第80話 無闇に弄っちゃダメェ〜!
翌朝——。
「ふぁぁ。おはよー」
「おはようございます」
柚葉と茜が連れ立って管理室に入ってきた。
「おはよう。……おい柚葉、寝癖すごいぞ」
コーヒーを片手に思わず口が開いた。柚葉の髪が四方八方に爆発している。
茜はもう少し早起きだったのか、身支度はばっちりだ。二人の差が激しい。
「もー、別にいいじゃん。学校も無いんだからさ、朝くらいゆっくり寝かせてよ」
柚葉がもう一度盛大にあくびをしながら背伸びする。
「ダメだよ柚葉。学校が無いからこそ、自分でちゃんと管理しないと」
「はーい……」
茜に諭され、返事だけは素直だ。
そういえば、最初は柚葉に遠慮がちだった茜も、今じゃすっかり昔からの友達のように口を出す。まるでタイプの違う二人だが、意外と相性は良かったらしい。
「そいえば、晴翔早いね。何か用事?」
「……今日、フェリと一緒に少し遠くまで行ってくる。物資の確保も兼ねて、周辺の様子を見ておきたくて」
「えっ、危なくないですか?」
「なに? 近くの物資、無くなってきたの?」
二人が同時に不安な顔を見せる。
「いや、そういう訳じゃない。むしろ余裕のある今のうちに情報を集めておきたくて。もちろん無理はしない」
「それなら私も——」
茜が一歩こちらへ近づく。
「いや、おそらく泊まりになる。万が一のときは茜にはここを守って欲しいんだ」
「……でも」
「その方が、俺も安心して行ってこれる」
少しずるい言い方だとは思う。でも嘘じゃない。
茜はしばらく黙って、一度だけ顔を伏せた。それからいつも通りの笑顔を作って、顔を上げた。
「……分かりました。しっかりお留守番しておきます」
「助かる」
昨晩のうちに詰めておいたリュックを肩に掛ける。
中身はそれほどでもない。フェリと二人ならインベントリが使えるから、あくまでもフェイクだ。
「フェリ、行くぞ」
「ん」
声をかけると、フェリがソファーからぴょんと跳ねるように立ち上がった。
◇ ◇ ◇
拠点を出て、しばらく歩く。
この辺りまでくれば、もう能彩の監視カメラにも映らないし、拠点の窓からも見えない距離だ。
丁度その時、ザザッと無線が鳴った。
『晴翔くん晴翔くん。そっちは異常ない? 今どの辺? どーぞ』
柚葉だ。
「問題ない。商店街あたりまで来た。……てか、無闇に無線使うなって能彩に言われただろ」
『だってー! 急に遠くに行くって言うから、不安じゃん! てか”どーぞ”は? どーぞって言うことにしたじゃん。どーぞ』
「おもちゃじゃないんだ。遊んでないで、茜の洗濯物でも手伝ってこい。どうせサボってるんだろ」
『う……。わかったわよ。気をつけてね。どーぞ』
ぷつ、と無線が切れる。
やれやれと息をつく。
「……よし、この辺まで来ればいいだろ。フェリ、頼む」
「わかった」
フェリがこちらを一度見上げて、目を閉じた。
次の瞬間、小さな体が膨れ上がるように変化する。銀色の毛並みが空気を揺らしながら広がり、気づけばそこには巨大なフェンリルが立っていた。
俺の背丈まで優に届く体躯。銀白の毛は日の光を受けてわずかに輝いている。
勢いをつけて、フェリの背中に飛び乗る。
ここから朝日山基地まで歩いて行ったら一日や二日じゃ済まない。途中ゾンビとの交戦は避けられないだろうし、それに何よりダルい。フェリの足なら半日でつく。
「誰かに見られると厄介だから、人の気配には気をつけてくれ」
フェンリル姿のフェリが、ふんと鼻を鳴らして頷いた。
ヒヤリとした風を纏い、フェリが軽やかに駆け出す。
◇ ◇ ◇
「ちぇー。あーぁ、平和なのはいいんだけど、退屈なんだよねぇ。コンビニの雑誌も読み終わったし」
無線を切られた柚葉は椅子の背もたれにもたれて口を尖らせた。
管理室には柚葉ひとり。
茜は能彩と屋上で洗濯物を干している。正確には、放っておくと下着すら数日着続けようとする能彩を茜が半ば強制連行したのだが。
天井を見上げたままクルクルと椅子を回す。ふと、無線機に目が向いた。
「……そういえば、能彩ちゃんが使い方教えてくれたっけ。えっと、こっちがボリュームで、こっちが周波数……だっけ」
周波数のダイヤルをそっとつまんで、ゆっくり回す。
ザー……ザー……とスピーカーから白いノイズが流れ出す。時々、遠い誰かの声のような音が混じるが、何を言っているのかは分からない。
ダイヤルを進めるたびに音の質が変わる。低いうなり、高い電子音、また白いノイズ。どこかに人の声が埋まっているようで、なかなか掴めない。
「お。案外宝探しみたいで面白いかも……」
柚葉が夢中でダイヤルを回していると、管理室のドアが開いた。
「能彩さん。ブラウスはちゃんと伸ばしてから干さないと、そのままシワになりますよ」
「えー……。シワシワでも、ど、どうせ外に出るわけでもないですし」
「そういう問題じゃなくて……」
苦笑いする茜。
部屋に入ってきた能彩の視線が、柚葉に向いた。
「あ、あああっ! ゆ、柚葉さん! む、無線機を無闇に弄っちゃダメェ〜!」
能彩が慌てて駆け寄る。
「え? 大丈夫だって。周波数のダイヤル触っただけだし。元の番号も覚えてるから」
「そ、そうじゃなくて。古い上に、デリケートな子なんです。そんなに、グリグリしちゃあ……」
無線機をヨシヨシと撫でながら狼狽える能彩。
その時、スピーカーから突然、声が飛び込んできた。
『——繰り返す! 朝日山基地、応答せよ! こちら第七小隊、暴走したΣ-05と交戦中! 弾薬残量わずか、支援を要請する!』
ノイズを割くように、別の声が返ってくる。
『第七小隊、聞こえている。だが基地も現在対処中だ。昨夜の暴走事故の被害も甚大。支援の余力はない。自力で対処されたし——繰り返す、支援は出せない』
三人の目が無線機に釘付けになった。




