第87話 彼女は何者なんだ?
朝食は缶詰とレトルトのご飯だった。それでも茜が手を加えると、不思議とちゃんとした食事になる。
「……本当に、良かった」
能彩が湯気の立つコップを両手で包みながら、ぽつりと言った。
「うん。ほんとにね!」
柚葉も頷く。昨日あれだけ泣いていたのに、もう食欲は戻ったようだ。切り替えが早いのか、前向きなのか。
「皆に心配かけてしまって……ごめんなさい」
「ちょっと! 茜がもう謝んないでって言ったんじゃん」
柚葉が軽く肘でつつくと、茜が苦笑した。
「俺の方も、黙って出て行って悪かった。まさか追ってくるとは思わなくて」
「そ、そうだよ! そもそもといえば晴翔が悪い!」
「心配したんですよ」
勢いのついた柚葉と茜に、左右から同時に詰められる。能彩もうんうんと何度も頷いていた。
フェリは俺をちらりと見て、またご飯に向き直った。
「……分かった。今度からはちゃんと相談する」
「絶対ですよ」
「絶対ね」
「は、はい、絶対に……!」
三人に口々に念押しされる。
「分かった、分かった。──それで、基地の件だけど」
これ以上責められないうちに、話題を切り替えてみた。
「事故があったのは本当みたいだ。被害もかなり大きいようで、隊員が散り散りになってた。道中で話を聞いて引き返してきたから、基地の中までは確認できてない」
「そっか……」
柚葉が少し神妙な顔になった。
しばらく沈黙が続いて、柚葉が何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば茜、昨日……お兄ちゃん見たって言ってなかったっけ」
全員の視線が茜に集まる。
「……本当か?」
「はい。でも……急いでたし、遠かったので。見間違い、かもしれないです」
茜が視線を落とした。
◆ ◆ ◆
「見えてきたぞ」
通りの向こうに、学校の校舎が見えてきた。
「はい」
後ろをついてきた蒼が立ち止まる。
……それにしても、ただの大学生の割にタフな奴だ。
街中でΣに出くわした時は流石にダメかと思ったが、それでも何とか切り抜けた。
逃げる最中も、常に相手との間合いや進路を確認し、判断も的確だった。
最終的には、Σが突然どこかへ行ってくれたおかげで命拾いしたが……おそらく、基地から何か指令でも入ったんだろう。
何にせよ、勘も運も良い奴だ。
……
暫く歩くと、見慣れた校門の前に出た。
地面に爆発痕がある。手榴弾か何かか。ここでも、激しい戦闘があったらしい。
門番が俺に気づいた。
「──大佐……野田!? おい、すぐに総理に報告を!」
一人が駆けていく。残った門番が、俺たちに銃口を向けた。
「俺たちを売った裏切り者が、何の用だ!?」
無言で両手を上げる。
「えっ、裏切り者って?」
蒼も手を上げながら、こっちを見た。
「……こっちにも事情があるんだ。いいから黙ってろ」
小声で返す。
「用があるのは俺じゃない。こっちだ」
門番たちに向かって蒼を目で示すと、蒼が一歩前に出た。
「……妹を、探してるんです。名前は、秋山 茜」
その名前を聞いて、門番たちがざわついた。まぁ、当然の反応だろう。
そこで、ギィと重い音を立てて門が開いた。
その向こうに立っていたのは──総理だった。
「久しぶりだな、大佐。まさかまた会うとは思わなかったよ」
「あぁ……」
久々の再会だが、お互いに無事を祝う気は無いようだ。
「まったく。“秋山 茜”。彼女は何者なんだ? 君が出て行ったとたん、変異体が彼女を追ってここに来たかと思えば。今度は彼女が探していた兄を連れて、君が返ってくるとは」
「茜は──ここにいるんですか!?」
蒼の声に、切迫したものが混じった。
「……まぁ、とりあえず入りたまえ」
総理が目で合図する。
招かれるまま、校門をくぐった。
ここを離れて一週間ほどしか経っていないというのに、中の様子が変わっている。
校庭では走り回る子供。それを見守る母親。隅には立派な畑まである。
年寄りや女共が率先して動いているようだ。
春日 晴翔……。たった一人の男の影響で、こうまで変わるものなのか。……まぁ、俺にとっては最早どうでもいい事だ。
中にいた連中が、一斉にこちらを見た。懐かしい顔ばかりだ。ただ、どの顔にも同じものが浮かんでいた。
恨み、だ。
俺は視線を受け流しながら、黙って歩いた。
◇ ◇ ◇
校長室に通された。
以前は、幹部連中がたむろしていたものだが、顔ぶれが随分変わっていた。あの時いた連中は見当たらない。あの後、色々あったんだろう。
総理が正面に座る。
「まず初めに言っておくが……残念だが、秋山 茜はここにはいない」
蒼の表情が曇る。
「彼女自身の意志で、ここを出た。男と一緒にね」
「……男?」
分かりやすく動揺する蒼。総理もそれを察したらしい。
「安心したまえ。君が想像するような話ではない」
総理が薄く笑った。
「ここを救ってくれた英雄だ。……勇者、なんて呼ばれていたな。他に数人の仲間を連れて、元々の目的のために出ていっただけだ。つまり……君や、ご両親を探しに、基地へ向かった」
一瞬の間。
「……まさか入れ違いに、なるとは」
蒼が小さく息をついた。安堵と苦さが混じったような顔だ。
「残念だけれどね。……で、次はこちらの質問だ。君はどこから来た? 何故、彼……野田と一緒なんだ?」
蒼が簡潔に説明した。
自衛隊員により基地に連行されたこと、父親も基地に居ること、事故と、それに乗じて脱出したこと。
総理は相槌を打ちながら、静かに聞いていた。
「……なるほど」
腕を組んで、考え込む。
俺は補足するように口を開いた。
基地で見たこと、聞いたこと。変異体の実験、Σシリーズの存在。基地が生きた人間を素体候補として扱っていた可能性。
「……俄には信じがたいが」
総理が眉を寄せる。
「事実だ」
そこで蒼が、何かを思い出したように顔を上げた。
「……そうだ。あの、ここにパソコンはありませんか?」
「あるにはあるが。学校だからな、大したものじゃないぞ」
「これを」
蒼がポケットからUSBメモリを取り出した。小さな、何の変哲もないものだ。
「基地で研究をしていた父から、渡されたものなんです。おそらく……このパンデミックに関わる情報が入っているんじゃないかと」
総理の目が、僅かに見開いた。
すぐに部下に目配せする。
「食堂のポータブル電源のところにノートパソコンを持ってきてくれ。急いで」
「はっ」
部下が駆けていく。
「我々も食堂へ向かおう」
総理が立ち上がった。
俺たちはその後に続く。
廊下を歩く間、すれ違う連中が揃って俺を見る。恨みのこもった目だ。まぁ、もう慣れたが。




