第62話 圧倒的にサバイバルが向いていない
ディスプレイに映された映像を見る。
「監視カメラ、か」
「そそ、そうです! このビルの管理室から映像引いてて……! ビル内と周辺に設置されてるカメラが、全部ここで見られて……あ、え、えっと、不審者みたいに思わないでください! お、お仕事なんで……!」
能彩が両手をブンブン振る。
モニタの一つに──電話ボックスが映っていた。
「あれ……さっきの。それで分かったんですね」
茜が画面を指差す。
「そ、そうです……! こ、これで見てて……あ、あの、別に見張ってたとかじゃなくて……! た、たまたま映ってて……! ほ、本当にたまたまです……!」
「……分かった。落ち着け」
「す、すみません……!」
能彩が頭を下げた。
「あ、改めて……な、名前! の、海江 能彩です……! 能彩、って呼んでもらえると……その方が、えへへ、呼びやすいと思うので……! あ、でも、馴れ馴れしいかったら、海江さん、でも全然……どっちでも……!」
一人であたふたする能彩を見て、全員が顔を見合わせた。
「俺は晴翔、こっちは茜と柚葉。二人とも女子高生だ。それとフェリ」
皆がそれぞれに短く挨拶を交わす。
「……それで、能彩はここで何を?」
「は、はい……! 私、このビル全体を管理するのが仕事で、ビ、ビルメンというやつです。だから、カメラの場所も、電力の系統も全部把握してて……! だから、だから、皆んなが避難した後も、ここが絶対に一番安全だって分かってたんで……!」
「つまり、籠城してたのか、ずっと一人で」
「そ、そうです……! 電力をこの五階に集中させて……! 屋上にソーラーパネルがあるので、自家発電で動いてて……! 階段のゾンビも自動ドアのロックで止めてたし、カメラでずっと監視してたし……! た、たぶん、籠城するだけなら世界で一番安全な場所だと……自分では思ってたんですけど……!」
少し慣れてきたのか。話し方に辿々しさが無くなってきた。
とはいえ、少し得意げに語ったかと思えば、最後に急に自信がなくなったのか、語尾がしぼんだりと、感情の起伏が忙しい奴だ。
「で。そんな安全地帯から、なんでわざわざ電話してきたんだ」
能彩が視線を逸らす。
「……た、食料が……尽きてきて……」
ソファー横のテーブルには、うず高く積まれたカップラーメンの空容器。それにパンやおにぎりの空袋。
「それで、外のカメラに映った俺たちを見て、声をかけたのか」
「は、はい……。こ、これまでも、何人か人は通ったんです。で、でも、皆さんなんていうか、よ、余裕? が無さそうで、怖くて」
まぁ、この状況なら無理も無いだろ。
「俺たちは余裕そうに見えたのか?」
「はい、とても!」
そこはハッキリと、満面の笑みを浮かべて返答するんだな。
「み、みなさん、笑顔でしたし、小さな女の子もいたので。それで、あの電話。ここのビルに繋がってるやつで……だ、だから、電気もあるし、繋がったんです……!」
「……なるほどな」
状況も、目的も分かった。
嘘はついていなさそうだし、そもそも悪い奴にも見えない。
「あ、あの……ほんとに、来てくれてありがとうございました……! あのまま無視されてたら、たぶん、もう終わりだったので……!」
頭頂部が見えるほど深く、空を切る勢いでお辞儀をする。
そんな能彩を見て、みんな小さく笑みを浮かべ、肩の力を抜いた。フェリまで、口元がわずかに緩んでいる。
「とりあえず、食料だったな」
ソファーにカバンを下ろして、中からパンと水を取り出して渡した。
「おおおぉ……! か、神様仏様〜……!」
涙を溜めて、パンを握ったまま小躍りする。震える手で袋を開けると、そのまま頬張るように噛みついた。
「よっぽどお腹すいてたんだね」
柚葉がポケットから飴を取り出して渡す。能彩が両手で、まるで宝物を受け取るように有難く受け取った。
「はい……! も、もう三日前から一日一食で……!」
「……その前は?」
「普通に三食食べてましたけど」
確かに、部屋を見ると、空のカップラーメンやお菓子の袋が詰められたゴミ袋が、それなりに積み上がっている。普通の一人暮らしを想定しても、ちょうど二週間分程の量だ。
こいつ、ほんとに普通にガッツリ飯食ってたんだな……。
「……もう少し計画的に食べたらよかったんじゃないか?」
「い、一階のコンビニに食べ物は結構あったので……! そ、それで油断してたら、ゾ、ゾンビが入ってきて取りに行けなくなって……!」
「何でもっと早く運び込んでおかなかったのさ?」
柚葉が尋ねる。
「だ、だだ、だって、ここ五階ですよ……! そ、そんなに一日に何往復も……む、無理です……!」
これだけの会話で、静かに納得した。
あぁ、分かった。
こいつは、圧倒的にサバイバルが向いていない。外に出ていたら三日と持たなかっただろう。
……とはいえ、この部屋の設備。
カメラの監視も、電力の管理も、扉での防衛も完璧だ。簡易キッチンに備え付けられた冷蔵庫や電子レンジも動いている。
これだけの環境を一人で整えたのか……。
能彩がパンを食べ終わるのを、皆が無言で待った。
モニタの映像が静かに切り替わる。街の景色、階段、路地。外はいつもと変わらず、ゾンビがゆっくりと徘徊している。
「……ごちそうさまでした」
能彩が丁寧に手を合わせて、空になった袋を……ゴミ箱に投げ捨てた。




