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第53話 一緒に快適ライフを目指しますか

 街の一画。

 静寂が支配する、荒廃した街並み。廃墟となったビルの間。


 そこに大量のコウモリが集まって影を作る。

 影は一瞬収縮するように潰れ、一気に弾けた。

 その衝撃で、辺りの建物が数メートルに渡って削り取られる。


 その衝撃が去ると、その場には魔王と遥の姿があった。


「……凄いね、今の。ちょっとクラクラするかも」


 遥が額に手を当てる。足元がふらついている。


「あぁ。そうか、魔力酔いだな。周辺への影響も大きいようだ」


 そう言うと、魔王は辺りに目を配る。

 一階部分を抉られたビルからパラパラと瓦礫が降り、今にも崩れ落ちそうだ。


「……魔力濃度の差か。調整が必要だな。それまで多用は避けよう」


 そう言って一度小さく頷くと、ついでと言わん様子で軽く手を振った。


 それだけで、付近にいたゾンビが、音も無く弾けて消え去る。

 まるでシャボン玉が風に吹かれるように、一瞬で。


「休める場所を探すぞ」


「うん」


 路地に、規則正しいハイヒールの音と、スニーカーの足音だけがこだまする。


 黙ったまま後ろをついてくる遥に、魔王は振り向かずに尋ねた。


「……良かったのか? せっかく探していた兄に会えたのに」


「別に。もういい。大丈夫」


 二、三歩歩く。


「……何を拗ねている?」


「だって!」


 遥の声が弾けた。


「私がこんなに一所懸命探し回ったのに、お兄ちゃんたら、女子高生に囲まれてニヤニヤしちゃって! 私の事なんて忘れちゃってたんじゃないの!? 確かに、二人とも可愛かったけど!!」


 頬を膨らませて、不満そうに声を荒げる遥。

 その姿は、まるで子供のようだ。


「……あやつに限って、そんな事は無いと思うが」


 魔王が、小さくため息混じりの笑みを漏らした。


「異世界でも、事あるごとに妹、妹と……」


 荒れる遥を宥めるその姿は、冷徹無比な支配者のそれとは想像しがたい。まるで、姉が妹をあやすようだ。


 近くにあった広場でベンチを見つけると、二人は並んで腰掛けた。

 遥はむすっとした顔のまま頬杖をつく。

 それを横目に、魔王もやれやれといった様子で小さく頭を振った。


「まぁ、何にせよ、あやつの無事も確認できたんだ。こちらはこちらの目的に取り掛かろうではないか」


 そう言って魔王が手を翳すと、コウモリが集まり宙に影をつくる。


 そこから──


 ドサッ


 真っ二つになった変異体の死骸が降ってきた。地面に鈍い音を立てて転がる。


「うげ……グロいなぁ」


 遥が顔を顰める。


「そうか? “人の所業”にしては、中々凝った造形だと思うが」


 そんな話をしながら、魔王は死骸を調べ始める。


 黒いコートを剥ぎ、拘束具を外し、ガスマスクを取る。


 その下から現れたのは──人間の顔だった。

 いや、かつて人間だったもの。灰色に変色した皮膚。白濁した瞳。


 だが、ゾンビとは違う。筋肉が異常に発達し、骨格が歪んでいる。


 その死骸の頭部に魔王が手を翳す。

 魔力の流れが光となって浮かび上がり、淡く辺りを包んだ。


「……やはりな」


 魔王が、何かを確認したように呟く。


「何か分かったの?」


 遥が魔王の横に屈み込んで、半目を開きながら死骸を覗き込んでみる。


「ゾンビでは微弱で分からなかったが、これは死霊術(ネクロマンシー)によく似ている施術だ」


 魔王の指先が、死骸の額に触れる。


「ネクロ……なにそれ?」


「死霊使い……つまりは悪霊や死体を操る術だ」


 淡々と答える魔王。その指が死骸の額を滑るように辿っていく。


「えっ、なにそれ? こっわ。異世界ってそんなの普通にあるの?」


 遥が顔を顰める。


「普通……とは言わないが、我ら魔族の中では古くからある術式だな。魔力で脳髄に干渉し、死体を動かす術──つまりゾンビ化は、死霊術の中でも高度なものだ」


 魔王が立ち上がり、手についた血を払った。


「……で、これがそのネクロなんとかだと、どうなるの?」


「遥はゾンビの原因を”ウィルス”だと言っていたな?」


 緋色の目が、遥を見る。


「うん。私専門家じゃないけど、映画とかテレビ……つまり、お話のなかだとそういう設定が多いよ」


「ウィルスというものにまだ理解が及ばないが……」


 魔王が腕を組む。


「大きく異なるのは……このゾンビどもは、何者かの手によって、作られたということだ」


「えっ、どういうこと!?」


 遥の目が大きく見開かれる。


「死霊術は、それを使い死霊を操る者──つまり死霊術師(ネクロマンサー)が必要なのだ」


 魔王が、空を見上げる。


「このゾンビどもを操っている人物が、どこかにいるはずだ」


「それって、この機械を使った人ってこと?」


 遥が、死骸についていたガスマスクを指差す。


「いや」


 魔王が首を振る。


「その機械とやらが何か分からない以上、確実な事は言えないが、それは別物だろう。他のゾンビどもにその機械はついていないが、原理的にはどれも同じ成り立ちだ」


 魔王の指が、再び死骸に触れる。


「言うなれば……死霊術の支配を無理矢理捻じ曲げて、道具として操る装置、か」


「じゃあ、その……大元の死霊術師? それを見つければ、ゾンビを止められるってこと?」


 遥の声に、希望が混じる。


「……そう簡単ではないだろうがな」


 魔王が、小さく笑った。


「だが、可能性はある」


「……え、ちょっと待って」


 遥が手を上げる。


「つまり──犯人は異世界から来た人ってこと? 魔法使いってことだよね?」


「……」


 魔王が、少し考える素振りを見せた。


「この世界における”魔法”の定義が不明だな」


 魔王は遥のポケットを指差しながら笑った。


「私から見れば、“スマホ”や“車”、“保存食”。これらのほうが余程魔法に見える」


「あー……確かに。ロゼリアからしたらそうなのか」


 遥が頷く。


「私の知る死霊術によく似てはいるが、必ずしも犯人が異世界人とは限らない。この世界独自の術式や技術かもしれん」


 そう言って、魔王が肩をすくめる。


「異世界人が関わっている可能性もあるし、この世界の人間が独自に発見した技術かもしれん。あるいは──」


「んー、よくわかんないや」


 遥が頭を抱えた。


「要するに、犯人が誰かは分からないけど、誰かがゾンビを操ってるってことでしょ?」


「……まぁ、そういうことだ」


 魔王が、小さくため息をついて笑った。


「……それで、ゾンビの原因がわかったところで、次はどうするの?」


 遥は一歩前へ飛び出すと、期待に満ちた表情で魔王を見上げた。


「──何も」


「へ?」


 遥が目を瞬かせる。


「その親玉をやっつけに行くとかじゃなくて?」


「何故そうなる?」


 魔王が、不思議そうに首を傾げた。


「なぜって……そりゃ、世界平和のため、とか?」


 惚けてみせる遥に、魔王が小さく笑う。


「すまないが、遥。前にも言ったはずだ」


 遥かに向き直る。


「私は別にこの世界の頂点に立ちたい訳でも、英雄になりたいわけでもない。ただ──」


 一瞬、遠くを見るた。

 その緋色の目に、映っているのは何処か遠くの景色だろうか。


「平穏な暮らしというのを、経験してみたかっただけだよ」


 ビル風が吹き、金髪がゆっくりと揺れる。


「ゾンビも、大方の原因が分かればそれでいい。脅威でもない以上、どうこうしようとも思わない」


「……そうだったね。ロザリアにとっては、ゾンビなんか何匹いても関係ないもんね」


 遥が、小さく笑った。


「心配するな。乗り掛かった船だ。遥の身の安全は私が保証しよう」


「──ありがとう」


 一瞬、複雑な表情を浮かべたが、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべ、遥は前を向いた。


「そんじゃ、こんな世界になっちゃったけど、一緒に快適ライフを目指しますか」


「あぁ」


 魔王が頷く。


 二人は、静かに街を歩き出した。

 廃墟となったビルの間を抜け、ゾンビの徘徊する街を──まるで散歩でもするかのように歩いていった。

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