第56話 明日、ここを出ようと思う
その後、勇者だ、英雄だと騒ぎ立てる皆を収めるのに苦労した。
「いや、俺が倒したんじゃないんだ。ちょ、聞いて」
何度も繰り返す。
だが、周りを取り囲む人々の顔は興奮で紅潮している。
「あいつ、逃げてったんだ。ホント。手榴弾が本当は効いてたんじゃないか?」
適当な言い訳を並べる。だが、誰も信じない。
「いやいや、謙遜しなくていいって!」
「どのみち、春日さんがおっぱらってくれた事に違いはないから!」
「流石です!」
「さすが俺たちの勇者だ!」
口々に讃えられて、頭が痛くなった。
肩を叩かれ、手を握られ、まるで祭りの主役のような扱いだ。
変わるがわるやってくる人達を説得するだけで、数時間かかった。
ようやく解放された時には、もう日が暮れかけていた。
その日の夜。
少し慣れてきてしまった用具庫で夜を迎える。月明かりが、小さな窓から差し込んでいた。
元々広いとはいえない部屋に、フェリが増えたもんだから身動きが取れない。四人で雑魚寝は、流石に限界だ。体を動かすたびに、誰かにぶつかる。
フェリは気にせず、俺の横にピッタリと寄り添っている。柔らかい銀髪が、顔に触れてくすぐったい。俺に背を向けて、柚葉と何やらコソコソと喋っている。
反対側には茜。
毛布を肩まで羽織って、じっと窓の外を見つめていた。
てか、この状況で柚葉に寝相を発揮されたら、全員潰されるんじゃ……。
「ねぇねぇ、フェリって何歳なの?」
柚葉が、小声でフェリに話しかける。
「……八か九とか」
フェリが、眠そうに答えた。
「え? なんで曖昧? てか、私のことお姉ちゃんて呼んでいいからね」
「……やだ。ユズハはユズハ」
「ちょっと、なんでよ!」
「ユズハ、うるさい。フェリ、もう寝る」
「えー。もっとお話ししようよー」
そんなやり取りを聞きながら……俺は意を決して声をかけた。
「……明日、ここを出ようと思う」
会話が止まった。
静寂が、用具庫を包む。
全員が、俺を見る。
柚葉が真っ先に声を上げた。
「えっ! なんで!?」
その声に、驚きと困惑が混じっていた。
「せっかく物資もあるし、ここなら外より安全だよ! 寝る場所だってあるし。ほら、電気だって!」
そう。回収部隊が持ってきた物資の中に、ソーラーパネルつきのポータブル電源があった。
容量的に使える家電は限られるが、それでも“電気”が使えるのは、皆にとってかなりの希望だった。
「……」
「てか、みんなも晴翔のこと頼りにしてるのに。今日だってあんなに喜んでたじゃん!」
それが原因だ、とは言えなかった。
勇者として祀り上げられるのは、もう御免だ。異世界でも、そういう扱いに疲れたんだ。ここでまた同じことを繰り返したくない。
「……妹を見かけた」
俺の一言に、茜と柚葉が息を呑む。
「え……妹さんを!?」
茜が身を乗り出す。その目が、大きく見開かれている。
「いつ!? どこでですか!?」
「今日。あの……大男が来た時だ」
「それなら、すぐに追わないと! 今からでも──」
「いや」
俺は首を振った。
「知り合いと一緒に居たんだ。あいつと一緒なら……大丈夫だ」
「……本当……ですか?」
茜が、不安そうに尋ねる。
「あぁ。まず心配ない」
「それ程信頼出来る人なんですね」
茜が、安堵したように微笑む。
「それならさ、尚更合流した方がいいんじゃないの? 皆んなで一緒に居たほうが絶対安全だって」
柚葉が、既に寝息を立てているフェリ越しに割り込んでくる。
「いや。そいつとは……過去に色々あってな」
言葉を濁す。魔王と合流なんて、できるわけがない。
というか、明らかに遥の方が俺を避けていた。魔王に脅されていた様子もない。その行動の原因が、全く分からない。
「……ねね。その人って、もしかして女の人?」
何か思いついたように上半身を起こして、俺を見る柚葉。
「あぁ。そうだけど」
「分かった! 元カノでしょ!」
茜がビクリと体を震わせた。その顔が、一瞬で赤くなる。
「断じて、そういうんじゃないが!」
慌てて否定する。
「じゃあ何よ。女の人と過去に色々あったって」
「それは……」
言葉に詰まる。説明できるわけがない。
「とにかく!」
話を逸らすように、声を大きくした。
「俺達の残る目的は、茜の家族探しだ。だから、ここに留まる理由はない」
それを遮るように、今度は茜が声を上げる。
「──それなら」
その手が、硬く握りしめられた。
「私も、ここに残るべきだと思います」
「茜……?」
「私の両親は、きっと基地で無事です」
その声が、震えている。
「要人用の避難所って言ってましたよね? それならきっと、護りも十分なはずです」
「でも、確認できたわけじゃ──」
「大丈夫です」
茜が、顔を上げた。
その目には、覚悟が見られる。
「安全な場所が見つかった以上、私のせいでみんなを危険な目に合わせられません。今は身の安全が最優先──」
「ちょっと待ってよ」
柚葉が口を挟む。
「あんた、それでいいの? 諦めるってこと?」
「諦めるわけじゃ……ただ」
茜の声が、小さくなる。
「皆を、巻き込みたくないんです」
「お兄さんは?」
俺が尋ねると、茜の表情が曇った。
「兄は……」
黙り込む茜。
その目が、潤んでいる。唇を噛みしめて、何かを堪えているようだ。
しばらく、沈黙が続いた。用具庫の中に、重苦しい空気が漂う。
外から、遠くでゾンビの唸り声が聞こえた。風が吹いて、窓がカタカタと音を立てる。
「とにかく、明日一度総理と話そう」
俺は、話を切り上げた。
「それから、どうするか決めよう」
茜が、小さく頷く。
柚葉は、不満そうに唇を尖らせてじっと俺を睨んでいた。
フェリは、既に寝息を立てている。
誰も、もう何も言わない。
ただ、月明かりだけが、静かに照らしていた。




