カラテ・リーマン KARATE SARARI-MAN
暑苦しい話を書きたくなって、こうなりました。たまには、こういうことも書きたくなります。よろしくお願いします。
時は平成。
世は情け。
夏場の白昼。
全日本空手大会。
白くギラつく太陽が一番高い位置で日本を見下ろしている時間帯、会場は熱気に包まれていた。それは、フルコンタクトで有名な、この大会主催側の日昇館大和流空手からの期待の超新星、天川銀河之介が決勝戦まで全て一本勝ちで進んできたからである。銀河之介は二五歳になるサラリーマン。ハンサムな容姿と相まって、等身の高い小顔にスラリとした百八〇強の長身。そして、予選から準決勝に致まで、先ほども記したように、必殺の爪先から繰り出される前蹴りで全て一本勝ちを取ってきたのだった。
興奮気味なアナウンサーの声が場内に響いていくなかで、四角い闘技場へと銀河之介は足を踏み入れてゆき、中央の赤い線に立った。己の名を読み上げられるのをBGMに、男は感慨に浸っていた。日頃から、仕事と同じように入れ込んでいて良かったなと。日々積み重ねてきた努力が実ろうかとする、この感覚。やがて、銀河之介のプロフィールを紹介し終えたアナウンサーが次の対戦相手へと行こうかとしたその時。
空気が変わって。
皆の動きまで止まった。
銀河之介も止まる。
目の前に立つ相手に。
『え、えー。次なる対戦相手は―――』
こう気を持ち直して進めようとしたアナウンサーを、銀河之介の対戦相手が遮った。
「儂が、鬼瓦空手塾塾長、鬼瓦牙爪油脂兵衛咬次であーる!!」
何やらやたらと長い名前をフルサイズで名乗り上げた灰色の空手着姿のこの者は、何だか太くてゴツゴツとした鉄の塊の如き男であった。鉄は鉄でも、まるで岩のような重みと硬さを兼ね備えており、しかも本当に凸凹した岩石。かといって、ヘビー級の筋肉メンに非ず、身の丈は銀河之介よりも十センチも低かった。しかし、しっかりと身についたムキムキなマッチョ。だが、鬼瓦牙爪油脂兵衛咬次から放たれてゆくただならぬ空気が、銀河之介を含めた会場の皆までこの太さを感じていた。将棋の駒のような輪郭に、たくわえた立派な口髭と、サラサラ艶やか直毛はセミロング。キリッと引き締めた表情はハンサムなのに、何故だか気持ち悪い印象あり。
きっと、髪型のせいかもしれない。
しかし、この鬼瓦牙爪油脂兵衛咬次も初参加の他流ながらにして、なんと、全て一本勝ち。真面目で綺麗な空手を見せつけて、意表を突いた注目株でもあった。“ちゃんと空手をやれば”実に強い相手なのである。
が。鬼瓦牙…………略して油脂兵衛は突然、挨拶を前に銀河之介を見上げると、口の端を釣り上げた。
「銀河之介とか云ったな! お前の闘いを今まで見ていたぞ!」
「え、あ、ありがとうございます……」
「礼はまだ早い。―――で、お前の闘いを全て見て儂なりに分析した結果、普通の戦い方では勝てぬと解ったのだ!」
「え?」
銀河之介が拍子抜けした矢先、主審の掛け声とともに男二人は互いに三方へと礼をしたのちに、ハンサムな空手リーマンは半身に構えて猫足になる。油脂兵衛も同じく猫足になるが、こちらは更に身を沈めて低くなった。そうして、主審からの始め!との声をきっかけにして、二人は踏み込んだ。
銀河之介が拳を真っ直ぐと繰り出さんかとした刹那、思わず踏みとどまってしまった。それは、油脂兵衛がなにやらステップをしながら上体を左右に勢いよく振っていたからである。
「ぬははは! どうじゃ、銀河之介! これでは的が絞れないだろ!? いかに顔面ありのフルコンタクト空手と云えども、正拳突きは使えまい!―――これぞ、鬼瓦空手。秘技、鬼の爪光速メトロノーム!!」
そう、眼と歯をギワリと剥いて語った。
「見よ! この目にも止まらぬ速さを!! いくら大和流空手の超新星のお前とて、この儂を捕らえられまいて!!―――わははは! 右、左、右、左、右、左、右、左、み―――――っっ!!!!」
瞬間、銀河之介必殺の爪先が一本槍のごとく油脂兵衛の下腹部を容赦なく貫いた。その精度は、寸分の狂いもなく標的箇所を射抜いたのだ。躰を海老のように折りたたんだまま、吹き飛んで場外へと落下。
『で、出ましたーーっ! 天川選手必殺の前蹴り! これは凄い威力、対戦相手を吹き飛ばしてしまったあぁぁっ!』
だが。
場外から大砲の弾丸のように灰色の塊が飛び出して、あっという間にマットへと舞い戻った。
「銀河之介ぇ! これがお前の前蹴りだな。笑止ッッ! 鉄のごとく鍛え上げられたこの儂の躰には、無意味! 効かぬわあっ!」
と、云いつつも、油脂兵衛はその将棋顔全体に脂汗を噴き出させ、それに若干青ざめていたり。
仕切り直して、試合続行。
油脂兵衛、今度はまた違ったステップを踏み始めていた。両脇に素早く跳んで、これを繰り返している。要するに、反復横跳びである。
「ふははは! 銀河之介、今度こそこの儂が捕らえられまい!―――これぞ、鬼瓦空手秘技、鬼三重奏分身の術!!」
全身の皮膚から熱を放ち、汗を撒き散らして輝かせていく。
「どうじゃ、儂が三人に見えるだろ!? どれが本物の儂かと、迷い戸惑うがよいわあっ!! ぬははは、まさに地獄の幻影!!――――ババロアっ!」
勝ちは貰った!と、ばかりに歯を剥き出して言葉を投げつける。そして、油脂兵衛が左に跳んだ刹那、銀河之介の打ち出してきた足を頬に喰らい、そのまま側転してまたもや場外へと落下した。当の銀河之介はというと、相手が左に流れたのを見計らって己もその方に跳んだ瞬間に宙で身を捻り、まるで水銀の鞭のような蹴りを油脂兵衛の横っ面に叩き込んだ。相変わらずグッドな精度である。
再び闘技場に戻った油脂兵衛は、銀河之介と対峙して仕切り直し。そうとう痛かったのか、顔を強ばらせていた。だが、腕を組んで胸を張り、銀河之介へと声を投げてゆく。
「なかなか素晴らしい技だったな。お前の持ち技が前蹴りだけではなかったから、儂は安心したぞ! ただ、残念だが、この程度の蹴りではこの鬼瓦牙爪油脂兵衛咬次は倒せぬという事じゃ!!」
重い音を立てて拳が風を切り。
足を槍に変えて突いてゆく。
一撃一撃が重い油脂兵衛の技を、銀河之介は流して捌き避けて、時には胸板と腹に喰らいつつも凌いでいった。ガードを突き破ってきた拳には、一瞬のみだが胸骨を砕かれたかの思った銀河之介。そう、油脂兵衛は“まともに空手をすれば”相当な実力者なのである。今先ほどまでの阿呆のような展開が、まるで嘘だったかのごとく、随分と決勝戦らしい空手の攻防戦が繰り広げられているではないか。
こうしている内にも、試合時間は残すところ三〇秒に迫っていた。顔を庇ったときに、油脂兵衛の太く重い拳を受けて、銀河之介がほんの少し苦痛を浮かせたその時。油脂兵衛は「貰った!」とばかりに口の端を歪ませて、跳躍した。
「隙ありゃっ、銀河之介!!」
このまま飛び蹴りかと思いきや、宙で躰を丸めたではないか。これでは、本当に鉄の塊みたいである。数回転を決めた直後、足刀を銀河之介の頭上から突き出した。
「喰らえぃ! 鬼瓦空手秘技、惑星衝突破壊脚ッッ!!」
と、その瞬間に、油脂兵衛の将棋顔ド真ん中へと銀河之介の踵がめり込んだ。メチッと己の鼻の折れたのを耳に入れながら、油脂兵衛は天を仰いで闘技場にその背中を打ちつけてしまった。これは、相手の放ってきた飛び蹴りをすり抜けて、銀河之介が繰り出した跳び後ろ廻し蹴り。これで、決定的となった。
主審が油脂兵衛の顔面を手のひらでチラチラとしても、反応無し。鉄の塊の小男の意識は、すでに遙か彼方に。主審は頷きののちに、立っている男の手首を力強く掴むと、その拳を天高く突き上げたのだ。
一本。
天川銀河之介選手、本大会優勝!
跳び後ろ廻し蹴りの一本勝ち。
完結
最後まで、このような書き物にお付き合いしていただいて、ありがとうございました。
キャラクターの造形としては、いまいち新鮮味が皆無ですが、寒い冬場にこそこのような話が浮かんできたものと思われますので、熱いうちに冷めないうちに書いて形を残しました。
お読みしていただき、ありがとうございます。また、よろしくお願いします。




