第58話 勇者様、ありがとう
翌朝。学校の校門前。
天気は快晴。まだ涼しさの残る朝の空気が頬を優しく撫でる。
見送りに来てくれたのは、総理と……他に数人だけ。別に文句は無いが、勇者だ英雄だと騒いでいた取り巻き達の姿は、一切見当たらない。
どうやら、昨夜のうちに話が広がり、“勇者”が自分たちを見捨てて出ていくのだと、ヘソを曲げられたようだ。
「本当に車は要らないのか?」
「あぁ、道も悪いし、何より目立つ。ガソリンの調達も難しそうだしな」
総理と言葉を交わす。
少し離れたところで、茜と柚葉が世話になった人たちと別れの挨拶をしていた。茜は何度も頭を下げ、柚葉は手を取り合い何か笑い合っている。
フェリはまだ眠いのか、俺の服の裾を掴んで立ったままウトウトしていた。銀の髪が朝日を受けてかすかに揺れる。
「そうだ。一つ、気になる情報があってな。伝えておこう」
総理が声を落とした。
「大佐の行き先についてだ」
「そういや結局見つからなかったな」
あの夜。大佐が姿を消して以来、結局行方は掴めなかった。
「その後、聞き込みをして情報があった。行方不明になった夜に、街の中を光が走っていくのを、窓から子供が見たそうだ。おそらく大佐の車だな」
「なるほど」
「それで、向かった方向が──」
総理の視線が遠くへ向かう。校門の向こう、崩れかけたビル群の彼方。
「どうやら、君たちが目指そうとしていた、“朝日山自衛隊基地”の方角のようだ」
胸の奥で、何かが引っかかった。
「まぁ、大佐も自衛隊員だしな。仲間の元に帰ったって考えたらそれもそうか」
そう言いながらも、嫌な予感がする。
「そうだな。しかし気になるのは──」
総理の言いたい事は分かる。
「その後すぐに、あの変異体が茜を探してここに来た……か」
「あぁ」
総理が重く頷いた。表情に影が差す。
「何の確証もない、ただの推測だが。しかし、あの変異体が身につけていたのは明らかに人工的な装備だった」
確かに。あの防弾加工された黒いコート、明らかにまだ稼働していたヘッドギア、拘束具のような金属パーツ。
ゾンビの装備としてはあまりにも不自然だった。
そいつが──大佐が基地に向かった直後、現れた。
はたして、ただの偶然なのだろうか。
「分かった。貴重な情報をありがとう」
「あぁ。……それじゃ、気をつけてな。何かあったらいつでも戻ってきてくれ」
総理と軽く握手を交わす。
いつぞや交わした出会いの握手とは打って変わり、温かい手だった。
「もういいか? 行くぞ」
声をかけると、茜と柚葉が見送りに来てくれた人々と名残惜しそうに別れを告げた。何人かは涙ぐんでいる。
……そのとき、一人の少女が走ってきた。
「勇者様、ありがとう!」
前に祖父を助けた女の子だ。向こうで老人と母親も深々と頭を下げている。
「いや、あれは冗談で。俺は勇者なんかじゃ……」
そう言いかけて、ニコニコと見上げる少女の顔を見て、言葉が止まった。無邪気な笑顔。曇りのない瞳。
俺は……この人たちを置いて、行くんだ。
何とも言い表せない感情が、胸の奥で僅かに揺れた。
「……あぁ。元気でな」
彼女の頭を撫でて、ポケットの中でインベントリからこっそり取り出したネックレスを、その首にかけてやる。
銀の鎖に小さな青い石がついた、シンプルなデザインだ。アンデッド耐性が付与された異世界アイテム。
効果は一度きりだが、ゾンビくらいなら、近づいただけで消滅する。
少女が嬉しそうに首飾りを見つめた。
「きれい……!」
「お守りだ。大事にな」
「うん!」
元気な返事。その笑顔を胸に刻んで、俺は荷物を担ぎ直した。
「行こう」
茜と柚葉、フェリが元気に頷いた。
◇ ◇ ◇
それぞれ背中に荷物を担ぎ、朝の街へと歩き出す。
手を振って見送ってくれた人影も、次第に遠ざかりやがて視界から消えた。
「晴翔さん、本当に良かったんですか? あそこに残らなくて」
茜が不安そうに問いかけてくる。
「あぁ。元からあまり団体で馴れ合うつもりはない」
冷たい言い方かもしれないが、本心だ。
やっと“勇者”という呪縛から逃げてきたのに、また勇者に祭り上げられるのだけは、御免だ。
「ほんとに良かったのー? 結構、女の子の中で人気だったんだよ。パーティーの夜なんか、みんな晴翔を狙ってコシタンタンだったんだから」
柚葉がニヤニヤしながら横から茶々を入れてくる。
「えっ……」
それを聞いて、茜が小さく声を漏らし、顔を真っ赤にした。
そういう意味では、はからずしも茜が一番抜かりなかったわけか。あの夜、真っ先に話しかけてきたのは、他でも無い茜だ。
「そ、そんな事より! 柚葉さんこそ、本当に良かったんですか!? 私のせいで……」
慌てて話題を変えようと、茜が声を張り上げた。耳まで赤くなっている。
「だから、別に茜のせいじゃないって。私が決めたんだから。てか、いつまで柚葉“さん”なの!? これから長い付き合いになるんだから、柚葉でいいって」
「そ、そうですか?」
「フェリは、お姉ちゃんて呼んでいいからねー」
柚葉がフェリの頭を撫でようとする。
「ユズハ、うるさい。ゾンビくる」
フェリが無表情でそれを避けながら、ぼそりと呟いた。
そんなやり取りを見て、何だか気の抜けた笑いが漏れた。
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