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第68話 遥……お前ら、何やってんだ?

 タンクの設置を終え、屋上で寝転がる。


 夕焼けにかかった空がどこまでも続いている。オレンジ色の光が街を優しく包み込んでいた。静かだ。ゾンビの唸り声も聞こえない。ここがゾンビだらけの世界だということを、一瞬だけ忘れてしまいそうになる。


「気持ちいいね……」


 柚葉が腕を枕にして呟く。


「そうですね」


 茜も穏やかに微笑んでいた。


「ん……」


 フェリはまた寝てしまったのか、寝息を立てている。


「そ、空。久しぶりに見ました」


 能彩も空を見上げていた。

 

 そういえば、異世界に行った最初の頃。

 空の広さに驚いた。見渡す限りの草原と、それを覆う無限の青。

 日本に居たら一生見れなかったと思った景色だったが……。


「こうやって見ると、日本の空も悪くないな」

 

 そう思った、その時だった。

 空の様子が、突然変わった。


「……ん?」


 視界の端、西の方に黒い影が広がり始める。

 雲だ。それも、ただの雲ではない。墨を流したように、みるみるうちに空を覆っていく。

 さっきまで澄み渡っていた夕焼け空が、瞬く間に暗く重い灰色に変わっていった。


「え……?」


 茜が起き上がる。

 風が吹いた。冷たい風。生暖かかった空気が一変する。


 そして──

 ポツ。


 頬に冷たい感触。

 ポツ、ポツ。


「えっ! ほら! 効いたでしょ! 雨乞い!」


 柚葉が飛び起きた。目を輝かせている。


「え、え? 嘘ですよね? あんなに晴れてたのに」


 茜が戸惑った顔で空を見上げる。


「お、おかしいです。雲一つ無かった……はず、です」


 能彩もオロオロと周りを見渡した。


(これは……間違いない。魔法だな)


 立ち上がって、空を睨む。


(天候を操る程の魔法となると、おそらく魔王の仕業だ。……遥。近くに居るんだな)


 けれど、辺りを探っても気配を察知することは出来ない。おそらく魔王が隠しているのだろう。あいつの魔力なら、この程度は容易いはずだ。


 ポツポツと降っていた雨が──

 一瞬にして本降りになった。


 ザアアアアッ!

 まるでスコールのようだ。叩きつけるような雨で視界が白く霞む。


「うわっ!」

「きゃっ!」

「ひゃっ!?」


 全員が悲鳴を上げる。


「中に入るぞ!」


 慌てて屋上の出口まで走った。ずぶ濡れになりながら、なんとか屋内に逃げ込む。


「す、凄い雨……! 雨乞い、効きすぎたかな」


 柚葉が息を切らしながら、扉の隙間から外を見ている。


「まぁ、冗談はおいといて、何なの? これ本当に自然現象? 日本でこんなスコール、見た事ないけど」


 驚いた顔でこちらを見る。


「そ、そうだと思うぞ。……ほら、車の排気ガスとエアコンの室外機が無くなるだけで地球の気温が数℃下がるっていうし。これだけの変化があったら、気候に影響があってもおかしくない」


 口からでまかせで誤魔化す。


「そう……ですよね。何もかも、これまでとは違うんですから」


 茜が神妙な顔で頷いた。

 いや、ごめん。適当なんだ。


「にしても、凄い勢い」


 柚葉の言うとおり、轟音で会話すらやっとな勢いの雨だ。屋上に叩きつける音が、まるで太鼓のように響いている。


「──あっ!」


 柚葉が何かを思いついたように手を叩いた。


「ね! シャワー! シャワー代わりにならないかな!」


 そう言って外を指差す。


「シ、シャワー、って、この雨の事ですか!?」


 能彩が驚いた顔で訊ねる。


「そうそう! どうせ誰も見てないんだし、いけるって!」


「で、でも、外ですし、さすがに無茶じゃ……」


 茜が慌てる。


「あ、あの。実は貯水タンクの雨どい、分岐出来るようにしてあって。き、切り替えれば、その、シャワーみたいにも出来ます」


「ほんと!? さすが能彩ちゃん!」


 柚葉が能彩の手を取って飛び跳ねる。


「ね! 晴翔、さっきの物資の中にシャンプーとかあったよね!? それとドライヤー!」


「あぁ。部屋に置いてある」


 使うかもしれないと思ってインベントリから出しておいて良かった。


「こっちに持ってきといて! 私達着替え取ってくるから!」


 そう言って階段を駆け下りていく柚葉。


「え、えぇ!? 本当にやるんですか?」


 茜が戸惑いながらもついていく。


「茜もたっぷりの水で髪洗いたいでしょ! あ、能彩ちゃんは強制ね。髪ベタベタなんだから」


「えっ、えぇ〜!? め、めんどくさ……」


「ダメ! 準備はやく! いつ止むか分かんないんだから、雨!」


 ドタドタと賑やかな足音が拠点内に響く。


「わ、私はやっぱり、後で洗面所で洗いますから」


 茜が顔を真っ赤にして柚葉に叫ぶ。


「……フェリも行ってきたらどうだ?」


 隣で眠そうに目を擦っているフェリの頭を撫でる。


「フェリは……いい。寝る」


「……そっか。とりあえず、ジャンプー取ってくるか」


 ずぶ濡れになった服の裾を絞ってから、管理室に向かった。

 外では、相変わらず雨が叩きつけている。


(遥……お前ら、何やってんだ?)

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