第69話 私が、魔王だからだ
「ひゃっほー! 天然のシャワーだ!」
柚葉が躊躇なく屋上に駆け出した。──豪快に全裸だ。
「もちいー!」
雨を全身に浴びて、両手を広げる。
「あ、ち、ちょっと、待ってください。今、水の流れを切り替えますから」
能彩が慌てて雨どいの連結部分を操作する。タオルをしっかり巻いた姿で、手に持った工具で金具を操作する。
カチリ、と音がして──
水の流れがタンクから切り替わり、シャワーのように一点に集中して流れ落ちてきた。
「おおっ! 本当にシャワーになった!」
柚葉が歓声を上げる。
「ちょっと寒いけど、ギリ大丈夫かな」
「そ、そうですね。終わったら、早めに髪は乾かしましょう」
能彩も恐る恐る、シャワーの下に立つ。
「ひゃっ……! つ、冷たい……!」
「最初だけだよ! すぐ慣れるって!」
シャンプーを手に取って、泡立て始める柚葉。
「はい、能彩ちゃん」
「あ、ありがとうございます……」
かわるがわるシャンプーを手渡しながら、二人とも髪を洗っていく。
「能彩ちゃん、髪長いね。綺麗」
「そ、そうですか……? あんまり手入れしてなくて……」
「もったいない! ちゃんと洗ったら絶対サラサラ黒髪美人になるって!」
柚葉がボディーソープのついたタオルで能彩の背中を擦る。
「あ、ありがとうございます……自分で……」
「いいっていいって。自分じゃ洗いにくいでしょ?」
「そ、そうですけど……」
二人が並んでシャワーを浴びる風景は、この荒廃した世界では想像もできないほど平和だった。
……ふいに、能彩が小さく切り出した。
「あ、あの、柚葉さんたちは、随分と、その、仲が良いみたいですけど。ずっと一緒なんですか?」
「んー、私はつい最近知り合ったばっかだよ。茜と晴翔はそれより少し前みたい」
シャンプーを流しながら答える。
「そ、そうなんですか……」
「うん。避難所の学校で晴翔たちと出会って、一緒に旅に出たんだ。晴翔と茜への恩返しもあるし」
「恩返し……ですか?」
「うん。二人には色々助けてもらったから」
「へ、へぇ……。安全な避難所があったのに、外に出るなんて凄いです……」
能彩が感心したように頷く。
「まぁね。でも──」
柚葉が少し照れくさそうに笑った。
「実は……なんて言うか。ホントは、学校にいるよりも、晴翔と一緒の方が、なんか安心できるかもって思ったんだよね」
「え……」
能彩が目を丸くして聞き返す。
「た、確かに。晴翔さん、頼りになりますもんね。今日も物資をこんなにたくさん……」
「それもそうなんだけど」
柚葉が空を見上げる。雨が顔に当たった。
「晴翔、優しいんだ。困ってる人は絶対に見捨てないっていうか。まぁー、お人好しなだけで、別に私だけじゃなくてみんなに優しいんだけど」
「……」
能彩は黙って聞いていた。
「だから、一緒にいると安心するっていうか。守られてるっていうか」
「……す、好き、なんですか?」
能彩が、前触れもなく小さな声で訊ねる。
それに柚葉が少し黙った。シャンプーの泡を流す音だけが響く。
「……どうかな」
笑って誤魔化すように言う。
「でも、晴翔には茜がいるし。後から合流した私は邪魔しちゃダメだよね」
「そ、そうなんですか……。茜さんと晴翔さんって、そういう……」
「分かんないけど、茜は分かりやすいからね。晴翔のこと好きなんだろうなって」
「へ、へぇ……」
能彩が少し寂しそうに微笑んだ。
「能彩ちゃんは、誰か好きな人とかいた?」
「え、えぇ!? わ、私ですか!?」
突然話を振られて、能彩が慌てる。
「い、いないです! そ、そもそも人と話すの苦手で……れ、恋愛とか……!」
「そっか。でも、これから出会うかもよ?」
「む、無理です……! 絶対無理……!」
「あはは、そう言わないでさ」
柚葉が楽しそうに笑う。
「……ふふ」
能彩も小さく笑った。
「い、いいですね……。こういうの……」
「ん?」
「女の子同士で、こういう話……したこと、なくて……」
能彩が恥ずかしそうに俯く。
「じゃあ、これから色々話そうよ。能彩ちゃんも、もう仲間だし」
「……はい」
能彩が嬉しそうに頷いた。
雨の音だけが、静かに響いていた。
◆ ◆ ◆
マンションの浴室から、淡い光が漏れ出していた。
宙に浮かんだ魔法の光球が浴室を優しく照らし、湯気が室内を満たしている。
白い蒸気が立ち上り、天井に張り付いては雫となって落ちた。
「……どうして一緒に入るんだ?」
口を開いたのはロゼリアだ。
広い湯船にゆったりと浸かり、緋色の瞳で正面の遥を見つめる。
「いいじゃん。お風呂こんなに広いし。それに一緒の方がお湯も節約できるでしょ」
湯船の縁に腕を置いて、遥が答える。
「ていうか、ロゼリア、胸凄いね。細いのに胸だけそんなおっきいって……反則だよ」
「……そうか? 邪魔なだけだ」
無表情で返され、一瞬自分の胸に手を当てる。
「闘ってた時とか、動きにくくなかった?」
「そうだな。空中で闘うときなど、位置によってはたまに視界を遮る」
「あはは、それは困るね」
ピチョン、と天井から落ちた雫が浴槽に垂れた。
静寂。湯の揺れる音だけが響く。
「……ねぇ、こっちの世界はどう? せっかく来たのに、こんな状態じゃ、がっかりだよね?」
遥が少し真面目な顔で尋ねる。
「いや。それなりに満足しているぞ」
「この状況で!? だって、お城の暮らしに比べたらかなり不便でしょ!?」
「それでも」
湯気がロザリアの顔の前を流れた。
「今日は人間を何千人殺した、同胞が何千死んだ、そんな報告を毎日聞くよりは……余程良い」
「……」
遥の言葉が、一瞬止まる。
「……ロゼリアは人間が嫌いなの?」
今度は、ロザリアが少し黙った。
「……好きとか嫌いというのは、相手を知った後で生まれる感情だ」
湯船に身を沈め、肩まで浸かった。
「私は、個人的に関わりを持ったことのある人間などごく少数しかいない。好きも嫌いもない」
「じゃあ何でそんなに人間を、その……殺したの?」
言いにくそうに訊ねる声。
「私が、魔王だからだ」
淡々とした答えが返ってくる。
「周りがそれを期待したし、それ以外は許さなかった。それに、私がそうしなければ、より多くの同胞が人間に殺される。私一人の好き嫌いの話ではないさ」
浴室に沈黙が落ちる。
湯の音だけが響いた。
「ただ──」
宝石のような紅い瞳が、遥に向けられる。
「遥のことは好きだぞ」
「え……」
思わず頬が赤くなる。
「ロ、ロゼリア、イケメンすぎ。男だったらヤバかったかも」
「ふふ、それこそ勇者に殺されかねないな」
ロザリアは小さく笑いながら湯船から上がった。
「な、何でお兄ちゃんが出てくるのよ!」
遥がザバっと立ち上がり、湯を跳ねさせる。
「事実だろう。あの勇者、妹には甘そうだ」
「う……そ、それは……認める」
俯く。
「家族同士の喧嘩はドラゴンも食わんと言うぞ。程々にしておくといい」
「し、知らないっ! てか、何そのことわざ。ホントにあるの?」
「ふふ」
ロゼリアの口から小さな笑い声が漏れた。
釣られて、遥も笑う。
「でも、本当に良かった。ロゼリアに会えて。命を救ってもらったのも勿論だけど。なんだか……楽しい」
「……そうだな。私もだ。城に居た頃の、何ヶ月分の言葉を交わしたか分からない」
「えっ、ほんとに!? お城ってそんなにつまらないかったの? 一度行ってみたいなー」
「あぁ。機会があれば案内しよう──と、言いたい所だったが。そういえば、勇者との闘いで随分と派手に壊れたのだった」
「お兄ちゃーーん!」
遥の叫びが浴室にこだました。
魔法の光球が、優しく揺れている。
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