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『鑑定スキル10億の男、辺境で「名もなきネズミ」と眠る 〜世界を救うのはもう飽きたので、情報の届かない森で静かに暮らします〜』  作者: ジェミラン


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第6話:評価経済の襲来

 嵐が去った後の村には、奇妙な熱狂が渦巻いていた。  ゼノが週に一度の買い出しに市場へ下りると、そこには以前のようなのんびりとした空気はなく、誰もが手元の小さな魔導端末を血眼になって覗き込んでいた。


「おい、見たか? 俺の『親切スコア』が昨日より3ポイント上がったぞ!」

「ちっ、あいつ、掃除をサボったな。今すぐ『減点申請』を出してやる……」


 村人たちが手にしているのは、帝国が「復興支援」の名目で無償配布した、最新の鑑定チップ内蔵デバイスだった。  人々の善行、労働、発言の全てが、即座に数値化される。そして、そのスコアに応じて配給の質が変わる――帝国の縮図のような「評価経済」が、この辺境の村にまで押し寄せていたのだ。


 ゼノは不快感に眉をひそめた。  ハクはゼノの肩の上で、毛を逆立てて「プッ!!」と鋭く鳴いている。ハクが村全体を覆う「欲望と焦燥の魔力波」を吸い込もうとしているが、あまりのノイズの多さに、その小さな体はかすかに震えていた。


「……ハク、無理はしないで。ここはもう、毒に満ちている」


 ゼノがそそくさと立ち去ろうとした時、一人の男が立ち塞がった。村の若者、かつて嵐の日にゼノを誘いに来た男だ。  だが、彼の瞳は濁り、手元のデバイスが示す【ランク:B+】という数字に支配されていた。


「ゼノさん。あんた、ずっとあの小屋に引きこもって、村のスコア稼ぎに参加してないだろ。おかげでこのエリア全体の平均値が下がってるんだ。あんたみたいな『評価不能者』は、村の足かせなんだよ」


 かつては気さくに野菜を分けてくれた男の口から、無機質な「数字の論理」が飛び出す。  ゼノは静かに彼を見つめた。


「そのスコアを稼いで、あなたは何を手に入れたんですか?」


「決まってるだろ! 帝国の『優良市民リスト』に載れば、もっといい暮らしができる。あんたみたいに、ただコーヒーを飲んで一日を潰すだけの無駄な人生とは違うんだ!」


 男の背後では、子供たちが「友達への貢献度」を競って喧嘩をし、老人が「長寿スコア」を上げるために無理な運動を強いられていた。  数字は、人々を便利にするためではなく、互いを監視し、縛り付けるための鎖に成り下がっていた。


 その夜。  ゼノの番小屋に、松明を持った村人たちが押し寄せてきた。


「評価不能な不気味な隠者を追い出せ!」

「あいつの小屋には、魔導チップを狂わせる何かがいるぞ!」


 彼らの放つ殺気と、デバイスから溢れる情報の洪水が、夜の森の静寂を暴力的に踏みにじる。  ゼノは肩に乗ったハクの頭を一度だけ撫でると、静かに扉を開けた。


「……みなさん、一度だけ、私に『鑑定』をさせてください」


 ゼノが右目を解放した。  黄金の光が夜の闇を貫き、押し寄せた村人たちの頭上に、膨大な情報のウィンドウが展開される。


「ひっ……なんだ、これは!?」


 村人たちが驚愕したのは、自分のスコアが見えたからではない。  ゼノの力が暴き出したのは、彼らが数字に固執するあまりに無視し続けてきた、「自分自身の心」の摩耗状態だった。


【名前:村人A。精神疲労度:92%。最も大切にしていた思い出:母親が焼いてくれた不格好なパン――現在、データ破損中】

【名前:若者B。焦燥感:臨界。かつての夢:世界を旅する商人――現在、スコア競争により忘却】


 ゼノの声が、冷たく、しかし慈悲を湛えて響く。


「数字を積み上げれば、未来が良くなると信じていましたか? ……見なさい。あなたがたが積み上げたのは、自分の心を削り落としたカスに過ぎない」


 ゼノは指を弾いた。  帝国最強の鑑定官として、システムの「根源」にアクセスする。かつてなら、全市民のスコアを一律に上昇させる奇跡を起こしていただろう。だが、今のゼノが下した判断は、その真逆だった。


「……全て、消去リセットします」


 パリン、と。  透明なガラスが割れるような音が、村全体に響き渡った。  村人たちが持っていたデバイスが次々と黒い画面になり、空中に浮かんでいた忌々しいグラフや数字が、雪のように溶けて消えていく。


「な……俺のスコアが! ランクが!」


 嘆き、叫ぶ村人たち。  だが、その騒ぎの中で、一人の少女がふと呟いた。


「……あ。お花の匂いがする」


 数字が消えた瞬間、彼らの鼻腔に、嵐の後に咲いた百合の香りが届いた。  誰の評価も介さない、ただそこに在るだけの香りが。


「みなさん。今夜はもう帰りなさい。そして、明日。数字のない朝に、隣人の顔を『ただの人間』として見てください」


 ゼノは静かに扉を閉めた。    ハクが「プー……」と、村人たちが落としていった「膨大な残存ノイズ」を一口で吸い込み、満足そうにゼノの首元に顔を埋めた。


「……一度だけと言いましたが、やはり鑑定は疲れますね、ハク」


 ゼノは再びミルのハンドルを回し始めた。  村が再び、元の「静かで、少し不便な場所」に戻るには時間がかかるだろう。  だが、彼は信じていた。数字の鎖を解かれた人間が、再び「自分の五感」で世界を味わい始めるその時を。

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