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第95話 まさか茜にそんな秘密があったとは

「無事なようで何よりだ」


 総理が歩いてきて、俺の肩を叩いた。


「そっちこそ。前よりここの雰囲気も良くなったんじゃないか」


「おかげでな。そっちの物資は足りてるのか?」


「あぁ。新しい仲間のお陰で。何ならここより良い生活をしてる」


 能彩の方を見ると、慌てて目を逸らしながら小さく会釈をした。耳まで赤い。


「大佐が一緒ということは、ある程度事情は把握済みだな? まぁ、とりあえず一旦落ち着くといい。皆を食堂へ」


 総理に促されて歩き出したところへ、茜が駆け寄ってきた。隣には兄も一緒だ。


「晴翔さん! 兄の、蒼です!」


 まだ涙の溜まったままの目で、満面の笑みで紹介される。


(──お、お兄さん! 誓って、茜さんには手を出してませんから!!)


 考えるより前に、思っていたことが口をついて出そうになり、慌てて飲み込んだ。危なかった。


「茜に聞きました。ずっと妹を守ってくれたそうで……何とお礼を言えばいいか」


 実直そうな好青年だ。茜と同じ、真っすぐな目をしている。


「いや、俺の方も色々と助けてもらった。お互い様だ」


 一旦心を落ち着かせ、年上の余裕らしく笑ってみせる。


「うわー、やっぱ茜のお兄ちゃんだけあってイケメン〜」


 柚葉が俺の横からひょいと顔を出した。


「ち、ちょっと柚葉! 全然そんなことないから。すぐ調子に乗るから、あんまりその気にさせないで」


 茜が柚葉を睨む。


「なに? お兄ちゃん取られるの、心配なの?」


 柚葉が茜の肩を小突いた。茜が頬を膨らませる。

 ……なんだか、突然年相応の女の子になった気がした。


 きっと──ずっと心のどこかで、気を張ってたんだろうな。


 ◇ ◇ ◇


 通された食堂で一息ついたあと、総理がノートパソコンを持ってきた。

 周りの人払いがされる。残ったのは、俺たちと蒼、それから大佐だけだ。


「これから話す事は他言無用にして貰いたい。まぁ、内容を聞けば分かると思うが」


 そう前置きした後、画面に資料が映し出された。


 最初に出てきたのは実験記録らしき画像だ。拘束された人間が、段階的に変容していく様子が写真で記録されている。

 次第に表情が消え、目の焦点が失われ——最終的には、街を歩き回っているあいつらと同じ姿になっていた。


 続いて例の大男変異体の資料。Σシリーズというらしい。

 防弾コートを着込んだ変異体の全身写真。稼働するヘッドギアの設計図らしき図面。数値とグラフが並んだページ。


「ほんとに……ゾンビって人間の手で作られたんだ」


 柚葉が青い顔で呟く。


「正確には、研究によって産み出された悲惨な失敗作。それが自己増殖された結果です」


 蒼が静かに付け足した。


「信じらんない……! そんな身勝手な研究のせいで世界がこんなんに──!」


「気持ちは分かるが」


 総理が柚葉の言葉を静かに遮った。


「今ここで悪人を糾弾しても仕方がない。優先すべきは、これからの話だ」


 総理がパソコンを操作する。


 映し出されたのは、論文形式の資料だった。タイトルにはこう書かれている。


『逆位相脳波による記憶同期シグナルの相殺——想起記憶定着療法を応用したアンチRe-Memory Protocolの理論的検討』


「……内容は?」


 俺の問いに、総理と蒼は神妙な面持ちで顔を見合わせた。


「妹が、ゾンビにならない特異体質だということは?」


「あぁ、大佐から聞いた。理由までは知らないけれど」


 頷き返す。

(そう! 理由を聞いてない。俺が適当に言い出した事が、何か本当になってるのだが! どういう事!?)


「妹は、中学生の頃に想起記憶定着療法の治療を受けています。その際に脳へ定着した脳波パターンが、Re-Memory Protocolがゾンビに植え付ける脳波と、ちょうど逆位相の状態なんです」


「つまり?」


「感染しようとする同期の波が来ても、茜の脳がそれを打ち消してしまう。つまり茜の脳は、人をゾンビに変える命令を受け付けません」


「……なるほど」


 よく分からんが、昔茜が受けた治療がいい具合に影響して、脳がゾンビ化するのを防げるってことだな。理解した。

 いや、まさか茜にそんな秘密があったとは……。


「……そしてこの資料は、その仕組みを逆手に取った提案です。茜の脳波パターンを解析・増幅して広域に発信できれば、Re-Memory Protocolそのものに干渉できる。理論上、感染者の活動を一斉に停止、あるいは無効化できるかもしれない、と」


 全員の顔色が変わった。


「わ、私の脳にそんな事が……」


 茜の表情は、読めなかった。

 喜んでいいのか、怖いのか。俺が茜の立場だったら、どう思うだろうか。


「何せ、この絶望的な状況で、一筋の希望が見えた訳だ」


 総理が静かに頷く。


「もちろん、ここにあるのは理論だけです。技術的な実装は検討段階で、茜自身に危険が及ばないよう、研究は慎重に進めるべきとも資料に明記されています」


 蒼もパソコンの画面に目を落とした。


「自衛隊が彼女を探していたのも、このためだろう。今や彼女は——人類の希望だ」


 総理の言葉に、茜の表情が一瞬、強張ったように見えた。

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