第5話 レアアイテムは伊達ではない
(さて……それにしても、どう助けるか)
女の子は完全にパニック状態で、ゾンビに追われながら道の向こうに走って行く。
魔法を使えば一瞬だ。
だが──
(助けた“後”にどう説明する?)
銃すら見る機会のない現代日本で、謎の兵器でゾンビを焼殺は……言い訳できないな。
剣を振るうのも手だが……。
(いや、剣の方が逆に無理あるか。どこで手に入れたんだって)
助けた相手に恐れられ、怪しまれたら意味がない。
(いっそ素手で殴り飛ばして……)
いや、目の前でゾンビの頭をグーパンで吹き飛ばしたら……今度は俺が化け物扱いだ。
参ったな。人の目があると突然やり辛くなる。
(……目立たず、現代でもギリギリ説得できる武器となると)
悩んでいる間に女の子はどんどん走って行ってしまう。
(しかたない。一か八か!)
イベントリに手を突っ込み──取り出す。
「“エルヴンボウ”」
白銀に輝く、細身の美しい弓。
エルフの里で聖樹から削り出された伝説級の霊弓だ。
構えて弦を軽く弾くと──
魔法の光矢が、すっと現れる。
矢筒など不要。魔力一つで無限に矢を生む。
女の子を追うゾンビの頭部に狙いを定め──
「……ッシ」
弦を絞り、放つ。
光矢は空気を裂き──飛翔しながら五本に分裂。
寸分の狂いもなく、ゾンビたちの脳天を正確に撃ち抜いた。
ゾンビたちは頭部を失い、ぐらりと前のめりに倒れる。
この威力。
この精度。
レアアイテムは伊達ではない。
「いやぁぁぁ!!」
しかし女の子は、背後で何が起きたかわからないのか、ひたすら前だけを見て走り続けていた。
「おい! もう大丈夫だから落ち着け!!」
声を張るが、完全に耳に入っていない。
そして──
「キャァッ!」
道に落ちていた散乱した荷物に足を取られ、勢いよく前のめりに転んだ。
「だ、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄る。
転んだ衝撃で手のひらを擦りむき、目には涙を浮かべている。
後ろで結んだ髪が泥でばさっと広がり、肩が震えていた。
「ひ、ひぃっ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「いや謝る必要はないって! 落ち着け、大丈夫だ。もう追ってこない」
俺は手を差し出し、ゆっくりと声をかける。
「ゾンビは全部倒した、もう安全だ」
女の子は震えながら俺の顔を見上げた。
「……た、助け……て、くれたんですか……?」
「まぁ、一応な」
その瞳に、恐怖と安堵が入り混じった光が宿る。
山の静寂の中──この世界で最初の“生存者”と出会った。
◇ ◇ ◇
女の子を連れて、とりあえず近くに見つけたパーキングエリアまで移動した。
トイレと小さな休憩スペースがあるだけの、簡素な駐車場だ。
だが山道よりは見晴らしが良く、周囲の状況を把握しやすい。
車は数台停まっているが、人の姿はどこにもない。
ゾンビの気配も、今のところ感じられなかった。
「……よし、一旦落ち着こう」
木製の屋根とベンチ、テーブルがあるだけの簡素な休憩エリアに腰を下ろす。
女の子──さっき助けた女子高生は、疲れ切ったように大きく肩を落とした。
「ほら、良かったら」
リュックからペットボトルの水を取り出し、彼女に差し出した。
自分も一本開け、口をつける。
「……え? いいんですか?」
驚いたように目を見開く。
「あぁ。走ってきたなら喉乾いてるだろ? 開けてない新品だから、心配するな」
「い、いえ! とんでもないです。助けていただいた上に……貴重な水まで……」
確かに……水はこの状況では命綱か。
街が壊滅しているなら、インフラも停止、浄水場も止まっているはず。
俺はイベントリに水の代わりになるものが大量にある。
最悪、土の魔法で湧き水を探したり、水魔法で大気中から水分を集めればいい。
水の価値をそこまで深刻に考えていなかった。
(……なんの見返りもなく物資を渡すと、逆に警戒される可能性もあるか)
そう思い、少し言葉選びを変える。
「気にするな。困った時はお互い様だ。……代わりってわけじゃないけど、情報が欲しい」
「……情報、ですか?」
女の子は不安げに俺の顔を見る。
「ああ。実は……信じられないかもしれないけど、事故で一月くらい前から入院しててさ。ついさっきまで昏睡状態だったんだ。あの病院から出てきたところなんだよ。だから今の状況が全く分かってない」
「こ、昏睡!? 動いて大丈夫なんですか!?」
この状況でも人を気遣えるあたり、根が優しい子なのだろう。
「あぁ。多分だけど。身体の不調はないし。意識がなかっただけで、容態は安定してたんだろうな」
まぁ、普通に考えれば、トラックに跳ねられてこれで済むわけがない。
“女神”が何か上手い事してくれたんだろうな。
「そ、そうですか……それなら良かったです」
女の子は胸に手を当て、ほっと息をついた。
「じゃ、取引成立だな」
ペットボトルをもう一度差し出す。
「はい! 私に分かることなら、何でも……」
女の子は深々と頭を下げ、水を受け取った。
「じゃあまずは……君の名前から。ちなみに俺は春日 晴翔だ」
「え?」
状況が状況なので、“自己紹介”という概念が一瞬すっ飛んだのだろう。
しかしすぐに、彼女は少し照れたような笑顔を見せた。
「秋山……秋山 茜です」
「そうか。よろしく」
俺から手を差し出した。
少女──茜もおずおずと手を伸ばし、握手を交わす。
その手は少し震えていたが、温かさが確かにあった。




