第57話 私一人だったら多分ゾンビに食われるから
翌日、総理に会いに四人で校長室へ向かった。
廊下を歩くと、すれ違う人々が俺を見て小声で囁き合う。希望のこもった視線が、背中に刺さる。
校長室に着くと、以前よりはだいぶ減った見張りの男達が、俺を見るなり深々と頭を下げた。
鉄板で補強されたドアが重々しく開けられる。
中に入ると、総理が机の前に座っていた。
相変わらず、疲れた顔をしている。
「やぁ、勇者様。昨日はすごい騒ぎだったじゃないか」
軽い調子で笑う総理に、冷めた笑いを返す。
「……まぁな」
「……悪かった。いや、本当に助かったよ」
俺の機嫌を損ねたと思ったのか、少し真面目な顔になる。
「あの化け物が現れた時は、もうダメかと思った。君が居なかったら、今頃この学校は死体の山だっただろう」
椅子から立ち上がり、門の外を見た。
「──それで、これからの事なんだが……」
「あぁ、それについてだが」
総理の言葉を遮る。
「実は、ここを出ていこうと思う」
総理の顔が、一瞬固まった。
目を見開き、口を開けたまま、しばらく動かない。
「……は?」
「だから、ここを出ていく。今日中に準備して、明日にでも」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
総理が手を上げる。
「せっかく得た英雄の立場を捨ててか? 君なら私に代わってトップを務めても遜色ないと思うが」
コミュニティのトップ?
そんな面倒なこと……それこそ確実に避けたい事態だ。
「まぁ、色々あってな。それに、最初からすぐに出ていくと言っていただろう」
曖昧に答える。
「そうか……。そうだったな」
総理は、しばらく考え込むように黙っていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「……実は、私からも話したい事があって」
その声が、さっきまでと違う。
何か言いづらい事なのか、一段と重い雰囲気を醸し出す。
少し迷った後で、俺から目を逸らし──茜を見た。
茜が、小さく身を竦める。
「これから話す事は、あくまでも私個人の意見ではない。それだけはわかって欲しい」
そう前置きした上で、総理は話し始めた。
「昨日、あの大男と対峙した男達が言っていたんだが……」
一度、言葉を切る。
「あの化け物が、『アカネ』を探していたと」
「……え?」
茜の顔が、青ざめた。
「私……を?」
「あぁ。間違いない。何度も『アカネ』と呟いていたそうだ。複数の証言がある」
総理が、申し訳なさそうに目を伏せる。
「つまり、あの化け物の標的は──秋山 茜さん、君である可能性が高い」
「そ、そんな……」
茜が後ずさる。その体が、震えていた。
代わって、俺が前に出る。
「身勝手なもんだな。それで、茜に出ていけと?」
総理を睨む。
「そうは言っていない」
総理が、慌てたように手を振る。
「ただ、皆動揺している。なぜあの化け物が彼女を探していたのか。また来るんじゃないか。そういう不安が広がっているんだ」
「……」
全く、人を英雄扱いしたかと思えば、今度は茜を不安因子扱いか。
「私が言いたいのは、とにかく用心した方がいいと……それだけだ」
「ふざけんな!」
柚葉が声を上げた。
「茜の気持ちも少しは考えてよ! 昨日まで茜のこと散々ヤラシイ目で見ておいて、今度は──」
「だから、そういうことではなくて──」
「じゃあ何よ! 結局、茜を追い出したいんでしょ!?」
二人が言い争いになる。総理が何か言おうとするが、柚葉が遮る。
「やめてください。……もういいです」
茜が、震える声で言った。
「別に、総理さんは悪くありません。……私だけ、出ていきます。それで、皆さんが安心できるなら」
「茜!」
柚葉が茜の肩を掴む。
「何言ってんのよ! あんたは悪くないでしょ!」
「でも……私のせいで、皆さんが危険な目に遭うなら──」
「だから──」
俺が、二人の間に入る。
「最初から出ていくって言ってるだろ。俺も一緒だ」
総理が、深いため息をつきながら俺を見る。
「それなら、私も行く!」
柚葉が声を上げる。
今度は茜が驚いて、柚葉に言い寄ろうとした。けれど、頑なな表情でそれを拒む。
「何よ、茜一人にするわけないでしょ! 嫌だっていっても、勝手についてくからね。でも私一人だったら多分ゾンビに食われるから! だから茜に拒否権なし!」
「柚葉さん……」
茜が困ったように、それでも本当は嬉しそうに、そんな笑顔を浮かべる。
「フェリは、ハルトといっしょ」
フェリが、俺の服を掴む。
「フェリちゃんはダメだよ!」
「フェリはここに残って!」
茜と柚葉が声を揃える。
「なんで? あ。二人でハルトのことひとりじめするつもり? 許さない」
服の裾がギュッと引っ張られる。
「そ、そうじゃないけど」
「ほら、外は危ないから」
説得にあたる二人だが、フェリは俺の後ろに隠れて断固拒否の構え。
「あぶなくないもん。それにフェリのほうが二人よりぜんぜん強……」
「──まぁまぁ! ここはフェリの気持ちを尊重してやろう。道中の安全は俺が何とかするから。俺からも頼む」
慌ててフェリの頭をわしゃわしゃと撫でる。
二人も、俺が言うならと納得してくれた。
黙ってやり取りをしていた総理に向き直る。
「そういう訳で、四人出ていく」
深いため息が一つ。
「……分かった。引き止めはしない」
総理が、机に戻る。
「ただ、物資は持てるだけ持っていってくれ。君たちには世話になった。それくらいはさせてくれ。勿論出国税だなんてものも今更要らない」
「……悪いな」
「いや、こっちこそすまない」
総理が、頭を下げた。
その背中が、小さく見えた。




