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クッキングシンフォニー  作者: 双鶴


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プロローグ

四月。桜の花びらがまだ校庭に舞い、風に乗って校舎の窓からひらりと入り込む季節。藤谷湊と大谷美咲は、少し緊張した面持ちで料理部の部室の扉を押し開けた。


部室の中は、春の光に照らされて雑多な雰囲気を見せていた。ステンレスの調理台は冷たく光り、表面には小さな傷や焦げ跡が残っている。壁には色褪せた文化祭のポスターや賞状が斜めに貼られ、端はめくれている。古い換気扇がゴーッと唸りを上げ、奥では先輩が包丁を研ぐ音がかすかに響いていた。鍋の蓋が落ちる金属音が一瞬響き、窓ガラスには指紋や曇りが残っている。だしの香りと砂糖の甘い匂いが混じり合い、部室全体に生活感が漂っていた。制服の新しい布地の匂いも混じり、まさに「新学期の空気」がそこにあった。


「では、新入生は自己紹介をお願いします」

先輩の声に促され、湊が一歩前に出る。背筋はまっすぐ、指先まで揃えた所作は静かで端正だ。調理台に手を置く仕草は茶道の所作のように静かで美しく、声のトーンは落ち着いている。周囲は「和菓子志望だろう」と思い込んでいた。


「僕は藤谷湊といいます。茶道と華道、それから香道を習っています。だから和食や和菓子に馴染みがあると思われるかもしれませんが……僕が作りたいのは、豪快なパスタです」


部室に小さなざわめきが走る。湊の落ち着いた所作と「豪快なパスタ」という言葉の落差に、先輩たちは思わず顔を見合わせた。


続いて、美咲が前に出る。鞄を机にドンと置いた瞬間、隙間からチョコの包み紙だけでなく、ぐちゃっと折れたプリントや消しゴムのかけらまで飛び出した。慌てて拾おうとしたら先輩が拾ってくれて、彼女は照れ笑いを浮かべる。エプロンをざっくり結ぶが、紐は斜めでほどけかけている。直そうとしてさらに斜めになり、髪を結び直す手つきも雑だ。ノートの端は折れ曲がり、ページの隅には友達の名前の落書きや小さなシールが残っていた。筆箱からシャーペンをガチャっと取り出す音が響き、彼女の“大雑把さ”は一目で伝わった。


「えっと、大谷美咲です。勉強はまあ得意なんですけど、性格はちょっと大雑把で……でも、私がやりたいのは和菓子です。特に、生菓子の細工に挑戦したいんです」


「えっ、大雑把なのに?」と先輩が思わず口にする。


美咲は笑って肩をすくめる。

「だからこそ挑戦したいんです。繊細なものを作れたら、私も少しは変われるかなって」


湊はその言葉に目を細め、少しだけ口元を緩めた。

「せっかく同じ新入生なんだし、仲良くやろうよ」


「うん、そうだね」美咲が笑顔で応える。


「でも、パスタってそんなに鍋振るの?」美咲が首をかしげる。

「うん、振るのが楽しいんだ。ソースが飛び散るくらい豪快にね」湊が笑う。

「ちょっと! 部室でやったら怒られるよ! 掃除するの私たちでしょ! 文化祭前に怒られる未来が見えるんだけど!」美咲が慌てて突っ込む。

「じゃあ、飛び散らないように工夫するよ。でも、豪快さは譲れないな」湊が肩をすくめる。

「ほんとにもう…」美咲は呆れたように笑い、けれどその目は楽しそうだった。


そのやり取りに、先輩たちも思わず笑みをこぼした。窓から舞い込んだ桜の花びらが調理台に落ち、冷たい金属の上でひとひら溶けて消える。消えた跡に映り込む二人の姿は、豪快なパスタと繊細な生菓子――正反対の志望を持つ新入生の春の始まりを象徴していた。


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