第60話 なんだよコイツ、めんどくさいな
「……もしもし」
『あ、あの……! こ、こここここ……』
こここ?
受話器の奧から変な声が聞こえてくる。
何だ? 通信ラグで固まってるのか?
いや、電話でそんなことあるか?
『こん、こんこんこん』
……キツネ?
『こん、こんにちは。やっと出てくれた……』
震えた女の声。若い女性だろうか。
それも、妙に緊張しているのが伝わってくる。
「誰だ、お前」
『え、えっと、その、のあ……じゃなくて、私は……って、そうじゃなくて! あ、あの、あなた達、だ、大丈夫ですか?』
「……大丈夫って、何が」
お前の方こそ大丈夫か? と問いたい。
『そ、その……こ、こんなところで……ウロウロして……』
言葉が途切れ途切れだ。息も荒い。
もしかして、人と話すのが苦手なタイプなのか。
「お前こそ、誰だよ。どこから電話してる」
『え、えっと……それは……あの……』
あー。だんだん面倒臭くなってきた。
『と、とにかく! あ、あなた達、ヤ、ヤバい、危ないです! す、すぐそこ!』
「すぐそこ?」
辺りを見回す。
『じ、十時の方向。ビ、ビルの影! ひ、左……!』
あぁ、確かにゾンビの気配はある。
数はそこそこか。
「ホントだ。ゾンビが来るな。じゃ、俺達行くから」
そう言って電話を切ろうとしたら、受話器の奧から大声が聞こえてきた。
『ままま、待って! 待ってください! 切らないでえぇ……っ』
今にも泣き出しそうな声。
なんだよコイツ、めんどくさいな。
「なに?」
『な、なに? じゃなくて……あ、えと……た、食べ物! 何か食べ物……持ってませんか!?』
「あるけど」
『ほ、本当ですか!? じゃ、じゃあ! お、お礼ください! ゾンビ教えてあげたお礼に……ほ、ほんの少しだけで良いんで……分けてください……!』
受話器の向こうでお辞儀でもしたのか、ゴッとなにかぶつかった音がする。
「……嫌に決まってるだろ。そもそもお前が電話でデカい音出したから集まってきたんだろ。じゃ、切るぞ」
『ええええっ!? ま、待って、待ってください! あぁ……ごめんなさい……のあ、わ、私が悪かったです! 私の分際で、人様と交渉しようだなんて……間違ってました……! 謝ります! だから、だから見捨てないでぇ〜……っ』
声の主は、ついに泣き出してしまった。声が震えて、鼻水まで啜っている。
のあ、というのが名前か。まぁ、何にせよ関わると面倒な事になるのは間違いない。
そっと受話器を置……こうとしたところで、茜にその手を掴まれた。
「あの、聞こえてしまったんですけど」
どうやら会話の内容が筒抜けだったらしい。
我ながら、ちょっと潔癖なところもあり、受話器から耳を離していた。そのせいで音が漏れたのか。
てか、昔の人はよくこんなもんに耳と口を近づけたな。不特定多数が使ったもんなんて、考えただけで嫌だ。
「……なら分かっただろ。明らかに怪しいからスルーするぞ」
「晴翔、気持ちは分かるけどさ。助けてあげようよ。さすがにこれは茜じゃなくても可哀想になるって」
柚葉が俺を見る。その目はいつになく真剣だ。
フェリもうんうんと頷いている。
「……はぁ、わかった。ただ、会話はお前らに任せるぞ。俺、何か疲れた」
そう言って受話器を持つ手を差し出すと、柚葉が受け取った。
『えぐっ……ひっく……うぅ……』
まだ泣いている。
「もしもーし、あたし柚葉っていうんだけど。聞こえてる?」
柚葉が明るく声をかける。
『ひっ……え、あ、は、はい! 聞こえてます! の、のあ。海江 能彩です! よろしくお願いします……っ!』
「うん、よろしくね。えっとね、今から食べ物持っていくから、場所教えて?」
『ほ、本当ですかぁ!? あ、ありがとうございます……! えっと、私、今……ビルの中で』
「どのビル?」
『えと、えと、すぐ近くです。皆様から見て十時の方向、グレーの建物』
言われた方向を見ると、確かに、グレーの雑居ビルが見えた。
「……え? それって、ゾンビ来てる方じゃ?」
『は、はい! ちょうどゾンビが入り口の辺りに集まっちゃいました。けど、それは皆様がモタモタしてたからで。なので、そこはそちらでどうにか──』
ガチャン
柚葉が受話器を置いた。
「何かめんど……無理そうだから、ほっといて行くわよ」
「おい、お前酷くないか!?」
ジリリリリリ
また直ぐに電話が掛かってきた。
これ以上ゾンビが集まってきても面倒なので、柚葉の代わりに俺が取る。
『なななな、何で切るんですか!? すす、すぐ来てくれるって事でいいですか? ま、まさか、まさか、見捨てないですよね!?』
声が裏返っている。完全にパニックだ。
知らん顔で遠くを見る柚葉。茜は苦笑いで俺を見ている。
「分かった。今から向かうから大人しく待ってろ。ただし、こっちの貸しだぞ」
『わ、わわ、分かりました! あの、ご、五階に居ますから!』
受話器を置く。
「行くぞ」
「えー、マジで行くのー?」
柚葉が不満そうな顔をした。
「お前が行くって言ったんだろ」
「そうだけどさぁ……なんか、めんどくさい人っぽくない?」
「だから言ったろ」
俺も同感だ。だが、見捨てるわけにもいかない。
「ハルト、なんだかんだやさしー」
フェリが俺の服の裾を掴んで呟いた。
「優しくねぇよ。ただ、放っておけないだけだ」
「それを優しいって言うんですよ」
茜が微笑む。
「……行くぞ」
話を切り上げて電話ボックスから出ると、グレーのビルに向かった。




