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追放された元王子を拾ったら、人生ごと抱きつかれました  作者: くるり


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5.狂犬の遠吠え

倒れたあの日を境に、アルフレートの「忠誠心」は、どす黒い「独占欲」へと変質していた。  

彼にとって、リサの家の敷居から一歩外は、自分から彼女を奪おうとする敵で満ちた戦場も同然だった。


「リサ、今日は町へ行く。俺も行く。……いや、必ず行くんだ」


「ただの買い出しよ。あんたはまだ病み上がりなんだから、大人しく薪でも割ってなさい」


「断る。一人で行かせて、またあの野蛮な男たちに声をかけられたらどうするんだ。……俺がいないと、君は危ない」


アルフレートは、かつての王族らしい洗練された身のこなしで、リサの前に立ちはだかった。  


労働で引き締まった体には、もはや追放直後の脆弱さはない。


瞳には獲物を守る猛獣のような、鋭利で暗い光が宿っている。


リサは溜息をついたが、結局、彼の執念に負けて同行を許した。


町に着くなり、アルフレートの神経は尖りきっていた。  


彼はリサの斜め後ろ、半歩下がった位置を正確にキープし、周囲の動向を「検閲」し始める。  


八百屋の親父がリサに「おまけだよ」と林檎を渡せば、その親切心に感謝するどころか、背後から親父の指先を射殺さんばかりの視線で凝視する。


その威圧感に、親父は思わず林檎を落としそうになった。


極めつけは、隣家の青年が「リサ、手伝おうか?」と爽やかに声をかけてきた時だった。  


青年がリサの荷物に手を伸ばそうとした瞬間、アルフレートはその言葉が終わる前にリサの肩を引き寄せ、己の逞しい腕の中に囲い込んだ。


「……リサに、気安く触れるな。その手を引っ込めろ」


低く、地を這うような威嚇の声。  


かつて数千の騎士を従え、王族として見下ろしていた男の放つプレッシャーは、一般市民である青年にはあまりに過剰だった。青年は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「ちょ、アルフレート! 彼は親切で言ってくれたのよ。失礼でしょ!」


「親切だと? 違うな、あいつの目は君を、君の……その無防備なうなじを見ていた。……汚らわしい。そんな視線、俺が全部焼き切ってやりたいくらいだ」


アルフレートはリサの耳元で、他人に聞こえないほどの小さな、けれど狂気を帯びた声で囁く。


その唇が耳朶を掠めるたび、リサは彼の呼吸が激しく波打っているのを感じた。


「いいか、リサ。君を助けていいのは俺だけだ。君を笑わせていいのも、君に必要とされるのも、俺だけでいい。……他の男を、そんな風に真っ直ぐ見るな。他の男の言葉に頷くな。俺が、おかしくなりそうだ。いや、もう手遅れかもしれないが……」


「もう十分おかしいわよ、あんた」


リサが呆れて腕を振り払おうとしても、彼はびくともしない。


それどころか、わざとらしく日焼けして傷跡の残る自分の掌——「君のために働いた証」をリサの視界に入れ、情に訴えかけるような仕草を見せた。


「……痛むんだ、リサ。君が俺以外の男を視界に入れるたび、胸の奥が焼けるように痛む。俺を見捨てないと言っただろう? なあ、頼むから、俺の頭だけを撫でてくれ。俺の価値だけを数えてくれよ……」


町中の衆人環視の中、絶世の美貌を持った大男が、年下の少女の袖を掴んで涙ぐむ。


その光景は異様そのものだった。


周囲からは「なんだあの美形は」「ひどい痴話喧嘩か?」と好奇と困惑の目が向けられるが、アルフレートにはそんなことはどうでもよかった。    


「顔だけ見りゃ吟遊詩人に出てきそうなのに、中身が完全に狂犬だぞ……」

「どこであんな男前を拾ってきたんだ……? 」


ひそひそと交わされる囁きは、好奇と困惑と、わずかな同情が入り混じったものだった。

だがアルフレートは、それらすべてを「無関係な雑音」として切り捨てる。


彼にとっての世界は、リサという中心点を除いてすべてがモノクロの背景に過ぎない。

リサが笑えば世界に色がつき、リサが目を逸らせば世界は崩壊する。    



家に帰り着くなり、彼はリサを玄関の壁に追い詰め、その細い手首を逃さぬよう両手で包み込んで懇願した。


「リサ、鍵をかけてくれ。……二人きりでいいんだ。外の世界なんて、もういらない。俺は君の犬で、君の奴隷で、君のものなんだろう? なあ、そうだと言ってくれよ。もし君が俺に飽きたというなら、その時は俺をここに埋めてくれ。君の家の肥料になれるなら、それこそが俺の唯一の本望だ……!」


もはや「更生」とは呼べない、完全なる「依存」への転落。


かつての傲慢な王子は死に、リサの愛という猛毒に侵された狂信者がそこにいた。  

リサは彼の熱すぎる視線を真っ向から受け止め、やれやれと首を振った。


「あんたね……。そんなに必死にならなくても、私は逃げないわよ。……今のところは、ね」


その「今のところは」という、いつ切れるとも知れない不確かな言葉。  


普通の人間なら不安になるその一言さえ、今のアルフレートには「今この瞬間は俺だけのものだ」という極上の蜜のように響いた。    





リサがこのボロ家に一人で住んでいるのには、至極現実的で、救いのない理由があった。


三年前まで、ここにはまだ「家族」の形をしたものが存在していた。  

だが、投資に失敗し多額の借金を作った父は「必ず立て直す」という書き置き一枚を残して蒸発。


病弱だった母は、心労からそのまま息を引き取った。  


残されたのは、男爵という名ばかりの空っぽの肩書きと、他人の家の食卓に数えきれないほど並ぶはずだったジャガイモ数年分の負債だけだ。


「……結局、人なんてそんなものよね」


親戚たちは「助けてあげる」と言いながら、家の金目のものをすべて持ち去り、リサを遠くの資産家へ後妻(という名の家政婦)として売り飛ばそうとした。  


その時、リサは泣き喚く代わりに、納屋にあった古い斧を手に取った。  

そして、自分の靴先を掠めるほどの勢いで床を叩き切り、笑顔で親戚たちを追い出したのだ。


「期待するから裏切られる。頼るから見捨てられる。……だったら、最初から自分一人で回せばいいのよ」


それ以来、彼女は「感情」を生活の優先順位から排除した。  

愛だの情だのは、腹を満たさない。  

一人で畑を耕し、一人で薪を割り、一人で負債を返していく。  


リサがアルフレートに示した「無機質な慈悲」は、彼女が自分自身をこの過酷な世界で生かすために、喉から血が出る思いで手に入れた「生き残るための作法」だったのである。


だからこそ、彼女はアルフレートが「俺は王子だ」と威張ろうが、「俺を愛してくれ」と泣こうが、一律に「労働」と「対価」というモノサシでしか測らない。  


彼女にとって、自分以外の人間はすべて「不確定なリスク」でしかないからだ。


アルフレートは、そんなリサの「心の絶壁」を、本能的に察していた。  


彼女が誰も信じていないからこそ、彼は自分だけを「例外」という名の鎖で彼女の心に縛り付けたいと、狂おしいほどに願ってしまうのだ。





リサは過去を振り返りふと思った。


私はアルフレートに堕ちてほしいとも思わないし、依存してほしいわけじゃない。


今はこの気持ちに名前は付けられないけど、きっと私は彼には真っ当に『更生』してほしい。


壁に押し付けられたリサは、至近距離で見つめてくるアルフレートの瞳を見た。  

かつての傲慢な光は消え、そこにあるのは、自分という輪郭を保つためにリサを貪り食おうとするような、必死で、あまりに危うい依存の炎だ。


(……参ったわね。これじゃあ更生どころか、別の地獄に落ちてるじゃない)


リサは内心で溜息をついた。

彼の独占欲は、今の生活を守るためには都合がいい。


けれど、これでは彼は「リサの顔色を伺うだけの操り人形」に逆戻りだ。

一人の人間として、彼が自分の足で立たなければ、いつかこの関係は共倒れになる。


リサは、掴まれていた自分の手首を、あえて力強く握り返した。


「アルフレート。あんたの今の顔、ちっとも王子様に見えないわよ」


「……当たり前だ。俺はもう、王子じゃない……」


「そうね。でも、ただの『私の犬』で終わるつもり? 私が本当に欲しいのは、命令しなきゃ動けない家畜じゃないわ」


アルフレートがびくりと肩を揺らす。


絶望に染まりかけた彼の頬を、リサは熱を持った掌で包み込んだ。


「いい? あんたには、ちゃんと一人の男として自立してほしいの。私の機嫌を伺うためじゃなく、自分の意志で、胸を張って私の隣にいてほしい。……あんたが『空っぽ』なのが嫌なら、自分で自分を積み上げなさい」


「自立……? そんなことをして、俺が一人でも生きていけるようになったら……君は、俺を捨てるんだろう? 俺を必要としなくなるんだろう!?」


悲鳴のような問い。それに対し、リサは不敵に、けれど少しだけ照れたように口角を上げた。


「馬鹿ね。私が、一度手に入れた価値あるものを、簡単に手放すと思う? ……それに、ずっと黙ってたけど」


リサは彼の顔をさらに引き寄せ、耳元で吐息を漏らすように囁いた。


「あんたの顔、性格はともかく、見た目だけは私のドタイプなのよ。……そんな『最高の観賞用』を、私がタダで他人に渡すわけないでしょ」



「え……?」


予想外の言葉に、アルフレートが硬直する。  


リサは構わず、彼の胸元をぐい、と掴んだ。


「あんたが立派な男になればなるほど、私の手放したくない『唯一無二の宝物』になるだけでしょ。自立したからって、追い出すわけないじゃない。……私は、あんたを捨てないわ。あんたがどんなに立派になっても、ここが帰る場所だって、私が決めたんだから」


アルフレートの瞳に、衝撃と、それから爆発的な歓喜が広がった。  


捨てられないための「依存」ではなく、離れないための「自立」。  


そして何より、リサ自身が自分を「男」として求めているという確信。


「……信じて、いいのか。俺が、君に相応しい男になっても……ここに、いてもいいのか?」


「ええ。だから、そんなに怯えるのはやめなさい。格好悪いでしょ、私の好みの顔なんだから」


リサは彼の額に、こんと自分の額をぶつけた。  


アルフレートはそのまま、折れそうなほど強くリサを抱きしめた。


その腕には、もう怯えはない。


あるのは、彼女の言葉を証明するために、そして「世界一の男」として彼女に愛されるために、国すら手玉に取ってやろうという、狂おしいほどの決意だった。


「……リサ。愛してる。……俺、お前のために、最強の男になる。もう二度と、誰にもお前を不安にさせない。……俺から、絶対に離れるなよ」


それは「更生」という名の、新たな、そしてもっとも強固な執着の始まり。    


だが、そんな甘い決意を嘲笑うかのように。  



翌朝、彼らの家の前に現れたのは、かつてアルフレートをゴミのように捨てた、黄金の鎧を纏った王宮の使者たちだった。

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