表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/96

第86話 ゾンビ映画でよくある話じゃないか

「あの……茜。噛まれたのって、どれくらい前か覚えてるか?」


 突然の質問に、茜が少し驚いた様子で振り返った。


「え……と。今、何時ですか?」


「18時半だ」


 腕時計を確認して答える。


「えと……確か、14時頃だったので……四時間半、くらいだと思います」


 なるほど。


 もうこうなったら一か八かだ。帰り際にずっと考えていた言い訳を、放つ。


「実は、自衛隊員の話を盗み聞きしたんだ。噛まれると、必ず三時間以内にゾンビ化するらしい」


 ごめんなさい。完全にウソです。


「え? でも、私……」


「そ、それなんだけど。い、一部の人間には、その……”抗体”があることが分かったらしい。そういう人はゾンビ化しないんだって」


 我ながら無理がある。でも茜だけゾンビに噛まれてゾンビ化しない理由なんて、他に思いつかなかった。

 茜がしばらく、俺の顔をじっと見ていた。


「……本当に?」


「あ、ああ」


 目が泳がないように、努力した。


「ま、まだ断言出来ないけど、一晩様子を見て大丈夫だったら、まず間違いないんじゃないかな?」


 いや、確実に大丈夫なんだけど。こういうのは少し勿体ぶった方が信憑性が増すだろう。たぶん。きっと。


 茜がまた黙った。夕陽が窓から差し込んで、その表情がよく見えない。俺は余計なことを言わないように口を閉じた。


「晴翔さん……」


 茜がぽつりと繰り返した。


「私、助かる……んですか?」


「た、たぶん。……いや、絶対大丈夫だから。心配するな」


「……はい」


 茜がゆっくりと息を吐いた。

 窓の外を見たまま、しばらく黙っていた。

 夕陽が陰り、空には薄らと星が見え始めている。


「今日は、疲れただろう。ゆっくり休め。何かあればすぐ呼んでくれ」


「……はい」


 俺は部屋を出た。

 背後で、静かにドアが閉まる音がした。

 それから、カチャリと、鍵の閉まる音が廊下に小さく響いた。


 ……


 管理室に戻り、ドアを開けた瞬間。左右から同時に何かがぶつかってきた。


「晴翔……!」


「晴翔さん……っ!」


 柚葉と能彩だ。

 二人して俺の服を掴んで、それぞれわんわん泣いている。


「落ち着け、二人とも」


「だって……だって……!」

「茜が……茜さんが……!」


 全然落ち着かない。会話にならない。


 仕方なく、茜にしたのと同じ説明をした。

 普通は三時間以内にゾンビ化すること。一部の人間には抗体があること。四時間半異常がなかった茜は、おそらくその一人だということ。嘘のオンパレード。


 しばらく間があった。


「……ほんとに?」


 柚葉が目を赤くしたまま、じっと俺を見る。


「ほんとだ」


「……なんか、都合よすぎない?」


 うっ。俺が最も恐る言葉が、遠慮なしに投げかけられた。

 

「そ、そうですよね。ただ……」


 能彩が涙を拭いながら、急に真剣な顔になる。


「もし、仮に。こ、抗体があるということは……やはりゾンビ化は、その、ウイルス性の感染が原因で……。ということは、もしかしたら、ワクチンとか」


 待て待て待て。


「お、おい能彩。今日はもう遅い、考察の続きは明日にしてくれ」


「あ、で、でも……もしそうなら、茜さんの抗体が……」


「ストーップ! とにかく今は茜の無事を祈ろう。続きは明日!」


「は、はい……!」


 お願いだから、これ以上突っ込まないでくれ。胃がもたない。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 柚葉と能彩を連れて、茜の部屋の前に立った。


「茜、気分はどうだ?」


「あ……はい。今のところ、落ち着いてます」


 ドアの向こうから返ってきた声は、確かに落ち着いていた。


「入っていいか?」


「はい」


 カチャリ、と鍵の開く音がした。


 中に入ると、茜はすでに身支度を整えていた。髪も服も、いつも通りきちんとしている。

 ただ、目の下に薄らとクマがあった。眠れなかったんだろう。それはそうだ。


「茜……大丈夫なの?」


 柚葉が鼻を啜りながら、一歩近づく。


「……そう、みたい。ごめんね、心配かけちゃった」


 そう言って、笑った。


「あかねぇーー!」


 感極まった柚葉が茜に飛びついた。茜が少し驚いた顔をして、それから柚葉の背中にそっと手を回す。

 能彩も目元を手で拭いながら、二人の様子をじっと見ている。


「茜、一回傷口洗っとくか」


 ペットボトルに汲んでおいた水を渡す。


「あ、はい。ありがとうございます」


 茜は室内の給湯室のシンクで包帯をほどいて、血が飛び散らないよう慎重に水を流した。

 もちろん、傷一つない。


 柚葉が首を傾げた。


「晴翔から抗体の話は聞いたけど。……噛まれた痕も無いって、さすがにおかしくない?」


「そ、そうですよね。抗体があったとしても、一晩で傷が完全に塞がるとは……」


 能彩も覗き込んでくる。

 ま、マズイ。


「もも、もしかして、そのゾンビ! お年寄りじゃなかったか!? ほら、入れ歯で歯がなかったとか! ゾンビ映画でよくある話じゃないか!」


 いや、そんな話あったか?


「……さすがに無理あるでしょ」


 柚葉が眉間に皺を寄せる。


「た、確かに……」


 能彩も。


 三人の視線が俺に集まろうとした──その瞬間。


「ハルト、おなかすいた。朝ごはんまだ?」


 管理室の方からとてとてと足音がして、フェリが寝ぼけ眼で現れた。

 そういえば昨日、帰ってくるなり「つかれた」と言ってソファに倒れ込んでそのまま寝ていたな。

 魔法のことを知っているフェリには、昨日から終始緊張感がない。


「……ご飯にするか」


 俺がそう言うと、場の空気がふっと緩んだ。


「賛成ー」と柚葉。

「そういえば私、茜の事心配で昨日から何も食べてなかった。よし、二日分は食べるぞー! 茜もお腹減ったでしょ」


 そう言って背伸びをしてから茜の手を引く。


「あ、私、何か手伝います」と能彩。

 茜がくすりと笑いながら「お詫びに、何か美味しいもの作るね」と返す。


 フェリが真っ先に管理室へ駆けていく背中を見ながら、俺はこっそり息をついた。


 なんとか、乗り切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ