒュドラはね、実は何体いようと、全て1体の生物なんだ」
あれま。それって……
「それでね、斬り飛ばすと2倍に増えて」
頭の中のピースがまとまる。
「倒すには、斬撃だと不利、というか不可能なんだ。その点、君は運がいい。雷魔法なんて物を修得しているのだから」
斬撃だと、ね。思い出した。ヘラクレスのお話だ。
ヒュドラの本体には首がいくつもあって、1つ倒した所で本体はどうってことない。倒すには、いくつもある首の内、不死といわれている首を殺さなければいけない。
ヘラクレスは不死の首を岩の下敷きにして、見事ヒュドラーをお空の星にしたらしい。
「あぁあと、ヒュドラは、人の腸が好物らしいね」
ちらと、自分のパーティーの奴らを見やるアンリ。あぁそう。そいつは──
「あ、ごめん雅人君。ちょっと待って。ここらで、ボクの本当の自己紹介をしようと思う」
放とうとした雷魔法をキャンセルし、アンリを見る。自己紹介? 趣味とか? 激しくどうでもいいんだが。
声を出そうとしたその瞬間。
薄暗い沼地に一条の閃光が走った。
余りの光量に思わず瞑ってしまった目を開けると、Aランクパーティーの、アンリを除いたメンバーが例外なく首チョンパされている光景が目に飛び込んで来た。
光。
光の、魔法。
ああそうか、こいつは────
アンリは俺に向き直り、にっこりと笑って言う。
「──現魔王、大内 杏里だよ。よろしく、現勇者、山田 雅人君?」
作者の好みで、魔王はボクっ娘へと姿を変えました。
第14話『初依頼』アンリ・オーフェンの口調を修正しました。