ヘリムーア奴隷商会
依頼をこなさずに街に帰った。
取り敢えず行き先は決めたが、移動手段が無い。
馬車に乗って行くのはいいんだが、いかんせんそのつてが無い。……いやあるな。だが、出来ればあそこは避けたい。結局、他の用もあるから行くしか無いんだが。
ソレの場所を通行人に尋ね、幾度か迷った挙げ句、やっとこさ着いたのは、
『ヘリムーア奴隷商会』
……やたらと金やら銀やらをちりばめられた、悪趣味な看板を見ただけで、既に中に入る気は萎えかけていた。だが、ここに入らねば目的地である魔王の国へは行けないだろう。
俺は、重い足を引き摺ってヘリムーア奴隷商会の建物へ入った。
「ようこそ、ヘリムーア奴隷商会へ」
そう声を掛けられたのは、俺が中に入って赤いカーペットを踏みしめるのと同時だった。
前を見ると、50歳くらいの痩身の男性が、俺へ向かって慇懃に頭を下げていた。
「本日はどういった御用向きで?」
「ある商人に会わせてほしい。数日前にここへ奴隷を連れてきた男だ。そいつには報奨金を受け取りに来た、といえば分かるだろう」
かしこまりました、と言って男性は建物の奥の通路へ消えた。
俺は、適当に来賓用にしつらえてあったソファーに腰を降ろした。
3分程待つと、奥の通路からさっきの男性とあの商人が姿を現す。
「よぅ、数日ぶりだな」
やってきた商人に声を掛ける。
「やっぱりあんたか。来るのが遅いから、貰った報奨金なんて使っちまったよ」
ソファーに座りながら商人は言った。想定はしていたから、驚きはしないが僅かに苛立つ。
「ああ、構わんさ。別に現金で寄越せとは言っていない。ただ、ここの商品と、それと『あるもの』をくれればいい」
商人はこれで合点がいったようで、だが少し思案顔で言った。
「すまんがなぁ……、俺はただの卸業者だから勝手にここの商品を受け渡す訳にはいかないんだよ。まだ卸していない商品なら別だが。……それと、『あるもの』って、何の事だ」
「それについては、追々話す。というか、まだ卸してない商品があるのか」
「ああ。少しここの主と値段交渉がこじれていてな。1つだけだが、お前に渡そう」
「1つだけか? 他のはみんな卸してしまったのか。まあいい、そいつは、馬車の御者を出来るか」
「元はお偉いさんのとこの侍女だったみたいだし、出来るんじゃないか?」
なんと、女か。
「そいつを持って来てくれ」
ああ、待っててくれ、と言い、商人は奥の通路に再び消えた。後には、さっきから一言も喋っていない50歳男性(仮)と俺が残された。
「お客様」
突然、50歳男性(仮)から声を掛けられた。
「何だ」
「せっかく当館にいらしたのですし、あの商人が戻って来るまでに当館の商品を見てみてはどうでしょう」
あー、そういう事か。商売熱心なことで。まあ、気乗りはしないが冷やかしだと思われるのもアレだし、見るだけ見ようか。幸い、幾らか貯えはある。
俺が肯定の意を示すと、50歳男性(仮)が先導して歩き始めた。俺も、それに追随する。
そして、幾つかある通路の中で一番暗い雰囲気のする通路に俺は足を踏み入れた。
────────────
薄暗い通路を抜けた先は、元居た世界でいう『牢獄』の様な場所だった。
長い一本の通路の両側に、鉄の柵で区切られた部屋が幾つもある。1つの部屋には大体2、3人が虚ろな表情で体育座りをしていた。結構、(こういっては何だが)見てくれの悪い奴が多い。
男も、この辺の商品には期待していないのか、ずんずん前へ進んで行く。どうやら、ここら辺の奴は『売れ残り』らしい。進んで行くにつれて、段々見てくれの良いのがちらほら見受けられる様になってきた。男の歩調もゆっくりとした物になった。
「どうですか? ここら辺は、中々良いのが混じっているでしょう?」
男の言葉に、相づちを打つ。すると、急に男は立ち止まり、
「ここからは、高ランクの冒険者のみ立ち入る事が出来る区域です。ですが、お客様には特別にお見せしましょう。どうぞ」
何故だ。……ああ、ハゲドモや龍を倒した事をこいつは知ってるのか。あの商人が喋っていてもおかしくない。
別にここで断っても良かったんだが、何か、ここには入らなければいけない気がした。
頷き、先へ進む。進むにつれて、今まで石の壁に遮られて見えなかった奥の部屋の内部が明らかになってきた。
そこから先の区域は、今までの奴隷とは、容姿がまるで違った。麻の粗末な服では無く、絹。絹のドレスを着ている奴隷がほとんどだった。
そして、通路の行き止まりが近くなる。見ていない部屋は、あと2つ。右の部屋と、左の部屋。左の部屋は空だという。
「本日のメイン、数日前に入荷した銀髪の美少女です。こちらは、元はある王国に仕える魔法使いだったのですが───」
続きは、耳に入って来なかった。
銀髪の、元、王国の魔法使い。
俺はそれに強く思い当たる節があった。
いや、まさか、そんな。
可能性を、頭の中で否定する。だが、思わずにはいられない。
───シス・ライオネ。勇者パーティーの、俺を除いた唯一の生き残り。
意を決して、歩を進める。可能性を完全に否定すべく。
だが、俺の決意とは裏腹に、現実は肯定を突き付ける。
「シス……何で、ここに……」
部屋の中央で絹のドレスを着こなし、相変わらずの無表情で、眩しい銀髪を蓄えているのは、俺の唯一惚れた少女、シス・ライオネ本人だった。
ヒロインを奴隷にしちゃった☆ てへぺろ☆
すみません。
後悔はしていません。