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第89話 これも、悪くない終わりか

 沈黙が、食堂に沈んだ。


 誰も口を開かなかった。開けなかった、と言うべきか。

 窓の外で、また子どもたちの声がした。さっきより遠い。


 ……最初に口を開いたのは総理だった。


「この事は、当面は伏せておこう。彼女のことも、この事態の真相も」


「賛成です」


 蒼がすぐ同意した。

 妹の事もあるだろうが、単純に、今ここで話が広まっても良いことがない、そう言いたげな顔だった。


「……それで、君達はコレを知って、どうする気だ?」


「わかりません、ただ茜が——妹が、ここに居ないなら」


 蒼がパソコンから目を離して立ち上がった。


「探しに行きます。元々そのためにここに来ました」


「まぁ、待て」


 総理が静かに制した。


「焦る気持ちは分かるが、彼女が何処にいるか分からない今、君が街に出ても仕方がない。無駄死にするだけだ」


 黙り込む蒼。怒っている訳では無さそうだ。冷静なこいつの事だ。何が最善なのか計算しているんだろう。


「しばらくここに滞在してはどうだ? 基地が壊滅的だと知ったら、ここに帰ってくる可能性もある。うちの補給部隊にも、探索の傍、情報を集めるよう指示しよう。……貴重な情報の礼だ。部屋と食事は用意する」


 蒼は反論しなかった。しかし、すぐには頷かなかった。

 少しの間があって、かすかに息を吐いた。


「……分かりました」


「部屋に案内させよう」


 総理が部下に目配せする。蒼が椅子から立ち上がり、俺も続いた。


 ふと窓の外に目を向けた。中庭で子供が何人か走り回っている。さっきから騒いでいたガキどもか。笑い声が、ガラス越しにくぐもって聞こえる。

 ……ここは、ちゃんとした、生活の場になったんだな。そう思うと、自分がひどく場違いに思えた。


 食堂を出たところで——廊下に、人が立っていた。

 ここの住民たちだ。特に女や年寄り。十人近くが、無言でそこに並んでいる。


「何だ」


 総理が問う。

 誰も答えなかった。ただ、全員の視線が、俺に向いている。

 ……言いたい事は分かる。別に構わない。


「俺は出ていく。それで文句無いだろう」


 俺の発言に、蒼が驚いた顔で一歩踏み出した。


「野田さん!?」


「見れば分かるだろ。歓迎されてない。まぁ、俺も今更馴れ合うつもりも無いが」


「そ、それならやっぱり僕も……」


「邪魔だ。そもそもここに連れてくるまでの約束だっただろう。これ以上面倒を見る気もない」


 人の壁の横をすり抜けて、廊下を歩く。

 麻袋を背中に担ぐ。ガチャりと音がした。中には倉庫から回収した食料。しばらくは持つだろう。


 校門まで来ると、門番たちが俺に一瞥をくれて、黙って扉を開けた。とっとと出ていけ、と言わんばかりの手際だ。


 軽く笑って、荷物を背負い直した。


「待て」


 振り返ると、総理が一人で追ってきていた。


「何だ?」


「せめてパンのひとつや二つ持っていけ」


 手には紙袋が握られている。


「要らん」


 周りの門番たちが、煙たそうにこちらを見ていた。


「これでも、一応ここを作った奴だ。これくらい良いだろう」


 俺に言ったのか、周りの連中に言ったのか。

 返事を待たず、俺の荷物に紙袋を突っ込んで、肩をポンと叩いた。


 ◇ ◇ ◇


 校門を抜けると、さっさと門が閉じられた。

 外へ出ると、昼の光が眩しかった。


 特に、目的はない。

 足が動くから歩く。それだけだ。

 背中の袋の中を確認すると、紙袋の中に拳銃とナイフが入っていた。あのガキ……あれで妙に律儀な男だ。


 そのまま、街を歩いた。

 人気のない大通り。信号が死だ交差点。客人の居ないコンビニは、ガラスが割れて、風が吹くたびに棚が揺れる音がした。

 乗り捨てられた車が、あちこちに散乱している。誰かの荷物が、道の真ん中に投げ出されたまま泥だらけになっていた。


 静かだ。

 静か過ぎて、頭の中の音がよく聞こえる。


 さて、次に何をするか。

 問いが浮かんで、答えが出てこない。


 今まで、何かをするには常に理由があった。

 自衛隊に入ったのは食うためだ。コミュニティに残ったのは、使えるコマが多い方が生き延びやすかったからだ。基地に行ったのも、情報を売れば安泰と思ったから。


 で、次は?


 秋山との約束は果たした。茜の件は……まぁ、話がデカすぎて俺の手には余るだろう。そもそも、どこにいるか分からない。

 今更、どこかのコミュニティに入る気にもなれない。また潜り込んだところで、また、適当なタイミングで売り払うか?


 それも面倒だ。


 この先、生きていて、良いことがあるとすれば……いや、一つも、思いつかなかった。


 気付けば日が傾きかけていた。影が長く伸びて、廃墟の街を薄く染めている。

 それでも、なんとなく、歩き続けた。


 ふと、駅前ロータリーにゾンビの群れが見えた。

 十数体。うろうろと、特に目的もなさそうに歩き回っている。


 その中に、一人、見覚えのある顔があった。

 自衛隊の制服。背格好に、体型。胸の位置についたネームタグ——斉藤だ。

 確か二年下の、真面目なだけが取り柄みたいな男だった。悪いやつじゃなかった。悪いやつじゃなかったが、だからといって特別何かがあったわけでもない。


 斉藤は、のんびりとロータリーを歩いていた。

 ……呑気なものだ。

 腹も減らない。眠くもならない。誰かに気を遣う必要もない。どこかへ行く目的も、何かを守る義理もない。


 奴のほうが……俺よりも、よっぽど気楽に見えてきた。


 歩みを早め、近づく。

 向こうもこっちに気づいたのか、大口を開けて迫ってくる。


 拳銃を抜いた。

 引き金を引くと、乾いた音が空に散った。斉藤の頭が弾けて、崩れ落ちる。


 音に釣られて、群れ全体がこっちを向いた。

 構わず、引き金を引き続ける。

 一体、また一体。弾が無くなるまで撃った。


 それでもまだ来る。ナイフを抜いて、刺して、躱して、また刺した。


 まったく、どいつもこいつも。

 同じようなアホ面引っ提げて、呑気に唸りやがって……!


 不意に、腕に激痛が走る。

 一体が腕に噛みついたようだ。

 振り払う間もなく、次が肩に食らいついた。

 思わず、膝が……折れた。

 地面が近くなる。アスファルトの冷たさが頬に触れた。


 ゾンビの顔越しに見える空が、妙に青かった。

 ——まあ。

 これも、悪くない終わりか。

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