第59話 安心して休める場所が欲しい
何気ない話をしながら住宅地を抜け、やがてビルの並ぶオフィス街に差し掛かった。
整然と立ち並ぶ中層ビル。
かつてはサラリーマンやOLで賑わっていたであろうこの一帯も、今は静まり返っている。
ガラスの外壁に映る空は青く澄んでいるが、その足元には放置された車の列、散乱したゴミ、そして点々と残る血痕。
崩れたビルの瓦礫が歩道を塞ぎ、傾いた街灯が今にも倒れそうに軋んでいた。
ところどころ、ビルの中で蠢く影が見える。窓ガラス越しに、ゆっくりと徘徊するゾンビたちだ。
「そういえばさ、このまま直接自衛隊基地に向かうの?」
柚葉が辺りを見渡しながら問いかける。
「いや、それなんだが……。この辺りで少し休みながら話すか」
ゾンビの気配は多少あるが、どれも離れていたり、建物の中。しばらくは安全そうだ。
付近にあったベンチに腰掛けて一息つく。
リュックから非常食を取り出して配った。フェリは初めて見るブロック型の栄養食に目を輝かせ、早速かじりつく。
「んっ……!」
頬張って咽せ、柚葉に水を貰っている。フェリの頬が少し膨らんでいるのが可愛い。
「茜」
「は、はい」
隣に座る茜に呼びかけると、慌ててこっちを見た。栄養食を手に持ったまま、固まっている。
「実は……自衛隊基地の事なんだけど、向かうのは少し待ってもらえないか?」
茜の表情が一瞬強張る。
「それは……もちろん、晴翔さんの判断にお任せしますけど──どうかしたんですか?」
柚葉もこっちを見た。フェリも水を飲みながら、じっとこちらを見つめている。
皆に、総理から聞いた事を話した。
大佐が基地の方角に向かったこと。その直後に変異体が現れたこと。あの変異体の装備が明らかに人工的だったこと。
「確かに……何か怪しいわね。てかあのデカいのが何だったのかも分からないし。そういえば、結局どこに行ったのかも分からないんでしょ? ──もしかして、この辺うろついてたり!?」
勝手に想像して怖くなったのか、柚葉が慌てて立ち上がり辺りを見渡す。
いや、真っ二つになって死んだぞ……とは言えない。俺としては、何故魔王がわざわざあの死骸を持って帰ったのかも気になる。
「あくまで、想像の域を出ない話だが、もう少し様子を見た方が良いと思う。どうだ?」
俺の話を黙って聞いていた茜。
少し何かを考えたようだが、すぐに大きく頷いた。
「分かりました。昨日も言った通り、両親はきっと無事です。急ぎませんので、まずは私達も準備を整えてから向かいましょう」
その声には迷いがなかった。無理に強がってる訳じゃなさそうだ。彼女なりに最善を考えたんだろう。
「だな」
俺も頷き返す。
「そうすると、しばらく落ち着いて事を構えられる拠点が欲しいな」
「拠点!? つまり、私たちの家ってこと!?」
フェリの口をハンカチで拭いていた柚葉が目を輝かせた。
「あぁ。さすがにテントで四人は狭いし、毎日車内泊じゃ疲れも取れないだろう」
何より、密室で毎日JKに挟まれて寝る俺の身が持たない。学校の用具庫でさえ、茜と柚葉に挟まれてろくに寝れなかったんだ。
「学校程の規模は要らないが、安心して休める場所が欲しい」
「いいね! どこにしよ!? あっ、やっぱ高級マンションとか!?」
柚葉が楽しそうに辺りを見渡した。
「補給や警備を考えたら、シャッターのある平屋の店舗とかの方が……?」
茜も目ぼしい物件を探し始めた。
その時──
ジリリリリリ
全員が一斉に音の方を振り向く。
あまりにも突然の事だったので、危うく反射的に剣で斬りかかるところだった。心臓が跳ねる。
……ビルの隙間に設置された、時代に取り残されたような公衆電話。
いや、まさしく過去の遺産だろう。スマホが普及してから、こんなもの使う人間がいるとも思えない。
緑色の筐体。
受話器が下がり、ダイヤルボタンが並んでいる。
それが──
けたたましい着信音を鳴らしている。
「なっ、何!?」
柚葉が俺の背後に隠れながら電話を見た。声が上ずっている。
「なにあれ? トラップ?」
フェリが……皆んなには見えない耳をピコピコさせて俺を覗き込む。
「公衆電話だな。久しぶりに見た」
見たままの感想を返す。
昔はそこら中にあったらしいが、今じゃ見かけることすら珍しい。誰が使ってんだ、とは良く思ったもんだ。
そもそも、この状況で誰が電話なんか。
「ど、どうします?」
茜も俺を見る。不安そうな目。
まぁ……この展開も、ゾンビ映画で何度か見た事あるような気がするな。大抵、出ると碌な事にならない。
「……無視だ、無視。行くぞ」
その場を離れようとする。
ジリリリリリ
ジリリリリリ
鳴り続ける公衆電話。まるで俺達を呼んでいるかのように。
「……ハルト」
フェリが俺の服の裾を引っ張った。小さな手が、ぎゅっと布を掴む。
耳を貸してと。仕草で示される。
顔を近づけると、フェリが小声で囁いた。
「何か、人の声がする。大声で叫んでるみたい」
フェリは耳がいい。
取り分け、人の声や獣の鳴き声には敏感で、人間には察知できないような小音でも聞き分けられる。
「……悲鳴か?」
「えと……」
フェリが首を傾げる。
「『ちちち、ちょっと! 行かないでぇ! というか、普通、無視するの? この状況で? え、えぇ?』だって」
「……は?」
思わず聞き返した。
何だそれ。
「マジで?」
「ん」
フェリが真面目な顔で頷く。
フェリに限って聞き間違いは無いだろう。
ジリリリリリ
鳴り止まない電話。
「……分かった。出てみる」
溜息をつきながら、公衆電話に近づいた。茜と柚葉が後ろからついてくる。
一呼吸置いて、声を整えながら受話器を取った




