第55話 一度助けたら、それで終わりじゃない
「……何が、あったんだ」
おっさんが眉をひそめた。
村に踏み込むと、近くの地面に座り込んでいた男がフラフラと寄ってきた。
痩せこけた顔。虚ろな目。
「なぁ、あんたら旅人だろ? 何か食い物持ってないか?」
掠れた声。必死な様子だ。
「あ、いや……」
答えあぐねる俺の肩に手を置いて、おっさんが前に出た。
「すまない、通りがかっただけなんだ。先を急いでる」
そう言って俺たちに目配せし、村から出ようとしたとき──。
複数の男たちが、その退路を断つように立ち塞がった。皆手に農具や包丁なんかを持っている。
鋭い目つきで、俺たちを睨んでいた。
「……何のつもりだ?」
おっさんが低い声で問いかける。
「悪く思わないでくれ。俺たちも生きるためなんだ」
男たちの一人が、手に持った鍬を構える。
その手が、震えていた。
「……そうか」
おっさんが、ゆっくりと剣に手をかける。
「あんたらを責めはしないが、そういう事なら、俺たちも生きるためだ。悪く思うなよ」
剣を抜く音。
男たちがたじろいで数歩下がる。プロの剣士の気迫に、圧倒されたのだ。
俺も剣を抜いた。
一触即発。
その時──
「……ま、待ってくれ! あんた、もしかして、勇者様か!?」
男たちの後から出てきたのは、前にお世話になった宿屋の店主だった。
髪は白くなり、顔には深い皺が刻まれている。……半年でこんなに老けたのか。
「……あんたは」
おっさんが、剣を下ろす。
「覚えていてくれたか」
店主の顔に、一瞬だけ安堵が浮かぶ。
「すまない、止めてくれ! この人たちは、半年前にこの村を助けてくれた恩人だ! あの時は慌ただしくて挨拶も出来なかった者も多いと思うが、まちがい無い」
店主の言葉に、男たちが武器を下ろした。
「おぉ、あの時の」
「こんなお若い方だったのか」
戸惑いと、安堵の表情。
だが──その目には、まだ何かが燻っている。
「……一体、何があったんだ」
おっさんが尋ねる。
店主は、近くの石段に腰を下ろすと、重い口を開いた。
「皆さんが村を救ってくださったあと……暫くは、それこそ、平和だったんです」
懐かしむような、それでいて苦しそうな表情。
「勇者様が魔王軍を追い払ってくれた。もう安心だって。子供たちも笑顔を取り戻して、畑仕事も再開できた」
店主の声が、震え始める。
「だが、それから四ヶ月後だ。また魔王軍が来た」
「……っ」
「今度は、前よりも多い数で。前よりも、残酷だった」
店主の目から、涙がこぼれた。
「私たちは……待ったんだ。村に引き篭もり、耐えながら、待った。勇者様が、また助けに来てくれるって」
その言葉が、胸に突き刺さる。
「村の入り口で物見櫓を立て、毎日、毎日、見張りを立てた。勇者様の姿が見えたら、すぐに知らせようって」
店主の拳が、震えている。
「でも……来なかった」
「俺たちは──」
おっさんが何か言いかけたが、店主が手を上げて制した。
「分かってる。分かってるんだ。あんたたちにも、あんたたちの戦いがあったんだろう。それこそ世界を救うための」
店主の声が、次第に大きくなる。
「でも! でもな! 私たちの家は、村は、ここだ! ここしか……ないんだよ」
男たちも、店主の後ろで拳を握りしめている。
「女子供は攫われた。娘も、孫も、連れて行かれた。抵抗した男たちは、その場で殺された」
店主の顔が歪む。
怒りと、悲しみと、絶望が混ざり合った表情。
「残ってるのは、年寄りと、たまたま村を離れていたわずかな人数だけだ。……暫くして、連れて行かれた者も、皆死体となって見つかったよ。森に、ゴミのように捨てられていた」
周りの男たちが、一様に俯いている。その肩が、小刻みに震えていた。
「あんたたちは、あの時『もう大丈夫だ』って言った。『安心しろ』って言った」
店主の指が、俺たちを指す。
「俺たちは……信じたんだ」
その言葉が、重い。
「何で……」
声が、掠れる。
「何で助けに来てくれなかったんだ!」
叫びが、村中に響いた。
「フ、フェリたちは、北のほうにいて、ここからすごく遠くて」
フェリが反論しかけたが、おっさんがそれを手で制した。
「……すまなかった」
深く頭を下げる。
俺も、頭を下げた。
「本当に、すまない」
言葉が、出ない。何を言っても、言い訳にしかならない。
村人たちは、やり場のない怒りに拳を握りしめていた。だが、何も言わない。
ただ、俯いている。俯いて、涙を流し続けるだけだった。
──
村を出た。
おっさんも、フェリも、何も言わなかった。
しばらく歩いて、街道沿いの木陰で休憩することにした。
「……助けるって、なんだろうな」
俺は吐き出すように呟いた。
「一度助けたら、それで終わりじゃない。ずっと見守らないと、本当に助けたことにはならないのかな」
「……分からん」
おっさんが、空を見上げた。
「だが、俺たちも所詮人だ。できることには限界がある。全てを救うことなんて、できないんだ」
「でも……」
おっさんが、俺の肩に手を置いた。
「それでも、やるしかねぇんだよ。俺たちは。目の前にある、救える命を救うしかない。そうやって一歩ずつ進んでいくんだ」
フェリが、俺の手を握った。小さな手が、温かい。
「……あぁ」
俺は、立ち上がった。
「行こう。魔王を倒せば、こんなことも終わる」




