第77話 あんたが、やったのか
耳を澄ませた。
荷台の金属壁越しに、外の音を拾う。
呻き声。引きずるような足音。それらが——遠のいていくのがわかった。複数の足音が、同じ方向へ向かっていく。さっきの音に釣られたんだろう。
だんだん、遠くなる。
やがて。静かになった。
完全に物音が消えた。
俺は蒼に小声で「待て」と告げて、扉に手をかけた。ゆっくりと、少しだけ開く。外の光が細く差し込んだ。そこから外を覗き込む。
左右を確認する。駐車場。放置されたトラック。フォークリフト。どこにも動くものはない。
「……大丈夫だ、居ない」
蒼に向けて小声で言った。荷台の奥で息を潜めていた蒼が、微かな光を頼りにこちらへ這ってくる。
荷台から飛び降り、改めて、辺りを見渡す。
ゾンビは、いない。一体も。
「た、助かったんでしょうか」
「そのようだな」
「さっきの音は……爆発、ですか?」
「いや、違う」
爆発なら衝撃波や熱気がある。
あれはそういう音じゃなかった。もっと鋭くて──いや、分からない。
「……とりあえず、今のうちに動くぞ」
「はい」
壁に身を寄せながら、倉庫へ向かう。
ゾンビが全くいない。さっきまであれだけうろついていたのに、一体残らず消えている。あの轟音に釣られて集まったのか。
だとすれば、厄介だ——音がしたのは倉庫の方角だ。そこに集まられたとしたら、物資の回収は絶望的。
足が、自然と遅くなった。
蒼も気づいているのか、無言で俺の後ろにぴたりとついてくる。倉庫の外壁に手をつきながら、角を回る。搬入口が見えてきた。
そこで、俺は立ち止まった。
一瞬、思考が、止まった。
そこにあったのは、血だまりだ。
一つや二つじゃない。搬入口の前の地面が、赤黒く塗り替えられていた。
血の池の中に、ゾンビの体が折り重なっている。腕が、足が、胴が——バラバラだ。
(何だ……これは。まさか、Σか? いや、それにしては……)
死骸は、引きちぎられたんじゃない。明らかに切断されている。刃物で、それも途方もなく切れ味の良い何かで、一刀のもとに両断されたような断面だった。
倉庫のドアに目を向ける。
重厚な鉄扉。それが、今は見る影もない。
扉の中央から放射状に、金属が引き裂かれている。分厚い鉄板が、まるで紙を裂くように断裂し、その裂け目の縁が、鋭く反り返っていた。
切り口からして、内側からじゃない。外から、引き裂いたのだ。
──そして。
その前に、女が立っていた。
金色の髪が、風もないのにゆるやかに揺れていた。長身で、細く、色白。それでいて妙な存在感があった。
この荒廃した世界に、まるで場違いなほど整った顔をしている。血溜まりの中に立ちながら、服に一滴の血も浴びていない。表情は穏やかで、どこか遠くを見ているようだった。
手には──大きな袋を持っている。
俺は声をかけるべきか、逃げるべきか、それすら判断できなかった。隣で蒼が息を呑む気配がした。
「……まさか」
気づいたら、口が動いていた。
「あんたが、やったのか」
女がこちらを振り返った。
その目が俺を一瞥した。何の感情も持たず、ただ確認するような目だった。
「さあな」
それだけ言って、女は袋を肩にかけ、倉庫の中へと姿を消した。
「ま、待て」
慌てて一歩踏み出して——足元を見て止まった。
血だまりと、ゾンビの残骸が折り重なっている。直線で進める状態じゃない。
舌打ちしながら外周を大きく回り込んで、やっと引き裂かれた扉の前に辿り着いた。
近くで見ると、余計に現実感がない。
分厚い鉄板の断面が、溶かしたでも、捻ったでもなく、本当に刃物で裂いたように滑らかに切断されている。いったい何の仕業だ? まさかあの女……という事はないと思うが。
考えていても仕方がない。
裂け目の間から、倉庫の中に入った。




