第66話 少し居場所らしいものが出来た
──翌日。
天気は快晴。
屋上には昨日運び込んだ物資が並んでいる。朝日を浴びて、タンクや配管が輝いて見えた。
「それじゃ、やりますよ……!」
今日は能彩が張り切っていた。手元には手作りの図面。細かい計算式やメモが書き込まれている。
「昨日はあんなに死んでたのに、元気だな」
「こ、これは私の仕事ですから……! 絶対に成功させます……!」
目が輝いている。昨日の疲労が嘘のようだ。
逆に、今日は逆に柚葉が難しい顔をしていた。
「えー……何これ? どこがどの向き? てか、こっちが上? 下? てか10°ってどれくらい? そんなん大体でいいでしょ?」
「だ、だめですよ! 面積あたりの取水量が最大になるように計算してあるんですから! そ、それに、風を受けた場合の抵抗とか……」
「はいはい、能彩ちゃんの言うとおり〜」
頬を膨らませて図面を能彩に押し付ける柚葉。
フェリは最初から諦めているのか、屋上を走り回って周りの景色を見ている。銀の髪が風に揺れていた。
「じゃあ、始めるか」
「は、はい……!」
能彩が図面を広げた。
◇ ◇ ◇
「は、はい、そっち……もう少し下げて……あ、あっ! 行き過ぎ……ち、ちが、戻して、あああっ!!」
「ちょっと! 能彩ちゃん、はっきり指示出してよ!」
「ごごご、ごめんなさい!」
「おいっ! そっち下げるな! 分からなくなるだろっ!」
屋上に俺と柚葉の叫び、それと能彩の困惑の声が響く。
能彩の指示の元、ブルーシートを張った雨受けを設置している。大枠は俺と柚葉で支え、細かな連結作業は茜が担当していた。
「晴翔さん、このボルトで止めればいいんですね?」
「あぁ、それで締めてくれ」
「了解です」
茜が手際よく工具を使って固定していく。
さすがお嬢様。電動インパクトなんて生まれて初めて見たらしい。けれど、持ち前の器用さであっという間に使いこなしている。
「能彩ちゃん、次どうするの?」
「え、えっと……図面の、3番と4番のパイプを繋げて……!」
「どれ!?」
「あ、あの、青いテープが貼ってある方……!」
「これ?」
「そ、そうです……!」
柚葉と能彩がパイプを組み上げていく。
フェリは早々に飽きたのか、持ってきた椅子の上ですうすう寝ている。小さな体が規則正しく上下していた。
「……よし、この角度で固定するぞ。茜、頼む」
「はい」
ガチャガチャと金属音が響く。
「能彩、これで合ってるか?」
「ちょ、ちょっと待ってください……! えっと、角度が……あ、あと2センチ……いや、3センチ……!」
「どっちだ!」
「2.87センチです……!」
「んな細かい寸法、手作業でできるかっ!」
思わずツッコミを入れる。
「ご、ごめんなさい……! で、でも計算上は……!」
「……まぁいい。微調整は後でできる。とりあえず固定しよう」
まるで文化祭の準備のような賑やかさが、他に物音ひとつしない屋上にこだまする。
時々笑い声、たまに悲鳴を混ざらせながら、作業は進んでいく。
太陽が高く昇り、汗が額を伝った。
「……はぁ、お腹空いた」
「もうお昼か。一旦休憩するか」
「賛成ー!」
柚葉が真っ先に手を挙げた。
ホームセンターで手に入れてきた(事にしてある)保存米と缶詰で、茜がチャーハンを作ってくれる。
IHヒーターの低火力で作ったとは思えないクォリティの仕上がりに、全員が無言でがっついた。
◇ ◇ ◇
「よし、最後だ。雨どいをタンクに繋げるぞ」
「は、はい……! 慎重に……お願いします! 漏れると台無しなので」
能彩が緊張した面持ちで見守る。
「……よし、入った」
音がして、パイプがタンクの注ぎ口に嵌まった。
「……はい! オッケーです! じ、じぁ……流してください!」
「いくよー!」
柚葉がペットボトルの水をブルーシートの雨受けに流す。
水が一箇所に集まり、雨どいを通ってタンクの中へと流れ込んでいく。
トトトトトト。
「……流れてる」
「成功です……! 一滴も零れずに入ってます!」
能彩が飛び上がって喜んだ。
能彩の正確な図面のおかげで、途中昼飯を挟みつつ夕方前には完成した。
「やったー!」
柚葉が両手を上げる。
「お疲れ様でした!」
茜が笑顔で拍手する。
俺も、ホッと息をついた。
「能彩ちゃん、ハイタッチ」
「え、あ、は、はい……!」
柚葉と能彩がパチン、と手を合わせる。能彩が嬉しそうに笑った。
「……ん……おわった?」
フェリがようやく起きてきて、大きく欠伸をしながら眠そうに目をこする。
「完成したよ、フェリちゃん!」
柚葉がフェリを抱き上げて、くるくる回る。
「はぁー、汗かいた! これで今日から水気にしなくて洗濯も出来るねー」
「あ、えと。そ、それはタンクに水が溜まってからです」
能彩がタンクを指差す。
「……え?」
「まずは雨が降ってくれないと」
「マジ? いつ降るの、雨?」
「さぁな。天気予報も無いし、わからないな」
俺も空を見上げながらぐるりと360°見渡してみる。
少なくとも、今日は快晴だ。青く澄んだ空が広がっている。
「うそぉー! 雨雨降れ降れー!」
柚葉が変な踊りを始めた。腕をぐるぐる回して、ジャンプして、意味不明な動きを繰り返す。
「な、何ですか、それ?」
茜が困惑した顔で訊ねる。
「雨乞いの儀式だよ! ほら、茜も一緒に!」
「え、えぇ!?」
柚葉が背後から茜を抱え込んで、無理やり変な踊りをさせる。
「ちょ、ちょっと、柚葉……!」
茜が真っ赤になって抵抗するが、柚葉は止まらない。
隣では、フェリが訳もわからず真似している。ぴょんぴょん跳ねて、腕をぐるぐる回していた。
その様子を見て……
「ふふっ……」
能彩が小さく笑った。
「……悪いな、騒がしくて」
「……い、いえ。こういうのも……悪くないな、って」
この荒廃した世界で、少し居場所らしいものが出来たと、そう思った。




