第64話 お家ってお店で売ってるの?
「フェリ、こっちの世界も少しは慣れたか?」
尻尾を振りながら隣を歩くフェリに話しかける。
「うん。ハルトの世界、すごい。なにあれ、もにたー? かめら? 魔法みたい」
フェリがぴょんと小さく跳ねてこっちを振り返る。銀の耳がぱたぱたと揺れた。
「あぁ、こんな事態じゃなけりゃ、もっと面白い物色々見せてやれるんだけどな」
そう言って、何も映っていない街頭の大型ビジョンを見上げた。液晶は割れ、フレームだけが虚しく残っている。
──能彩の拠点に合流させてもらって、三日日が過ぎた。
最初は緊張しまくっていた能彩も、柚葉の強引なコミュ力と茜の細やかな気遣いで、翌日には自然と皆でテーブルを囲むようになっていた。
昨日なんかは能彩が自分から「こ、このカメラはですね……凄くて、赤外線が──!」と設備の話を茜に熱弁し始めていたので、まぁ大丈夫だろう。
初日は管理室に全員で寝袋を敷いて寝たが、他の部屋も片付けて五階全体を拠点エリアに拡張した。
電力の問題もあり、管理室は寝室、隣のオフィスは荷物置き場……など少しずつ形も見えてきた。
……で、問題が発覚したのは今朝の事だ。
◇ ◇ ◇
「み、皆さん! たたた、大変です!」
能彩が深刻な顔で声をかけてきた。
「あ、あの……ちょっと、深刻な問題が……」
「どうした?」
「み、水が……足りなくなりそうで……」
「水? ウォーターサーバーか? あ、ホントだ。ボトル交換しないと……」
「そ、それじゃなくて……生活用水です」
能彩が、ビルの状態をモニターする画面を指差した。そこにはグラフが出ており、一昨日あたりから急激に数値が落ちている。
「私一人だったから全然余裕だったんですけど……」
能彩の視線が、柚葉の方へそろそろと向いた。
「……なんで私を見るの?」
「え、あ、その……」
「柚葉、何かやったのか」
俺が問いかけると、柚葉が慌てて首を振った。
「えぇ!? 別に何も! 水でしょ? 歯磨きして、顔洗って、それと洗面所で洗濯と、あとバケツに貯めて髪洗って……」
「うぉい! 何やってんだ! めっちゃ使ってんじないか!」
「だって能彩ちゃんが別にいいって言ってたし!」
「い、言いましたけど……私もまさかそんなに使うとは……」
能彩が俯く。
「というか能彩、お前はどうしてたんだ」
「わ、私は……えっと、あまり、お風呂とか、洗濯はしてなくて……」
「あまり?」
「……ほとんど、してませんでした」
能彩の目が白々しく窓の外に向けられる。
そういえばやたら髪がテカテカしてると思った。
「ま、まぁ、一人だったので! べべ、別に着替えさえあれば問題なくて! 貯水槽の節約にもなってたので……これでいっか、みたいに思ってて!」
「なるほどな。これまでは一人だったから余裕があったんだろ。それが一気に五倍近くになった、と」
「は、はい……。使用量も丁度そのくらいになってしまってますね……」
計算するまでもない。当然の話だ。
「節水が必要だな」
「えー! この後、身体とか拭こうと思ったのに!」
柚葉が声を上げる。
「確かに、衛生面でも飲み水の面でも、水の確保は重要ですね」
茜が冷静にまとめた。
「まぁ、確かに。住ませてもらってる以上、俺たちで何とかするしかないか」
俺の言葉を受けて、能彩の表情がパァッと明るくなった。
「ホ、ホントですか! じ、じぁ、あの……一つ、提案があって」
能彩がおずおずと天井を指差す。
「屋上に、雨水を貯める収水タンクを新たに設置できれば……と思ってたんです! 月の降水量から計算すると、かなりの水量が確保できるはずで……! 飲料用には浄化が必要ですけど、生活用水なら十分で……!」
さっきまでのシュンとした様子が嘘のように、目が輝いている。
「材料さえあれば、設置は私ができます……! た、たぶん……!」
「たぶん?」
「やった事は無いですけど、く、九割方……大丈夫、な、はずです!」
「分かった。材料を調達してくるから、必要なものをメモしてくれ」
◇ ◇ ◇
……という事で、急遽物資確保に出たという訳だ。
茜には拠点の防衛を任せた。
幼いフェリがいると万一の時に茜一人では守りきれないかもしれない──という、我ながら強引な理由をつけて、俺とフェリで外に出た。
本当のところは、フェリが異世界バレするんじゃないかと心配して、連れてきただけだが。
「で、ハルト、今どこに向かってるの?」
「あぁ……それなんだけどな」
こないだショッピングモールで大量に物資を入手してあるが、まさか貯水槽を作るとは思っても無かったし、いくつか足りない物がある。
「ホームセンターだ。タンクと配管の部材が揃ってるはずだ」
「ほーむせんたー?」
フェリが復唱する。最近こういうことが増えた。新しい言葉を一つ一つ覚えようとしているらしい。
「大きな店で、家を直したり作ったりするための道具や材料が売ってるところだ」
「すごい、ハルトの世界だと、お家ってお店で売ってるの?」
「違うぞ」
フェリが指を咥えながら首を傾げる。いまいちピンと来てないのだろう。
「とにかく……お、見えたぞ」
「すごい、おおきなお城」
道を曲がると、その先に大型の倉庫型店舗が見えた。
駐車場からすでに何体かゾンビがいるようだ。
辺りに人の気配がないことを確認し、バットで適当に片付けながら店の中に入る。
──
店内は……かなり荒れていた。
棚はほとんどが空。日用品や工具など、運び出せるものはきれいに消えている。床には踏み荒らされた跡、引き倒された陳列棚。大勢が必死に物資を漁っていったのだろう。
「なにも、ないね」
「そうだな」
フェリが店内に残っていたゾンビを氷魔法で軽く片付ける。小さな手から放たれた冷気がゾンビを瞬く間に包み込み、ピシリという音とともに氷漬けにした。
「ただ、探してたのはそういう細かいのじゃなくて……お、あった」
野外の売り場に置かれた大きなタンクを指差す。
農家の人とかが使う貯水用の大型タンクだ。
「おっきな……箱? これがお家?」
確かにフェリならスッポリ中に入れてしまうサイズだな。
「いや、これに水を貯めるんだ」
首を傾げるフェリを横目に、イベントリの逆目をグッと広げて、中へポイッと。
その後、ブルーシートや雨どい、角材、それとペットコーナーで、熱帯魚の濾過装置用のフィルターなど、メモにあった物を次々とイベントリへ放り込んだ。
「……よし、思いの外順調に揃ったな」
メモに付けたチェックを確認しながら辺りを見渡す。探していたのが大きな荷物ばかりだった為か、殆ど持ち出されずに残っていた。
まぁ、この事態で雨どいを担いで逃げる人は居ないわな。
「あとは……」
エスカレーターの横に、大型のショッピングカートが数台、転がっているのが目についた。
「よっしゃ、これで完璧だ! フェリ、帰るぞ」
「ハルト、これも、もってっていい!?」
フェリが持ってきたのは、何だかモチモチした恐竜のぬいぐるみ。まん丸でつぶらな目玉と、空いた口が何とも緩い雰囲気だ。たぶん……茜も好きそうだな。
「あぁ。貰っていくか」
ぬいぐるみを頭の上に掲げて喜ぶフェリを連れ、ホームセンターを後にした。




