1.顔がいい王子、泥を啜る
初めて連載書きます。中編の予定。
降り続く雨は、石畳に溜まった汚物と血を混ぜ合わせ、不快な臭いを立ち昇らせていた。
路地裏のゴミ溜め。そこに、かつてこの国の太陽と謳われた「至宝」が転がっていた。
「……は、ぁ……っ……」
≪もう、どうでもよかった。
王子でなくなった時点で、私は死んでいる。
ならば肉体も、このまま腐って消えればいい――
そう思っていた。声をかけられる、その瞬間までは≫
アルフレート・フォン・ベルシュタイン。
数日前まで第一王子の座にいた男は、今や見る影もない。
白金の髪は泥にまみれ、絹の衣は裂け、剥き出しの肌には逃亡中に受けた暴行の痕が、無惨な紫色の痣となって刻まれている。
王位継承戦に敗れ、廃嫡。
そして、国外追放。
つい数日前まで、彼の名を呼ぶ声は賛美で満ちていた。
膝を折る貴族、涙を流す侍女、忠誠を誓う騎士。
それが今はどうだ。
地面に伏せ、誰にも踏み躙られる「物」に成り下がっている。
追っ手に弄ばれ、全てを奪われた彼に残ったのは、見る者の息を止めるほどの「神の最高傑作」と称された美貌だけだった。
「おい。そこで死ぬならよそでやって。畑の肥料にするには、あんた毒が強そうだし」
頭上から降ってきたのは、同情も畏怖もない、ひどく乾いた声だった。
アルフレートが重い瞼を微かに持ち上げると、そこには一人の少女が立っていた。
雨合羽代わりに粗末な布を被り、手には薬草の籠。
没落寸前の貧乏男爵家の娘、リサである。
「……殺せ……。汚らわしい、下民が。俺を……誰だと、思って……王子、だぞ……」
喉の奥で鳴る掠れた声。
それはもはや、威厳ではなく、死に損ないの虚勢に過ぎない。
リサは溜息をつき、屈み込んでアルフレートの頬を、無造作に指で突ついた。
「はいはい、元王子様。王子様だろうが何だろうが、今のあんたはただの『粗大ゴミ』よ。……でも、そうね。顔だけはいいんだから、そのまま腐らせるのは勿体ないわ」
「な……に……」
「これだけの顔があれば、最悪、観賞用として村の若い娘たちに見せて、見学料でも取れるかしら。……よし、決めた。あんた、うちに来なさい」
リサは躊躇なくアルフレートの脇に手を差し込むと、驚くべき怪力で彼を引きずり出した。
「な、何を……やめろ、放せ……!」
「暴れないで。あんたを運ぶために、わざわざ荷車を持ってきたんだから」
リサは路地の隅に停めてあった、家畜の餌や薪を運ぶための粗末な荷車に、元王子を「放り込んだ」。
かつて彼が乗っていた、金細工の施された王家の馬車とは、雲泥の差どころではない。
荷車の板は冷たく、ささくれていた。
その痛みが、まだ生きていることを嫌でも教えてくる。
王子だった頃、彼は一度でも、こんな板の感触を知ろうとしただろうか。
――否。知る必要すらなかった。
「……くっ、殺せ……! こんな屈辱……っ」
「死ぬのは勝手だけど、うちまで運んだ手間賃を払ってからにして。……まあ、働いてもらうけど」
ガラガラと、石畳に車輪の音が響く。
泥と生ゴミにまみれ、荷車に揺られるアルフレート。
プライドの全てが泥水を啜るような絶望の中、彼は自分を「ただの労働力」として扱う少女の、異様に冷たく、けれど確かな体温だけを感じていた。
これが、後に「帝国の狂犬」と恐れられる男が、一人の少女の「鎖」に繋がれるまでの一歩目であった。
ど、どうでしたかね・・・短編しか書かないと連載不安です。




