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第51話 お前を、探していたからだ

 門の外に出ると、数人の男達が小銃を手に陣形を構えていた。全員素人なのか腰が引けている。


 銃を構える手が震え、呼吸も荒い。

 汗が額を伝っている。


 一人が、意を決したかのように叫んだ。


「──皆、隠れろ!」


 そう言って力一杯投げた黒い塊──手榴弾。

 全員が慌てふためきながら、門の前に建てられたバリケードの裏に隠れる。悲鳴にも似た声が上がった。


 程なくして──爆発。

 ドォン!


 衝撃波が空気を揺らし、砂埃が舞い上がる。

 飛び散った鉄片が、顔に当たり、魔力の防御層で小さな音を立てて弾け飛んで行った。


「ど、どうだ!?」


 男の声が、砂煙の向こうから響く。


「全員、門の中へ逃げろ!」


 声を張り上げる。


「で、でも」


「いいから、早く! 死ぬぞ!!」


 風が吹き、土埃が消えていく。


 そこには──何ら変わらない風景。

 大男は無傷で立っていた。黒いコートに、焦げ跡一つない。ゴーグルが、相変わらず赤く光っている。


「……う、嘘だろ」


 男の一人が、絶望したように呟いた。


「早くしろ!」


 俺の声を合図に、男達は一斉に門の中へと逃げていく。

 足音が遠ざかり、やがて消えた。


『熱源ヲ探知。目標確認』


 大男が、機械音のような合成音声を発する。ゴーグルが光を放ち、辺りを走査していく。


「ハルト!」


 人が居なくなったのを見計らったのか、物陰に隠れていたフェリが駆け寄ってきた。


 俺の隣で四つん這いになり、襲撃の構えを見せる。

 銀色の髪が風に揺れ、耳と尻尾が現れた。


 フェリも状況を把握したのか、なり振り構わず本気で戦うときの構えだ。


「悪いが、手加減して勝てる相手じゃない」


 フェリを見る。その目が、真剣に頷いた。


「異世界バレ禁止は、無しだ」


「うん」


「全力で……いくぞ」


 イベントリを開き、中から漆黒の剣を取り出す。

 鞘から抜くと、空間が歪んだ。刃から溢れ出す魔力が、空気を震わせる。


 フェリが大きく息を吸うと、その四足に極低温の空気が集まり始めた。

 氷が狼の爪を模り、バキバキと音を立てて、地面を、辺りを凍らせていく。


「──行くぞ」


「うん!」


 こちらの動きに呼応したように、大男が一歩踏み出す。


 ドスッ。

 重い足音。


 その瞬間……


 赫が、奔った。


 ── 一閃。


 空間に、僅かなブレもない真紅の境界線が浮かぶ。

 大男の胴体が真っ二つになり地面に崩れ落ちた。金属が軋む音と共に、巨体が倒れる。


 ……だが、そんな事を気にしている場合ではない。

 少しデカい程度の雑魚ゾンビなんか、どうでもいい。


 背筋に、冷たいものが走る。

 視線の先に──いた。


「──永遠の別れ(アディエス)を告げる赫(・クレムゾディア)


 思わずその鎌の名を口にする。

 血で出来たような大鎌を構えた女性が、そこに立っていた。


 白い肌。まるで陶磁器のように、透き通るような白さ。日の光を反射して、淡く光っている。


 長い金髪。風に揺れるたびに、光を反射して輝く。絹糸のように滑らかで、まるで雄大に実る稲穂のよう。


 緋色の目。血のように赤く、氷のように冷たい。その視線が、まっすぐに俺を捉えている。


 恐ろしいほどに、冷徹で。

 残酷なほどに──美しい。


 その姿に、おもわず目を奪われる。

 だが、その美しさの奥に潜む狂気を、俺は知っている。


 あの目に映るものは──等しく死だ。


「……久しぶりだな、ハルト」


 女が口を開いた。

 小さく静かな声が、はっきりと耳に届く。


 街で手に入れたのか、ゴシックロリータのドレスを纏っている。

 黒いレースとフリルが、その白い肌をより際立たせていた。


 まるで、異世界から抜け出してきたかのような──いや、実際そうなのだが。

 異質すぎる存在感が、この荒廃した世界にすら馴染んでいない。


 女は、言葉を続けた。


「いや──勇者、か」


 この世の全ての温度を奪うかのような冷たいオーラを放ち、女が小さく笑う。その笑みには、感情が見えない。ただ、口角が上がっているだけ。


 空気が、重い。

 息をするのも苦しいほどの圧力。心臓が早鐘を打つ。


「……何で、お前までここにいるんだ」


 高鳴る鼓動を抑え、息を吸う。剣を構え直す。

 手のひらに、嫌な汗が滲んだ。


「──魔王」


 その名を口にした瞬間、空気が凍りついた。


 フェリが、小さく唸る。

 警戒の声だ。四足の氷の爪が、さらに鋭く尖る。纏った冷気が、全身を覆う体毛のように逆立ち、臨戦態勢だ。


 女──魔王は、ゆっくりと大鎌を肩に担いだ。

 まるで、散歩でもするかのような気軽さで。その動作一つ一つが、あまりにも優雅だ。


「何で、か。そうだな……」


 緋色の目が、俺を捉える。

 その瞳に映る自分の姿が、小さく見えた。


「お前を、探していたからだ」


 声が、空に溶ける。

 風が、止まった。


 世界が、この瞬間だけ静止したかのように──静かだった。

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