第65話 ……能彩? 死んだ?
「ただいま」
管理室のドアを開けると、能彩が椅子から飛び上がった。
「お、おかえりなさい……! だ、大丈夫、でしたか!?」
「あぁ。荷物が多くて結構大変けど、どうにかな」
柚葉が奥から顔を出す。
茜もすぐに駆け寄ってきた。
「晴翔さん、フェリちゃん、お疲れ様です。怪我はありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「ん。だいじょうぶ」
フェリが元気に頷く。
「で、ど、どうでしたか……? 材料、見つかりました……?」
能彩がおずおずと訊ねる。不安そうな顔だ。
「あぁ。ちょっと見てくれ」
ビルの入り口まで案内する。そこには──
「え……」
「うそ……」
能彩と柚葉が息を呑んだ。
ショッピングカートが五台。それぞれに物資が山積みになっている。ブルーシート、配管用のパイプ、金具、工具類、そしてペットボトルの段ボールが何ケースも。
さらに、カートを紐でまとめた上に、巨大なポリタンクがドンと載っていた。
「ちょ、ちょっと……こ、こんなに……!?」
能彩が目を丸くする。
「よくこんなに持ってこれたね……! 二人だけで……!」
柚葉も驚いた顔で、カートの山を見つめている。
「歩道じゃなくて車道を歩けたからな。段差もないし、意外と楽だったよ」
適当な言い訳を口にする。
実際には、監視カメラに映らないビルから少し離れた場所で、インベントリから物資を取り出してカートに詰め込んだだけだ。正直、ほとんどの時間はそれに費やした。荷物を運んだ距離なんて、たかが知れている。
「晴翔さん、本当にお疲れ様でした。フェリちゃんも」
茜が労うように微笑んでくれた。
「すごい、すごいです……! これだけあれば、た、タンクの設置も余裕で……!」
能彩が興奮気味に物資をチェックし始める。
「じゃあ、あとは皆んなで運ぶか」
「は、はい! ……運ぶ? ……屋上まで……ですか……?」
能彩の顔が青ざめた。
「当たり前だろ。屋上に設置するんだろ?」
「は、はい。ででで、でも、どうやって?」
「いや、それは俺が聞きたいけど。エレベーター、使えるのか?」
「い、いえ。電力的に、厳しいですね」
フルフルと首を振る能彩。
「え? てことは……」
柚葉と茜も顔を見合わせて固まる。
◇ ◇ ◇
──そして、地獄が始まった。
「うぅ……お、重い……」
能彩が悲鳴を上げながら、水のタンクを持ち上げようとしている。もちろん、持ち上がっていない。
「ちょっと、そっち上げて! 能彩ちゃん!」
「む、無理です……! 腕が……!」
「いけるって! はい、気合い入れて!」
柚葉が妙に張り切って指示を飛ばしながら手伝っている。意外とこの状況を楽しんでいるらしい。
茜は黙々と物資を運んでいた。息を切らしながらも、一往復、また一往復と着実にこなしていく。真面目な性格が出ている。
「ハルト、フェリもてつだう」
フェリは比較的軽い荷物を抱えて、軽快に階段を登っていく。こいつにとって、この程度の階段の上り下りは、準備運動にもならないだろう。
「……フ、フェリちゃん。す、ごい、体力、だね」
「うん。ノアもがんばって」
タンクに押しつぶされそうになってる能彩の脇をヒョイっと避けて走っていった。
「子供は元気だなぁ」
関心する柚葉。
「ほら、お前らも俺みたいなおっさんに負けるなよ」
俺も配管パーツを抱えて階段を上る。五階まで。何往復したか分からない。
「もう……無理……」
能彩が階段の踊り場で倒れ込んだ。
「まだあと三往復はあるよ! 頑張って!」
「む、無理です……! 私、もう……!」
「大丈夫ですよ、能彩さん。ゆっくりで良いので、頑張りましょう!」
上から降りてきた茜が優しく声をかける。
こういう笑顔の圧が、案外一番キツかったらするんだよな……断り辛いし。
──
物資を運び終えた頃には、全員が力尽きていた。
管理室に戻り、クーラーの効いた部屋で床に転がる。
「……つ、疲れたぁ〜」
「……同じく」
柚葉と茜が息を切らしている。
能彩は完全に死んでいた。仰向けになって、天井を見つめたまま動かない。
実は、全員にバレない程度に補助魔法をかけておいた。実際にはとても女子が運べる重さじゃなかったからな。それでもかなりキツかったはずだ。
「おつかれ。ほら、冷えたコーラ、あるぞ」
冷蔵庫から、事前に入れておいたコーラを取り出す。ショッピングモールにあったのを、さっきの物資に混ぜておいたやつだ。
「コーラ……!」
柚葉が飛び起きた。
プシュッとキャップを開けて、皆に配る。
「……ぷはっ。生き返る」
一気に飲み干した柚葉がソファーに勢いよく腰を下ろす。
「美味しい……」
茜も小さく笑顔を見せる。
「なんか、労働したって感じするねぇ」
柚葉がキラキラした顔で言った。妙に充実感があるらしい。
「ん。たのしかった」
フェリも楽しそうだ。
茜もやり切った顔で、静かにコーラを飲んでいる。
能彩は──反応がない。
「……能彩? 死んだ?」
「……い……生きてます……」
かろうじて声だけが返ってくる。
その後、夕飯を食べて眠った。
能彩は食事中も放心状態だった。フォークを持つ手が──震えていた。




