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第76話 ……クソッタレ

 正門のゲートは、開いていた。


 中から逃げ出したのか、それとも誰かが外からこじ開けていったのか。……いや、理由はどうでもいい。俺たちはフェンス沿いに身を低くして、敷地の中へ滑り込んだ。


 広い。

 駐車場には大型トラックが何台も放置されていた。その合間を、ゾンビがゆらゆらと漂っている。まだこちらには気づいていない。風向きが味方してくれている今の間に、動く必要がある。


「室外は見通しが良すぎる」


 小声で後ろの蒼に言った。倉庫まで一直線に向かえば、途中で確実に見つかる。


「あそこから中に入れませんか」


 蒼が指差したのは、敷地の隅にある事務所棟だった。倉庫と渡り廊下で繋がっているらしく、そこを経由すれば屋内を通って倉庫に入れそうだ。


「行くぞ。音を立てるな」


 事務所の裏口は施錠されていたが、ガラスが割れていた。慎重に腕を差し込んでロックを外す。


 薄暗いオフィスの中は、思ったより物が多かった。デスクとデスクの間隔が狭く、通路も限られている。俺が先頭、蒼が後ろ。一歩ずつ、床の軋みを確かめながら進んだ。


 窓の外では、ゾンビがうろついている気配がある。ガラス越しに見える影が、ゆっくりと動いている。

 大丈夫だ、気づかれてはいない。このまま静かに抜ければいい。


 俺が通路の角を曲がった瞬間、袖がふいに引っ張られた。机の上の何かに、引っかかったようだ。


(──しまった!)


 とっさに視線を落とす。

 水筒だ。金属製の、ずっしりとした水筒。傾いて、転がりかけている。


 ──手が届かない!


 俺は息を止めた。飛び込めば届く位置だが──ダメだ、他に物が多すぎて何かに当たる。——水筒が机の縁を越えた。


 落ちる。


 間一髪──蒼の手が、横から伸びた。

 床スレスレで、指が水筒を掴んだ。かすかな風切り音だけがして、衝撃音は来なかった。


 三秒ほど、俺も蒼も動かない。

 窓の外の影も、止まっている。気づいたか——いや、動き出した。気づいていない。


 俺はゆっくりと息を吐いた。蒼がそっと水筒を床に置く。陶器を扱うような、慎重な手つきで。


(……すまん)


 口だけ動かして伝えると、蒼は無言で首を振った。


 先に進む。渡り廊下まであと十メートルほど。デスクの脇を抜け、棚の間を縫う。

 後ろを蒼が続く。足運びが丁寧だ。素人とは思えないが、俺の動きを真似ているのか。ちゃんと動き方を理解している。


 あと五メートル。

 蒼が慎重に足を踏み出した。体を横にして、狭い棚と棚の間を通り抜けようとした、そのとき。

 肘が、段ボール箱に当たった。

 棚の上から、箱が落ちる。中に何が入っていたのか、金属質の硬い音が事務所に響き渡った。


 止まった。

 俺も蒼も石になったように動けない。


 窓の外の影が、一斉に向きを変えた。一つじゃない。二つ、三つ。こちらに顔を向けている。


「……お互い様だ、気にするな」


「すいません」


 窓の外から呻き声が上がる。一つ、二つ。壁越しに、引きずるような足音が近づいてくる。


「走れ」


 小声で言って、駆け出した。

 廊下を抜け、扉を引く。外へと続く荷受け場のようだ。二人で中に飛び込み、扉を閉める。

 薄暗い室内に、荷物の山。フォークリフト。天井まで積み上げられたパレット。


 背後の扉越しに、もう足音が迫っていた。明らかに数が増えている。


「こっち」


 蒼が低く言い、駐車場側に続く搬出口を指差した。シャッターは空いている。

 外に飛び出すとすぐ脇に、荷台の開いたトラックが一台停まっていた。

 騒ぎに釣られたのか、駐車場の向こうからもゾロゾロと集まってくるのが見える。

 迷う間も無く荷台に飛び込み、内側からドアを引き閉めた。


 ……中は真っ暗だ。

 目が慣れないこともあり全く何も見えない。


 外からは呻き声が聞こえる。一つ、二つ、三つ——増えていく。

 開け方が分からないのか、ドアを叩く音が響く。鈍い、不規則な音が、金属の壁越しに響いてくる。


「……これ、まずいですよね」


「分かってる」


 荷台の中で二人、息を潜めた。出口はドア一枚だけ。開ければ即アウト。このまま待っていても、外のゾンビが減る理由がない。


「一か八か、ドアを蹴り開けて一気に走り抜けるぞ」


「危険……じゃないですか。外の様子からしてもう何十匹になっているか」


「迷っていたら数が増えるだけだ」


「けど」


 初めて、意見がぶつかった。

 蒼の言う事も分かる。確かに分の悪い賭けだ。二人同時に飛び出しても、まとめて取り囲まれるだろう。


「俺が先に出る。お前は隙を見て後から行け」


「でも、それじゃ野田さんが──」


「妹に、会いに行くんだろ」


 俺には……待ってる人なんて一人も居ない。

 ただの、損得だ。それだけの事だ。


 ドアに近づき、蹴り開ける態勢を取る。


(……クソッタレ)


 ──そのとき。


 外で轟音がした。

 聞いたことのない種類の音だった。爆発でも銃声でもない。何かが、重い金属が引きちぎられるような音。

 外のゾンビの呻き声が、ぴたりと止んだ。

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