10話
美咲が交換留学生としてアメリカへ旅立った。たった二週間――そう頭では分かっていても、湊にとっては長い長い時間だった。部活も調理室の改修工事で休止中。放課後の居場所を失った湊は、落ち着かない心を抱えながら、茶道の稽古に通い詰めた。
茶室に入ると、畳の匂いと湯を沸かす音が静かに響く。茶筅の細やかな動き、抹茶の青い香り。師匠の「心を澄ませ」という言葉に従い、湊は一つひとつの所作に集中した。けれど、茶碗を回す指先の奥には、美咲の笑顔がちらついていた。
香道では、沈香や白檀の香りを嗅ぎ分け、感覚を研ぎ澄ます。香炉から立ち上る細い煙を見つめながら、湊は「香りは記憶を呼び起こす」と思った。中華街で美咲と食べ歩いた日の香りが蘇り、胸が締め付けられる。
華道では花を活け、色と形の調和を探りながら写真を撮り、美咲に送った。花瓶に咲く一輪の百合や、枝ものの静かな力強さ――それらは湊の「君を想っている」という無言のメッセージだった。師匠が「花は心を映す」と言ったとき、湊は自分の心が美咲に向かっていることを改めて知った。
美咲も留学先から写真を送ってきた。アメリカの街並み、カフェのランチ、青空の下で笑う姿。けれど、その隣に写る男子の笑顔が湊の心をざわつかせる。画面を閉じても、胸の奥で小さな棘が残り、眠れぬ夜が続いた。嫉妬と不安が交互に押し寄せ、茶室での静けさも、香炉の煙も、花瓶の花も、心を完全には鎮めてくれなかった。
二週間後。美咲が帰国し、土産を抱えて湊の家を訪ねてきた。ドアを開けた瞬間、懐かしい声と匂いが一気に押し寄せる。笑顔で「ただいま」と言う美咲の姿に、湊の胸は熱くなった。土産のクッキーを差し出す美咲の手を受け取った瞬間、積もり積もった想いが堰を切ったように溢れ出す。
「……美咲」
言葉より先に、湊は美咲を抱きしめていた。驚いた美咲が少し身を固くしたが、すぐに柔らかく受け止める。肩に伝わる温もり、髪から漂う香り、鼓動の速さ。すべてが現実で、すべてが恋だった。
「ずっと……寂しかった。写真に写ってた男の子の笑顔が、気になって仕方なかった。……俺、美咲のことが好きだ」
湊の声は震えていたが、真っ直ぐだった。美咲は目を見開き、そして頬を赤らめて笑った。
「……私も。湊が送ってくれた花の写真、すごく嬉しかった。離れてても、ずっと近くにいるみたいで」
二人の距離はもう言葉では測れない。抱きしめ合う温度がすべてを伝えていた。思春期の不安も嫉妬も、再会の瞬間に溶けていく。青春の真ん中で、二人はようやく同じ想いを確かめ合った。
その夜、湊は「香りも花も、全部が美咲に繋がっていた」と思い、美咲は「離れていても心は繋がっていた」と感じていた。二人の心に残った余韻は、これからの季節へと続いていく。




