第81話 どういたしまして、相棒
管理室に沈黙が広がる。
……最初に口を開いたのは柚葉だった。
「えっ……なに今の。たぶん、自衛隊基地の無線……だよね?」
茜と能彩を見るが、二人とも否定も肯定もせず固まっている。
「事故って……」
茜がポツリと呟いた。
「そうだよ、Σがなんとか、交戦中って。もしかして、こないだ学校を襲ってきたやつがまた暴れてるってこと!?」
「——晴翔さんとフェリちゃんに知らせないとっ!」
「そうだ、無線!」
柚葉が無線機に向かい、周波数のダイヤルをさっき使っていたものに戻す。
「晴翔! 聞こえる!? 返事して!」
けれど、無線からは何も返ってこない。ノイズだけが虚しく流れる。
「何で!? さっきまで繋がったのに。ねぇ、能彩ちゃん!?」
切羽詰まった柚葉の声に、能彩がピクリと肩を揺らした。
「え? えと、あの……無線の届く範囲より、遠くに行ったのかも」
オドオドしているのはいつものことだが、今日はさらに輪をかけて落ち着かない。
髪を指で弄りながら、明らかに目を逸らしている。
柚葉はそれを見逃さなかった。
「……ねぇ、能彩ちゃん。何か隠してない?」
「へぇっ!? な、なな、何の事ですかっ!?」
分かりやすく動揺する能彩。見かねて茜も能彩の前に立った。
「お願いします。晴翔さんとフェリちゃんが危ないかもしれないんです。知ってることがあれば、教えてください」
二人に見つめられて、能彩は唇をきゅっと噛む。
視線が床と二人の間を行ったり来たりして、指先が自分のシャツの裾をぎゅっと握った。
「…………」
「能彩ちゃん」
「う……」
茜の真剣な目と、柚葉の必死な顔を交互に見て……能彩は限界を迎えたようだ。
「——こ、ごめんなさいっ!! 昨日の夜、実は……あの、基地の方角が赤く光っていて、その、無線でΣの暴走事故って聞こえてきて! それで晴翔さんが……二人には内緒で確認に行くって言って……! わた、私に、絶対に話すなって!」
一気にまくし立てて、能彩が両手で顔を覆う。
「ほんとにごめんなさい……隠してたくて隠してたわけじゃなくて、でも、晴翔さんに言われたし、でもでも、危ないかもしれないし。私、どうすればいいか分からなくて……!」
しばらく、誰も喋らなかった。
……最初に動いたのは茜だ。
「……そうでしたか」
静かな声だった。
能彩にむかってにっこりと微笑み返す。
「分かりました。ありがとう、能彩さん。正直に話してくれて」
茜が無言のまま、壁際に立てかけてあったエルヴンボウを手に取った。
「あ、茜さん!?」
驚いて歩み寄る能彩。
「二人に知らせに行ってきます」
「え、ええっ!? あ、危ないですって! それに今から追いかけても……」
「もしかしたら、どこか途中で危ない目に遭ってるかも。だとしたら──私が助けないと」
弓をギュッと握りしめる。
拠点に来てからはめっきり使っていなかった。久しぶりに握る弓の感触は、どこかよそよそしかった。
「私も行く」
柚葉が床に置いてあったカバンに食料と水を乱雑に詰め込む。
「ゆ、柚葉!? 危ないから柚葉はここに……」
「——そういうの無しだから」
茜の言葉を、ピシャリと遮った。
「茜一人で行かせられるわけないでしょ。そりゃ、私は茜みたいに戦えないけど、周りを警戒したり荷物を持ったりくらいはできる。一人よりは少しはマシなはず」
話しながら、ゴムで長い髪をきゅっと縛る。
その目はいつになく真剣だ。
「……分かった。というか、もし断っても……だね」
「うん。勝手についてく。そんでたぶんゾンビに食われる」
その返しに、茜は小さく笑った。
「行こう。晴翔さんたちを助けに」
「うん!」
見つめ合う二人を見て、能彩はほんの少し羨ましそうに目を伏せた。それからすぐ、顔を上げる。
「あ、あの! 私はカメラと無線で、できる限り援護しますから……!」
茜と柚葉が揃って頷いた。
管理室のドアが、静かに開く。
◇ ◇ ◇
拠点を出てしばらくは、二人とも無言だった。
茜が前を行き、柚葉がその後ろを歩く。
柚葉はこまめに後ろや路地の奥を確認しながら、茜の背中を追った。
「──茜! 右前! えと、二時の方向!」
廃屋の陰からゾンビが一体、よろよろと現れる。
茜は足も止めず、流れるように弓を引いた。
弦が鳴り、矢がが風を切る。
それだけで、ゾンビはどうと倒れた。
また一体。また一体。
ゾンビは次々と現れる。
それでも茜の足は止まらない。
引いて、放つ。引いて、放つ。
無駄のない動作が繰り返される。
でも、その歩幅はだんだん大きくなっていく。
「……ちょっと、茜」
柚葉が小走りで追いついた。
「落ち着いて」
「……別に、焦ってなんて」
「顔、恐いよ」
茜が黙る。
「私たちがヘマしたら元も子もないよ。それこそ晴翔に迷惑かけちゃうから。焦らなくても、いつもの茜なら大丈夫だから。ね」
少し間があって、茜は立ち止まった。
息を一つ、ゆっくり吐き、小さく笑う。
「……ありがとう」
「どういたしまして、相棒」
柚葉がケロッと笑った。




