3.積み上げた傲慢のツケ
数日後、アルフレートは不器用ながらも薪割りをこなし、リサの家の修繕を手伝っていた。
汗を流し、泥にまみれる。
その疲れは、かつて夜遊びで得ていた虚無感とは違う、不思議な重みを持っていた。
しかし、その平穏はリサが買ってきた隣国の新聞によって、あっけなく崩れ去る。
「……セシリアが、公爵家の当主代行に?」
新聞の隅に載っていた小さな記事。
そこには、かつての婚約者・セシリアが、彼の追放後に乱れた国政を見事に立て直し、民から熱狂的に支持されている様子が記されていた。
「やっぱり、あの女は生意気だ……! 俺がいなくなって、せいせいしているんだろうな。あんな風にしゃしゃり出るから、可愛げがないと言ったんだ!」
アルフレートが毒づいた瞬間、背後でリサが冷たく言い放った。
「可愛げがない、じゃなくて『優秀すぎて怖かった』んでしょ」
「な……っ!」
「あんたが彼女の書類を暖炉に投げ捨てたこと、知らないとでも思った? それに、彼女の形見をあんたの夜遊びの借金のカタにしようとしたことも。……商人たちの間では、有名な話よ。ベルシュタインの第一王子は、救いようのないクズだって」
リサの視線は、ゴミを見るよりもなお冷たい。
「彼女はあんたを助けようとしてた。あんたが遊び歩いている間、泥を被って仕事をして、あんたの無能を隠してた。それをあんたは、自分のプライドを守るために踏みにじった。……違う?」
「黙れ……! お前に何がわかる!」
「わかるわよ。あんたは、自分に価値がないって気づくのが怖かっただけ。だから、自分より価値のある彼女を攻撃して、無理やり下に置こうとした。……今のあんたに何が残ってる? 王子の肩書きを剥がされたら、薪割り一つまともにできない、中身の空っぽな男じゃない」
アルフレートの拳が震える。
言い返したい。けれど、言葉が出てこない。
彼は、セシリアが優秀であることを誰よりも知っていた。
彼女の隣に立つのが苦しくて、視界に入る完璧な彼女が憎くて、わざと横暴に振る舞った。
追放されたのは、誰のせいでもない。 自分という人間が、あまりに小さく、醜かったからだ。
「……俺は、空っぽか」
ふ、と力が抜けて、アルフレートはその場に膝をついた。
セシリアへの嫉妬。父王への恨み。それらが全て、自分を支えるための「虚勢」だったと突きつけられた。
「そうね。今のあんたは空っぽよ。……でも」
リサが歩み寄り、膝をついた彼の頭に、無造作に手を置いた。
撫でるというよりは、ただそこに置いただけの、無機質な重み。
「空っぽなら、これから詰めればいいじゃない。……セシリア様はもう、あんたのものじゃないし、あんたを見ることもない。でも、私はここにいるわよ。働けば、飯を食わせてあげる。死なないように、見ててあげるわ」
アルフレートは、リサのスカートの裾を、縋るように握りしめた。
国を救った英雄の婚約者でも、期待を一身に背負う王子でもない。
「空っぽの男」である自分を、ただそこに存在させてくれる唯一の人間。
「……リサ。お前だけは、俺を見捨てないか?」
「あんたが働いているうちはね。……さあ、夕飯にするわよ。今日はあんたが割った薪で焼いた、硬いジャガイモよ」
差し出されたリサの手を、アルフレートは震えながら取った。
この時、彼の心の中で「王子」としての魂が死に、代わりに「リサに飼われる」ことに全てを捧げるメンヘラな何かが、産声を上げたのだった。




