第61話 ゾンビ、べつにそんなつよくない
ビルの入り口には、予想通りゾンビが群がっていた。数は十体ほど。電話の音に引き寄せられたのだろう。ボロボロのスーツやワンピース姿で、力なくよろめきながら入り口前を塞いでいる。
「やっぱり、多いわね。どうするの?」
柚葉がビルの角から顔を覗かせながら俺に問いかける。
「……いつも通りいくぞ。茜、援護してくれ」
担いでいたリュックを下ろし、手にバットを握る。
風の強化魔法を施した、いつものやつだ。
「分かりました。気をつけてください」
茜もエルヴンボウを構える。
「ち、ちょっと待って! え、あの数のゾンビ相手にそれで行く気!? 前はたまたま──」
慌てふためく柚葉にフェリを預けて、角から駆け出す。
まずは一体目。
バットを振り抜くと、風魔法で強化された一撃がゾンビの頭部を直撃した。
ドゴッ!
鈍い音と共に、ゾンビの体が宙を舞って吹き飛ぶ。飛距離は三メートルほど。まぁ、それなりに調整は出来てきたか。
二体目、三体目が襲いかかってくる。バットを横薙ぎに振るい、二体まとめて弾き飛ばした。
ヒュッ──
空気を切る音。茜の矢が四体目の頭部を正確に貫く。
五体目、六体目を連続でバットで叩き潰す。頭蓋が砕ける感触。これは未だに慣れない。
残り数枚。
茜の矢が二体を仕留め、残りに向かって俺がバットを振り下ろした。
最後の一体が倒れる。
静寂。
「う、うそ」
柚葉が驚いて固まっている。
「ゾンビ、べつにそんなつよくない」
フェリが平然と呟いた。
「え、そんな訳……ない、わよね」
柚葉がガックリと肩を落とす。
「皆んなビビって腰が引けてるだけだ。格闘技経験者なら誰だってこれくらいやれるはずだ。ほら、行くぞ」
柚葉の元に戻り、なんて事ないふりをして荷物を担ぐ。内心は、怪しまれないかドキドキだ。
「晴翔さん、格闘技もやってたんですか? 野球に弓道に……本当に多趣味ですね」
茜がキラキラした目で俺を見る。
あ、ヤバい。野球だったか?
「か、かじった程度だけどな」
口を開けたまま固まる柚葉の肩をポンと叩いて、ビルの入り口へと向かった。
◇ ◇ ◇
ドアを開けると、薄暗い廊下が続いていた。
非常灯が点滅している。電気が……通ってるのか?
「おーい、能彩ー? どこー?」
柚葉が声をかける。
しばらく待つが、返事がない。
「……確か五階って言ってたな」
階段に足をかけた瞬間──
「オオォ……」
二階の廊下から、ゾンビが現れた。一体、二体……か。
「中にもいたか」
「私が──」
茜が弓を構えようとする。
「いや、俺がいく。こんな狭い場所で弓は無理だ」
本当はエルヴンボウなら問題ないんだけど。射線によってはビルの壁を貫通してしまうからな。壁中の配管でも壊したら厄介だ。
バットを構えて階段を駆け上がる。
一体目に接近。バットを振り抜くと、ゾンビの頭部が砕けた。二体目も続けて叩き潰す。
「よし、行くぞ」
三階、四階と進む。数は多くないが、フロアのたびに一体二体と現れた。建物に入り込んでいたようだ。
そして、五階に到着。
廊下の奥、一番端の部屋だけがっしりと鉄の扉が閉められている。おそらくあそこだ。
近づいて、ドアをノックする。
「おい、能彩、いるか?」
「あ、は、はい! 今開けます……!」
ガチャガチャと鍵を開ける音。何重にもロックされていたらしい。随分と厳重だ。
ドアが開く。
中から顔を見せたのは、俺より少し年下と思われる女性。
黒い長髪。大きな丸メガネ。ボロボロのパーカーとジーンズ。
痩せ細った体。顔色は悪く、目の下にはクマができている。
「どどどど、どぅぞ! 散らかってますが!」
そう言って部屋の中へと招き入れてくれた。
中は、こぢんまりとしたオフィスだった。
白い壁、グレーのカーペット。部屋の端には観葉植物。
ウォーターサーバーや、ソファーが置かれた休憩スペースもある。部屋自体はありふれた造りだ。
──壁際の白い机の周りを除いては。
床には這い回るケーブルの数々。それが何台もの端末を繋ぎ合わせている。稼働状態を示すランプが無数に点滅し、ファンの回転音が絶え間なく聞こえる。
そして何より目を引いたのは、机に並んだ複数のモニタだった。五台、六台……いや、もっとある。それぞれに、景色が映し出されている。ビルの入り口、廊下の突き当たり、階段、そして屋外の路地。
周囲の景色を次々と映し出していた。




