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第63話 機械とビルとだけ向き合って生きてきたんですよ

 能彩がパンを食べ終わり、静まり返った室内を支配するのは……沈黙。


 皆が黙る。能彩も黙る。


「……へ?」


「は?」


「え? な、何ですか……?」


「いや、何と言われても……」


「あ、あの、もう出て行ってもらえますか」


 能彩がオロオロとし始めた。

 まぁ、確かに。食料も渡したし、約束は果たした。話としては終わりだ。


 けれど……。

 改めて部屋を見渡す。

 モニタに映る周辺の監視映像。よく冷えたウォーターサーバー、モーター音の聞こえる冷蔵庫。

 清潔なカーペットに、フカフカとしたソファー。


 そして──


「……そういえば、冷房、効いてるのか」


 さっきは気づかなかったが、確かに、室内は涼しく快適そのもの。


「あ、はい。なんなら、空気清浄機もあります」


 部屋の隅では、何だか高そうな黒い箱がウィンウィン音を立てている。


 ……良いな。


「なぁ、能彩。ここ、良いな。お前一人で立ち上げたのか? いや、凄いよ」


 それを聞いた瞬間、能彩の顔がパァッと綻んだ。


「そ、そうでしょう!? 大変だったんですよ! 屋上のソーラーパネルの出力が限られてるんで、優先回路を独自に組んで、冷暖房と監視システムに電力を集中させて! 後は予備回路で動かしてるんです! 他のフロアは完全に遮断してあって、おかげで計算上はあと半年は安定稼働できる見込みで! 配線の引き直しとか、制御盤の設定変更とか、普通の人には絶対分からない作業を全部一人でやり遂げたんですよ!?」


 目が輝いている。

 さっきまでのオドオドが嘘のようだ。好きな話題になると別人になるタイプか。


「そうかそうか。──じゃ、せっかくだ。俺たちも暫く居ていいか?」


 茜たちが俺を見る。

 饒舌に喋っていた能彩が、ピタリと固まった。


「……へ? ど、どういう意味ですか?」


「だから、せっかく良いところだから、皆んなで使おうぜ、と」


「……ままま、待ってください! むむむむむ、無理むり! 無理ですって! 私、元々人と関わるのが苦手すぎて! だからこの仕事してたくらいで! 機械とビルとだけ向き合って生きてきたんですよ!? そ、そんな急に四人も!」


「別にこの部屋にいなくても、五階にまだ何部屋かあったろ? 階段のところのシャッター下ろせばゾンビも入ってこれないし、プライベートもばっちりだ」


「そそそ、そんな事言ったって! 無理なものは……」


「食料、どうするんだ?」


 俺の言葉に、能彩はピクリと固まった。


「一階のコンビニにはまだ少しあるのかもしれないけど、そのあとは?」


「そ、それは……」


「ちょっと、晴翔さん。それじゃまるで脅しですよ」


 茜が静かに釘を刺す。


「……まぁ、確かに」


 俺も素直に引き下がる。

 茜が能彩の方を向いて、柔らかく微笑んだ。


「能彩さん、私たちも突然すぎましたよね。ごめんなさい」


「あ、い、いえ……」


「ただ、一つだけ聞いてもいいですか。一人でここにいて、怖くないですか?」


 能彩が口を閉じた。

 モニタが静かに切り替わる。廊下、階段、路地。どこも薄暗く、当然人影は無い。


「……怖く、ないとは言えないです」


 小さな声だった。


「夜が特に……。カメラで映像は見えるけど。時々聞こえてくる呻き声とか。……どこか、わからないし……。だ、だから。イヤフォンで、耳を塞いで……」


 誰も何も言わなかった。

 能彩がメガネを押し上げて、モニタを見つめる。


「……あ、あの」


「はい?」


「の、乗っ取ったり……し、しない、です……よね?」


「もちろんです。ここは能彩さんの場所です。出て行けと言われたら、すぐに出ていきます」


 茜の言葉に、全員同時に頷く。


 いや、茜。大した説得術だな。

 やってる事は俺と大して差は無いはずなんだが、美少女が優しく微笑むとこうも結果が変わるものなのか。

 何にしても、ナイスだ。


「家賃代わりとして、食料や物資はこっちで用意する。悪い条件じゃないだろ?」


 一気に追い打ちをかける。

 能彩は俯いて黙り込んだままブツブツと何かを呟いている。


「あ、あの……その、そ、外に、欲しい物がいくつかあって。それがあれば、その、ここももっと良くなる……かなっ、て。そそ、そういうのも、お願いしたり……とか?」


「あぁ、物によるがなるべく協力する」


「……協力。へへ……。わ、わかりました。じゃぁ、よ、よろしく。です」


 能彩が困り果てた顔のまま、それでも小さく頷いた。


「やった! それじゃ、さっそく親睦を深めるためお菓子パーティーしようよ! 晴翔、お菓子探してきて!」


 柚葉がソファーにぴょんと腰を下ろした。


「おかし、たべる!」


 フェリもそれに続く。


「ちちち、ちょっと! そういうのは……あっ! そこ、配線、踏まないで〜!」


 能彩が慌てて二人に駆け寄る。


 少し申し訳ないことをしたな……と思いつつ茜を見ると、彼女も同じように苦笑いをしながら俺を見た。

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