1話
「今日は課題料理じゃなくて、自由調理にしまーす!」
顧問の女性教師が明るい声で告げると、部室が一気にざわめいた。
料理班と菓子班に分かれた新入生たちが、それぞれの調理台に散らばる。
ステンレスの調理台は蛍光灯を反射し、古い換気扇がゴーッと唸りを上げている。
だしの香りと砂糖の甘い匂いが混じり合い、部室全体に熱気が広がっていた。
「焦がさないようにねー」
「粉こぼしたら掃除も自分でだよ!」
「見た目も大事だから、丁寧にね」
女子高生らしい声が飛び交い、部室は文化祭前の準備のように賑やかだった。
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料理班の湊は、唯一の男子として少し目立っていた。
エプロンをきちんと結び、背筋を伸ばして鍋の前に立つ。
フライパンにオリーブオイルを垂らすと、じゅっと音が立ち、青々とした香りが立ち上る。
にんにくを薄く切り、唐辛子を入れると、香ばしい匂いが部室に広がった。
湊が選んだのは「ペペロンチーノ」。
油の表面がきらめき、湯気が立ち上る。
背筋はまっすぐ、鍋を振る姿は舞のように優雅――だが、振るたびにオイルが飛び、唐辛子が跳ね、調理台に赤い点々が散った。
「え、めっちゃ綺麗なのに豪快すぎ!」
「ギャップやばい!湊くん、料理男子ってこういうのだよね〜」
女子たちが笑いながら囁き合う。
湊は「散らかしてるのに、みんな笑ってくれる。完璧じゃなくてもいいのかも」と心の中で安堵し、豪快さの楽しさに口元が緩む。
油がはぜる音がリズムのように響き、にんにくの香りが強烈に広がる。
湯気が顔に触れ、額に汗がにじむ。
赤い油の飛沫が蛍光灯の光を反射してキラリと光り、豪快さと端正さのギャップが際立った。
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一方、菓子班の美咲は粉の袋を机にドンと置き、餡を丸め始めていた。
エプロンの紐は斜めでほどけかけ、髪を結び直す手つきも雑。
丸めた餡は不揃いで、桜葉を裏返しに巻いてしまう。
「雑すぎ!」
「葉っぱ逆だよ!」
女子たちが笑い声を上げる。
美咲は照れ笑いを浮かべながら慌てて直した。
だが調理台の上には材料が順序よく並べられ、蒸し器のタイミングや餡の冷まし方はきちんと計算されていた。
「雑って言われても、ちゃんと計算してるんだから」
美咲は心の中で反発しつつも、褒められると照れながらも嬉しさを噛みしめた。
粉が舞い、光の筋に白く浮かび上がる。
桜葉の艶が湯気に濡れて深い緑に輝き、蒸したもち米の甘い匂いが部室に広がる。
見た目は大雑把でも、香りと味はしっかり桜餅だった。
「意外としっかり者じゃん!」
「ギャップ萌え〜」
女子たちが驚きの声を上げる。
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やがて試食の時間になった。
女子部員が湊のペペロンチーノを一口食べて、思わず声を上げた。
「辛っ!でもクセになる!男子ってこういうの得意だよね〜」
にんにくの香りが口の中に広がり、唐辛子の刺激が舌を軽く刺す。
塩気と油のコクが後を引き、食べた女子は「文化祭で出したら絶対売れる!」と盛り上がった。
美咲の桜餅を試食した別の女子が、にやりと笑った。
「形いびつだけど、味はちゃんと桜餅だね。…でも葉っぱ裏返しじゃん!」
「えー!ほんとだ!」美咲が慌てて直し、部室は笑い声に包まれた。
桜葉の塩気と餡の甘さが口の中で溶け合い、春の香りが広がる。
「文化祭で彼氏に食べさせたいって感じ〜」
「映えるやつ作ろうよ!」
女子たちのノリはさらに軽快になり、部室は笑いと熱気で満ちていった。
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「文化祭で出すことを想像して作ってみてね。味も見た目も作品だから」
顧問の女性教師が柔らかくまとめると、部室の空気はさらに熱を帯びた。
窓から舞い込んだ桜の花びらが、ペペロンチーノの赤と桜餅の緑の上にひらりと落ちる。
油のはぜる音、粉の舞う感触、湯気の熱、桜葉の香り、そして味覚の余韻――
五感すべてが交錯する中で、豪快さと繊細さ、正反対の二人の自由調理が始まった。




