第96話 俺たち、助かったんだよな!?
「さて、そうなると」
総理が一呼吸置いて、再び話し出す。
「次はいよいよ、自衛隊との協力関係の構築か」
一度茜を見た。
「もちろん、茜さんの意志が最優先されるべきだ。ただ、仮に協力してくれるとなっても、素人の我々だけではこれ以上話を進めることもできない。専門家が必要だな」
「……その専門家が、敵か味方か分からないのが問題なんだがな」
ずっと黙っていた大佐が、腕組みをしたまま口を開いた。
「俺は基地で見た。あの変異体を管理してたのは、間違いなく隊のやつらだ。俺も……危うく実験体にされるところだった」
総理が驚いたように大佐を見る。大佐は蒼と目を合わせ、小さく頷いた。
「僕も、半ば監禁のような状態でした。国や自衛隊全体が、ということはないかもしれませんが——少なくとも朝日山基地が味方だとは、言い切れません」
沈黙が流れる。
「ねぇ……お兄ちゃん」
茜が、ぽつりと口を開いた。
「お父さんとお母さんは? 基地に行くって書き置きが、家にあったんだけど」
蒼の表情が一瞬曇る。
(まさか……)
「父さんも母さんも基地に居た」
「居た……って?」
茜が縋るような顔で兄を見る。
「父さんとは、ほんの少しだけ直接会えたんだ。そのときにこのデータを渡された。けれど、その後すぐに基地で変異体が暴れ出して——ごめん、今は何処にいるか分からない」
「そ……っか」
茜が俯いた。
きっと聞きたい事も山ほどあるだろう。けれど、皆の話の腰を折らないように、我慢して平気なふりをしている。そういう子だ。
「……茜。ご両親は、きっと無事だと思うぞ」
声をかけると、茜は驚いたように俺を見た。
「茜のご両親はこの研究の重要な人物なんだよな? 自衛隊は、今も変わらず茜のことを探してた。つまり、基地が崩壊しても研究を諦めていないってことだ。基地は代わりが効く。けれど、その研究を続けられる人間は、そう簡単には代わりがきかない。——だから、きっとご両親もまだ無事なんじゃないか」
何の確証もない。ただの気休めかもしれない。
ただ、山中で会った隊員たちの様子は、それほど悲観的には見えなかった。
「そう……ですね。ありがとうございます、晴翔さん」
いつもの、柔らかい茜の笑顔が向けられる。
その肩越しに、お兄さんがちらりと俺を見た気がして——思わず、目を逸らしてしまった。
◇ ◇ ◇
「それでは、話は一旦ここまでにするか」
総理がノートパソコンを閉じた。
「朝日山基地が壊滅状態なら、自衛隊側にも何か動きがあるかもしれない。我々は守りを固めつつ、相手の動向を探るしかない」
確かに。今は向こうの出方も分からないし、こちらから仕掛ける理由もない。
情報を探りながら、友好的な関係を築けるよう交渉の場を模索するのが得策だろう。
とにかく——茜の身の安全には、最大限の注意が必要だ。
全員が椅子から立ち上がる。
出口に向かった、ちょうどそのとき。食堂のドアが激しく叩かれた。
「何だ?」
総理が声をかけると、勢いよくドアが開いて、慌てた様子の男が顔を出した。
「く、車です! おそらく自衛隊の!」
男の顔は希望に満ちていた。
何も知らない彼らは、単に救助が来た、と思っているのだろう。
俺たちは顔を見合わせた。
「分かった、すぐに行く」
総理はそう答えると、男に連れられて足早に校門の方へ向かう。俺たちもそれに続いた。
◇ ◇ ◇
校門の前には、既に多くの人が集まっていた。
自家製の監視台で双眼鏡を覗いていた男性が、遠くを観ながら声を上げる。
「……八、九、十。自衛隊のトラックが十台!」
「やった、やっぱりまだ生存者が居たんだ!」
「ほら、自衛隊は無事なはずって言っただろ! 全滅する訳がない!」
「助かった! 俺たち、助かったんだよな!?」
人々がいろめき立つ。遠くからエンジン音とタイヤの音が徐々に近づいてきた。
やがて、砂埃とともに、数台のトラックが校門前に停車する。
中から迷彩服姿の男が降りてきて、門番に向かって声を張り上げた。
「こちらは陸上自衛隊朝日山基地、第一四普通科連隊、第三中隊第二小隊だ。そちらの代表者と話がしたい」
門番に促されて、総理が監視台に立つ。
「私が代表だ。要件は?」
「救助活動だ。物資と医薬品を届けに来た。門を開けて貰いたい」
人々から歓声に似た声が上がる。
(……このタイミングで? 怪しすぎる。慎重に考えるなら、今すぐ門を開けるべきじゃないが……)
総理もしばらく無言のまま、男を見下ろしている。しかし、これだけの人々が盛り上がっている以上、理由もなく追い返せば統率が乱れる。難しい判断だ。
「……分かった。だがここにはここの秩序がある。こちらの指示には従ってもらいたい」
「勿論だ。そちらのルールを尊重しよう」
男の返答を聞いて、総理が門番に静かに合図を出した。
門が、重い音を立てて開かれる。
迷彩柄のトラックが、ゆっくりと敷地内に入ってきた。
人々の歓声が上がる中——俺はその光景を、校門から少し離れた場所で黙って見ていた。




