第54話 もう普通に勇者様でいいだろ
魔王と遥が去り、静けさが戻った学校の前。
俺は身動きも取れずに立ち尽くしていた。
頭の中が、真っ白だ。何も考えられない。
「……ハルト?」
フェリの声で我に返る。
「今の……女の人。ハルトの妹?」
「あ、あぁ」
声が、かすれた。
フェリが暗い顔で黙る。その目が、心配そうに俺を見上げている。
状況を察してくれてるんだろう。
「大丈夫だ……」
フェリに返すが、どちらかと言えば自分に言い聞かせていた。
大丈夫。とりあえず……遥は無事だ。
遥が呼んだ名前。“ロゼリア”
それは魔王の真名だ。
余程心を許した相手しか呼ぶことを許されない。手下の魔族ですら、おいそれとその名を呼べば、不敬として消し去られる。
けれど、遥はどういうわけかそれで呼んでいた。魔王も気に留めていない。
しかも、遥の提案を聞き入れて撤退したように見えた。
つまり、少なくとも遥と魔王は……何故だか良い関係を結んでいるようだ。
それが、良いことなのかどうかは、今のところ判断できない。
少なくとも、あの魔王が側に居て、遥の味方をしてくれている以上、この世界で遥の身に危険が及ぶ事は、万が一にも無いだろう。
状況を整理できると、ようやく手の震えが治ってきた。
……背後で、ギィと音を立てて、門がそっと開かれる。
「茜、ダメだって、危ないから!」
「でも、晴翔さんが!」
柚葉と茜の声だ。
まったく、逃げろって言ったのに。
振り返ると、二人が門の中からこっちを覗いている。今にも駆け出しそうな茜を、柚葉が必死に引っ張っていた。
「……すまん、騒がせたな。もう大丈夫だ」
その言葉を聞いた瞬間、柚葉の手を振り解いて茜が駆け寄ってきた。
「あ、おい──」
言葉をかける間もなく、俺に抱きついてくる。
「ちょ、落ち着け」
肩が震えている。泣いているのか。
「お、大袈裟だろ。大丈夫だから」
「私が、大丈夫じゃないんです!」
嗚咽を漏らして泣く。その声が、震えていた。
「いつも、一人で無茶ばっかりして。せめて心配くらいしちゃダメですか!? 迷惑ですか?」
「……悪かった」
茜の頭に手を置く。
「ちょっと相手が相手だったから。余裕がなくてな」
その頭をそっと撫でる。
ふと門の方を見ると、柚葉がニヤニヤした顔でこっちを見てきたので、睨み返しておいた。
それと同時に、門から人がゾロゾロと出てくる。
茜が涙を拭いながら、真っ赤な顔で慌てて俺から離れた。
「ど、どうなった? 終わったのか?」
「おい、あの血溜まりって」
「……すげぇ! 春日さん、あの化け物を倒したのか!」
「銃も爆弾も効かない化け物を!? どうやって!?」
「流石、ショッピングモールの勇者だ!」
「いや、もう普通に勇者様でいいだろ!!」
俺が大男を倒したと思って大騒ぎしているようだ。
そうか、皆は魔王と遥の姿を見てないんだな。
あっという間に人が集まってきて、歓喜の声と共に、取り囲まれてしまった。
身動き一つ取れない状態だ。
茜と柚葉まで、一緒になって俺を褒めまくっている。
そんな笑顔に囲まれて。
──ゾンビ苦い思い出が、ふと頭をよぎった。
◆ ◆ ◆
「確か、あの川を渡ったらすぐだったな」
「あぁ。アルトーの村か。久しぶりだな」
俺の問いに答えながら、おっさんが懐かしそうに、遠くを見た。
「フェリ、はじめて。ワクワク」
フェリが尻尾を振っている。
「魚が美味いんだ。こないだのクエストで路銀にも余裕あるし、たっぷり食おうぜ」
「うん!」
「おい、あんまり無駄遣いするなよ」
苦笑いを浮かべながら、はしゃぐ俺とフェリをおっさんが嗜めた。
橋を渡ってしばらくいくと、村の入り口が見えてきた。
半年程前に、魔王軍の襲撃から助けた村だ。
あの時はただただ必死だったが、村人たちに感謝されて嬉しかった記憶がある。
だが──今目の前に広がる村の様子は、その頃の面影がまるで無い。
建物の多くが崩れ、焼け跡が残り、壁には血痕のようなものが見える。
人の姿もまばらで、活気が全くない。
警戒を強めながら村の中へと進む。




